Brand New Harp Expression Brandee Younger

ブランディー・ヤンガーが引き継ぐ ドロシー・アシュビーの意志

畏敬の念を込め、
自分の作品へと昇華する

フランス語で“La Harpe”と女性名詞で表されるほど、華麗で優雅な音が特徴の楽器であるハープ。多くの人にとって、その楽器はクラシックなどで耳にするイメージが強いかもしれない。だが、ハープをクラシックではなく、ジャズとして演奏するというアーティストがいることを知っているだろうか。過去を遡るとアメリカのジャズハーピスト、ドロシー・アシュビーもその1人だ。彼女はハープをジャズの世界に取り入れ、ハープでは今まで表現されてこなかった即興性とグルーヴを創り上げた。ペダルを多用するハープの構造上、即興演奏が多いジャズに取り入れるのは大変な苦労があったはずだ。ドロシーと同世代のジャズプレイヤーからは注目を集めつつも、中々日の目を見ることがなかった彼女。しかし、ピート・ロックやコモンなど後続のアーティストたちが彼女の演奏をサンプリングソースとして使用したことで時代を経て再注目を浴びるようになっていった。

そんなドロシー・アシュビーが生み出した数々の音楽を研究し、再解釈したアルバム『Brand New Life』を完成させたのが、同じくジャズハープ奏者のブランディー・ヤンガーだ。彼女はファラオ・サンダースやチャーリー・ヘイデン、ローリン・ヒルなどのトップアーティストとこれまでに共演。自身のプロジェクトではドロシー・アシュビーやアリス・コルトレーンなど先人のハープ奏者に畏敬の念を示しながらも、ヒップホップやレゲエの要素を取り入れることでハープの新しい可能性を模索している人物である。伝統的なハープの優美な音色は保ちつつも他ジャンルの音楽性を融合させた彼女の演奏は本作のプロデューサー、マカヤ・マクレイブンをはじめミシェル・ンデゲオチェロ、バッドバッドノットグッドなど新旧問わず様々なアーティストから評価を得ている。

ブランディー・ヤンガーへの取材は、その日の夜ライブを行う予定のBlue Note Placeの2階で行われた。ライブ前の取材の為、現場には少し緊張感が漂っていたが、出会ってすぐに見せてくれた弾けるようなブランディーの笑顔。そして、まるでメロディーを奏でるかのように快活に話す様子は、その空間をポジティブなエネルギーで充満させていた。彼女の楽曲は全体を通して明るい印象があるが、それはハープの音色だけではなく彼女自身の人間性がもたらしたものなのだと確信する。

緩やかなムードで始まったインタビューは今回の来日、そして日本との意外なつながりに関する話から始まった。
「今回が3回目の来日なのですが、日本に来ることををいつも楽しみにしています。今回の滞在期間中はどこかで時間を作って、博物館に行きたいと思っています。あとは買い物かな (笑)。私は大学で教鞭も取っていて、その中には日本人の生徒も2人担当しています。彼女たちの作品のアレンジを行うこともあるので、そうした時に日本の音楽を聴く機会もあるんです。また、授業で題材にする楽曲には、ハープのほかにも、弦楽器を使用した日本の民謡を題材として使用することもあります。そういった意味で普段から日本の曲には馴染みがあるんです」。

ヒップホップを接点に
過去と現在をつなぐ

今回のアルバムで特徴的なのはドロシー・アシュビーを主軸としながらもプロデューサーのマカヤ・マクレイブンをはじめとし、ピートロック、ナインス・ワンダーといったヒップホップにゆかりのある豪華メンバーと共に制作された点だ。そこにはブランディーの生まれ育った環境と、ドロシーとヒップホップとの深い関係性によるものだった。
「マカヤ・マクレイブンとの曲作りをすることになったのはごく自然なことでした。彼とは20年近い友人でお互いが学生時代からジャムセッションを行う仲。アルバム内の『Moving Target』は彼のために書き下ろした私のオリジナル曲なんです。長年一緒にプレイする中でマカヤは変拍子が好きなことを知っていたから、彼の特徴的なドラムが強く印象に残るように仕上げています。信頼関係があったので、制作はリラックスして行えましたね。私はコモンやカニエ・ウエスト、ローリンヒルなどヒップホップのアーティストにヒューチャーされることも多く、ニューヨーク出身のこともあって自分の中にヒップホップのDNAが刻まれているんです。それに今回のアルバムはドロシー・アシュビーによる未収録の曲を初めてレコーディングしたこともあって特別なものにしたかった。そのため彼女に親近感があり、なおかつ私の中にあるヒップホップのグルーヴを理解してくれる人物が必要でした。そんな条件に挙がってきた人物がピートロックでした。ドロシー・アシュビーの曲は今では数々のアーティストにサンプリングされているけれど、1992年にピートロックが初めて彼女の曲を使ったんです。ナインスワンダーも彼女の曲をサンプリングソースにしていたし、今回客演で入っていただいたシンガー・ベーシストのミシェル・ンデゲオチェロは彼女の大ファンで楽曲に対する理解が深かった。みんなそれぞれがヒップホップとドロシーに何かしらの形で接点があった。そんなメンバーをこのアルバムで繋げようと思ったんです」。

このアルバムでドロシーを研究し、オリジナルとは違ったベクトルでの再解釈に挑んだブランディー。そんな中で『Moving Target』のほかにもう一つのオリジナル曲『Brand New Life』には全く違ったストーリーがあるという。
「今回のアルバムで一人ワイルドカードのような役割を果たしのが、ムム・フレッシュでした。『Brand New Life』を書いたときに直感的に歌手が必要だ!と思ったんです。そんなときに思い当たったのが彼女でした。でも、出演が決まったタイミングで彼女の弟が逝去してしまったんです。悲しみの中、ムムは弟に向けて歌詞を書いたんです。『何者も死なない。全て永遠の命だ』と。この曲は私の中から湧き出てくるように自然に作曲できたのですが、ムムの歌詞も相まってアルバムの中で一番有機的な仕上がりになったと思います」。

会場に溶けゆく魅惑的な音色



Blue Note Placeで行われたライブはハープとベースのデュオで行われた。ハープの音色は優雅に会場に響き渡り、その音を低音のベースが優しく支える構成が印象的だった。特に3曲目に演奏されたスティービー・ワンダーの名曲『If it’s Magic』。原曲はドロシー・アシュビーがハープを演奏しているのだが、同じ曲で同じ楽器を使用したとしても魅せる表情の違いに、改めてアーティストの才能とその音楽の奥深さを感じさせられた。
「ソロであろうと、デュオであろうとカルテットであろうとセットアップに関係なく、大切なことはお客様と繋がることだと思うの。演者とオーディエンスという棲み分けをするのではなく、会場が一体となってライブを作り上げる意識が大事だと思う。こんなこと言うと少しわざとっぽいけど (笑)」。
自身のライブの在り方についてこう語るブランディー。彼女自身の明るいパーソナリティーと確かな技術力、そしてオーディエンスを含め全員でライブを作り上げようという姿勢が人々を惹き込む魅惑的な演奏を可能にしているのであろう。

ブランディー・ヤンガー
2021年、メジャー・デビュー・アルバム『Somewhere Different』収録の「Beautiful is Black」が、黒人女性ソロ・アーティストとして初めてグラミー賞「最優秀インストゥルメンタル作曲賞」にノミネート。自身のアンサンブルも率いつつソリストとして数々の大物ミュージシャンと共演を果たしている。最新作『Brand New Life』はアルバム全体がドロシー・アシュビーからインスパイアを受けており、ブランディーのフィルターを通すことで現代の色彩を帯びたタイムレスな作品に仕上がっている。

Brandee Younger
https://www.universal-music.co.jp/brandee-younger/

Photo Yusuke AbeEdit Katsuya Kondo

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