by his hand OBEY Clothing
手描きだからこそ心に残る ストリートのプリミティブアート
OBEYことシェパード・フェアリーのストリートでの功績やストーリーは、今まで多くの人々に語られてきた。ストリートアートの代名詞のような存在として彼の作品は求められ、消費され、世界中に伝播したOBEYGIANTのイメージは、時に本人の意図しないところで全く異なる解釈を与えられることも少なくなかった。
しかし彼の作品の本当の魅力とは、彼の創造性をダイレクトに反映するプリミティブな表現方法、手描きや手作りのステンシル、手刷りのシルクスクリーンなどを織り交ぜた複雑なテクスチャーと、それらの技法から得られるあたたかい質感である。これらの作品では手仕事から生まれる偶発的なミステイクやドリップですら作品を彩る要素となる。反復されるグラフィカルな曼荼羅はシェパード自身が丁寧に描きカットしたステンシルを用いて描かれるし、そのステンシルに色を入れる工程では、スプレーペイントを握り複雑なレイヤーを構築するのが彼のスタイル。彼は実直なアーティストであり、同時に新しい技術やテクニックを積極的に取り入れる最先端のデザインスタジオのディレクターでもあるが、彼の生み出す作品に共通しているのは、手描きと手作りの素材の質感なのだ。
そんなシェパード自身が重要視する表現方法というのが、手描きのイメージと手作りのステンシルなどを多数使用した巨大な壁画制作とファインアート。さらにそれらの制作に使用したステンシル自体を作品の素材に使ったコンポジットなコラージュ作品、そしてそれらの作品から生まれたモチーフやデザインを落とし込んだウエアである。シェパード自身の技術的な進歩もあり、彼の作品はプリンターから印刷されてきたもののように感じることも少なくない。しかし彼の作品はどれも間違いなく手描きのイラストや、手作りの素材から生み出されている。デジタルの世界では決して表現することのできない深淵なテクスチャーは、我々の心を惹きつけて止まない。
OBEYという存在がストリートのポスターやステッカー、壁画や絵画作品や洋服を通じて私たちの意識の中に定着してから既に20年以上の時が経過した。始めはストリートで、もちろん東京や日本の各地でもOBEYのステッカーやポスターを目撃した。OBEYは四半世紀にわたりカリフォルニアやNYだけでなく、世界中の主要都市やストリートカルチャーが勃興する土地でひたむきに活動を続けていた。初めは私たちの意識の中だけに存在していたものが、時を経て他人と共有される過程で「誰が」「なぜ」こんな突拍子もない、生産性もない行為を続けていくのかが少しずつ明らかになってきた。どうやらOBEYというものはシェパード・フェアリーという男が行っている壮大なイタズラであり、アートであり、キャンペーンのような類のものだということが世界中の“気づき”を経た人々の中の共通認識になってきた。朧げな街中の風景に潜む怪しげなイメージに勝手に意味を与えたり、その事象を人々が語り合ったりする全ての流れが物事を「顕在化」するためのプロセスであり、この「顕在化」というものがOBEYという存在を通じてシェパードが追求する永遠のテーマだと言える。
この顕在化に至るプロセスというものは非常に特殊で刺激的な行為だが、実際にイリーガルな環境下のストリートで表現できるものには多くの制限があり、多くの人々はその事象とシェパードのクリエイティビティを紐づけることはできなかった。
しかし、シェパードは自分自身に注目が集まり、制約の少ない表現の機会に恵まれる度に、自身の持つプリミティブな制作欲求を存分に発揮し、多くの素晴らしい作品を生み出した。また自身のアートの中で抑圧された若者たちの意見を代弁したり、自由や平和へに対する自身の考えやアティテュードを表明するのも彼のスタイル。明確に時の政治に対する個人のスタンスを表現したこともあった。それだけでなく、彼は私たちに彼の敬愛する音楽や人物などの情報を私たちに提供し、そのソースが私たちの人生に影響を与える存在となったことも、彼がアーティストの枠組みを越えてアクティビストとして認識される理由かもしれない。
シェパード自身が自分の創造できる最高のアートやデザインを生み出したいと願い制作に勤しむ事は、最も純粋な永遠に枯渇することのないプリミティブな欲求である。彼が描き、彼が創り出す作品が私たちの心を打つから、OBEYは私たちの意識のなかで「顕在化」という段階を越え一つの「価値」に進化したのではないだろうか。
彼の壁画作品に目を向けてみよう。彼はこのフルスケールで高密度なミューラルを数人のクルーと全て手描きで制作している。彼が舵をとり、クルーと役割分担をする。手作りのステンシル(こんな大きなサイズのステンシルを切り出せる機械は存在しない)を用意し、人物や背景のグラフィックは素描で描かれる。巨大な壁にはその土地や施設のバックグラウンドをフォローしたテーマのデザインを散りばめていく。彼は壁画の制作ごとに異なるパターンやイメージを準備しているが、最高の仕上がりにするために現場の環境(壁の材質や凹凸の有無等)に呼応するようにテクスチャーやレイアウトを微調整していく。そこにはプロッターで印刷したカッティングシートやデジタルプリントでは表現することのできないプリミティブな人間の手仕事が求められるのだ。
左ページ右上の作品はマイアミのアートウィークのタイミングで描かれた「INVENT YOUR FUTURE」というタイトルの作品。描かれた場所はマイアミのエディソン高校。未来を発明するというタイトル通り、マーティン・ルーサーキングJrのポートレイトやポジティブなメッセージをOBEYのスタイルに落とし込み描いている。この作品は横33m、縦13m程の巨大な壁面に描かれたものだ。
左下の作品はカリフォルニアのロックヒル・ショッピングセンターに描かれたもの。この場所はシェパードが幼少の頃育ったネイバーフッドであり、この作品ではシェパード自身のパーソナルなマインドの中でポジティブなエレメントを集約している。自分自身のバックグラウンドとなっている土地にアイコニックなミューラルを残せることはシェパードにとっても特別な経験であり、彼は自分自身の作品を通して社会との接点を創り出すことができる稀有な存在なのだ。
プリミティブなアートを
Tシャツで身につける
シェパードにとってプリントやポスターの制作とTシャツの制作はほぼ同じ意味を持っている。キャリアの初期から、彼はOBEYのビジュアルをシルクスクリーンを用いてTシャツに印刷し、それを身につけた同志たちが行く先々でOBEYを拡散しているということの重要性に気づいていた。そしてより簡単に自分の作品を愛してくれる人々に作品を所有してもらえる方法であるTシャツの制作に非常に大きなモチベーションを傾けている。
Tシャツは絵画作品やコラージュと異なり、限られた色数の中でイメージの持つ力を最大限に引き出さなくてはいけない。そのため過去に描かれた作品や素材の中から特に洗練されたイメージを選び抜き、色分解を行い、Tシャツという媒体において最高の映え方をするポイントを慎重に探っていく。この作業はシルクスクリーンという非常に原始的な手法を駆使するシェパードにとっては最も重要なプロセスである。このプロセスはインクジェットプリントなどと大きく異なり、手作業でスキージーと版を操り、コットンの網目にインクを染み込ませていくというもの。最高のアート作品を作る時と同じように、シェパードはプリミティブな手法でTシャツという媒体と向き合い自身の世界観を表現している。
しかしTシャツのデザインに対する考え方はプリント作品やファインアートと異なる部分がある。それはユーザーが身につけることを意識し、過剰にアーティスティックな表現を避けたり、過激なテーマやメッセージも卓越したデザインセンスで洗練されたビジュアルへと昇華させ、身につける人が誹謗中傷の的にならないよう工夫をしているという部分だ。
例えば上に紹介している「WORLDWIDE PEACE AND JUSTICE」と題されたデザインは、具体的なデモや闘争のシーンを描くのではなく自分達のアティテュードをレタリングや他のモチーフに置き換えることで観るものに広い解釈を与えるデザインに仕上がっている。こうした繊細なアプローチもプリミティブな制作欲求を根源に持つシェパードならではのスタイル。OBEY ClothingはそんなシェパードことOBEYの作品を身につけることができる唯一の媒体だ。
◯ OBEY Clothing Japan
03-6804-1977
https://obeyclothing.jp/
Photo Taijun Hiramoto (P134-135) | Text K6 | Edit Satoru Komura |