Behind of Minimalism John Pawson

ジル・サンダー表参道店を設計した 建築家ジョン・ポーソンの 写真家としての日本初個展

「ネオミニマリズムの体現者」と称される建築家であり写真家のジョン・ポーソン(以下ポーソン)。ロンドンを拠点に活動する彼は、20代の頃に日本で英語教師として働きつつ、休日にはさまざまな場所に出掛けて写真を撮り続けた。その日々の中で禅や京都の古い寺院など日本文化を体感し、かねてから憧れを抱いていたインテリアデザイナーの倉俣史朗との交流をきっかけに建築家の道を歩み始めた。イギリスに帰国してから建築の勉強を始め、ミニマリズムのアプローチで手がけた自邸や店舗、ホテル、修道院など幅広い作品は高い評価を受けている。そんな彼が写真家として日本で初となる個展を、東京・原宿にあるギャラリーThe Massで開催することとなった。そのオープニングに合わせて凱旋帰国していたポーソンに、今回の展示や、写真家や建築家としての活動を聞いた。



ー今回の展示について教えてください。

様々な場所で撮影した320枚の写真を色のグラデーションにしてまとめた『Spectrum』という書籍を2017年に出したのですが、その書籍を美術史家のキャリー・スコットがキュレーションし、ロンドンの180 The Strandでのグループ展で建築的なインスタレーション作品として公開しました。その展示の一部を今回The Massでも行いつつ、同じ写真を展示方法を変えて見せる空間や、私が設計した建築を撮り下ろした『Home』というシリーズの展示など、大きく分けて3つのテーマに分けた展示を今回は行っています。

ーどの写真も正方形の比率ですが、撮影はスマートフォンでされているのですか?

基本的にはそうですね。街中を歩いていて目に飛び込んでくる光や形、テクスチャをスナップしています。以前はハッセルブラッドを使って撮影していたこともあったので、見える景色を正方形に切り取る目や頭があるとも思います。


ー光や色、テクスチャが印象的な写真が多いですが、それらの写真はポーソンさんが生み出す白を基調としたミニマルな建築とは対照的であることが興味深いです。どのような瞬間に写真を撮っていますか?

私の建築はミニマルなものが多いため、鮮やかな赤色や青色のもの、破れた障子のディテールやグラフィティなどの写真を撮っていることによく驚かれます。1973年に来日した頃から写真を趣味として撮るようになったのですが、それからずっと撮り続けていて、今は一日50枚ほどは撮っています。でも建築に関する写真だけを撮っているわけではなく、私をインスパイアするものを瞬時に撮っているんです。それらを集めたのが『Spectrum』という一冊の本なんです。だからこの本や今回の展示で伝えたいことは、私が普段見ているものや感じていることを皆さんにも共有したいということなんです。

ー日常で目にした『Spectrum』にあるような景色やものから、どのような影響や消化を経てミニマルな建築が生まれてくるのですか?

建築はミニマルなものですが、同時にとても複雑でもあります。誰かの作品や雑誌、本からアイディアを得ることはなくて、日常で目にする光や色、形、テクスチャーなどさまざまな要素を吸収して、それが私の頭の中で組み上げられていって一つの形となるのです。その表現が私の場合は“ミニマル”だったのです。

ー新たに発売される伝記『Making Life Simpler』は、ポーソンさんのクリエイティブやライフスタイルを物語っていると感じました。そもそもポーソンさんにとって“ミニマリズム”とは?

私が生まれ育ったイングランド北部のヨークシャー地方は、広大な丘といくつかの工場があるだけのシンプルな景色の場所でした。この地域のキリスト教にはメソジストという宗派があり、彼らの教会に絵はかけられておらず、音楽も流れない閑静で飾らないしきたりでした。私自身はメソジストではありませんが、祖父母はそうだったため、彼らの素朴な生活には私自身も幼い頃から触れ合っていました。幼少期に経験した故郷でのシンプルな暮らしが今の考え方や生き方に直結していることは間違いないでしょう。だから私が作る建築がミニマルであるというよりは、私の考え方やライフスタイルに合わせた建築を作るとミニマルになったということです。でも私の4人姉妹や妻、子供たちは全然ミニマリストではないのですが(笑)。

ー20代の頃に日本に住まれていましたが、日本文化から影響を受けたことがあれば教えてください。

日本の建築技術は島国ならではの独自性があったり、世界的に見てもかなり稀有な技術が多く使われています。ミニマリズムの観点から見ても日本の文化の多くは非常にハイレベルで、16世紀に出現した千利休や茶室、内装デザインは特に洗練されていますし、私も強い影響を受けています。
英語教師として20代の頃に来日する前に、700年以上の歴史を持つ福井県のお寺・永平寺のドキュメンタリーを観たんです。そこにはお寺で剣道の練習をする僧侶たちの姿や、お寺を囲む山々や豊かな自然の映像が映されていました。その美しさに心奪われて、私自身も僧侶になりたいと思ったほどでした。その後念願叶って日本に行くことができ、知り合いの紹介で永平寺に一日だけ泊まることができました。できることなら10年でもそこで生活したいような素晴らしい経験でした。
インテリアデザイナーの倉俣史朗さんのことは様々な雑誌で読んで知っていました。彼に会うことも日本へ行く目的の一つでした。運よく彼に直接コンタクトすることができ、親切に事務所に招いてくれました。その後頻繁に彼の事務所を訪れることもでき、デザインだけでなく実にさまざまなことを教えてくれました。倉俣さんとの出会いがきっかけで、イングランドへ帰国してから建築を本格的に勉強するようになったのです。

ー東京だと表参道にあるジル・サンダーの旗艦店がポーソンさんの建築を身近に体感できますが、建築デザインで心掛けていることを教えてください。

その建築に足を踏み入れることで心が休まり、気分が良くなったり、瞑想のような体験ができる空間を意識しています。昔ニューヨークで手がけたとあるファッションブランドのお店では、その空間の心地よさからお客さんが30分ほどベンチに座って動かないなんてこともありました。結局その方は買い物をしていかなかったのですが(笑)。そういった居心地の良さや瞑想に近い体験が得られる空間づくりを聞きつけて、チェコ共和国のNový Dvůrという修道院から建築の依頼が舞い込んでも来ました。今回の展示でも、The Massに隣接するインスタレーションスペースのStandByに「Lunula」と名付けた瞑想的な立体作品も新たに制作して展示してあります。

“ネオミニマリズムの体現者”と称され、建築家や写真家として活躍するジョン・ポーソン。今回のThe Massでの展示や作品集『Spectrum』を見ると、彼の興味は実に多様で、ある種カオティックな印象すらある。でもそこに並べられたポーソンが目にしてきた膨大な景色や情報は、彼のクリエイティビティによって咀嚼され、外面的にはミニマルな姿となって再び世の中に現れてくる。そう思うと、彼が作る建築に居心地の良さを感じる人が多いのは、ミニマルな見た目ながらもさまざまな感覚や感情を包み込んでくれる深さがあるからなのだと思った。それは彼が若かりし頃に魅了され、今も理想とする日本文化のミニマルさと奥深さに由来すると思うと親近感も湧いてくる。取材中はゆっくりと言葉を選んで自身の哲学を語ってくれたかと思うと、古くからの知人だったかのようにラフに話してくれたり、ジョークで笑わせてくれたりもした。特に印象的だったのは、長年丁寧に着込んで裾のほつれたニットを身につけ、パンツのポケットにはカードやガムが無作為に詰め込まれ、履き込まれたスニーカーの紐はほどけていることさえ気にする素振りも見せない佇まいだった。「This is my life」と言って無邪気に笑うその73歳のミニマリストは、豊かな経験や感情に裏打ちされたシンプルな生き方を追求しているのだった。

▼イベント情報
John Pawson個展
開催期間:2023年4月14日~5月14日
会場:The Mass
東京都渋谷区神宮前5-11-1
電話:03-3406-0188
開館時間:12:00~19:00
休館日:月、火
観覧料:無料
アクセス:千代田線・副都心線明治神宮前駅徒歩4分
http://themass.jp

Photo Masato KawamuraEdit Yutaro OkamotoSpecial Thanks EDSTRÖM OFFICE

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