ART HOME FREDDY CARRASCO
日々の感情を表現する フレディ・カラスコ
まるで自分の祖父の若かりし頃の写真を見ているような、どこか懐かしさや自分のルーツを連想させられるポートレートのペインティング。ピンボケしたような曖昧な被写体が、個人的に縁のある具体的な人物を頭の中に鮮明に思い浮かばせる。この作品を描いたのは、カリブ海に浮かぶドミニカ共和国で生まれ、カナダのトロントで育ったフレディ・カラスコ。現在は日本の東京をベースに活動し、マンガやイラスト、写真、彫刻、音楽、絵画などさまざまな表現活動を発表してきた。故郷から遠く離れたこの極東の地で今を生きるフレディは、この作品にどのような思いを込めたのか。「人生の大半を消費活動と、現実逃避としての創造活動に費やしてきました。小説や漫画、ゲーム、テレビなどですね。そのサイバーパンクな世界の聖地として東京にずっと憧れを抱いていました。縁もあって東京に引っ越すこととなったのですが、皮肉なことに東京での生活を始めると、そのような世界への興味が一気に冷めてしまったんです。現実逃避的な世界ではなく、自分の身の周りで起きている現実世界へ興味を持つようになっていきました。自分、仲間、道ですれ違う人たち。それらは全てどこから来ていて、どのような核心のもとに彼らの世界が回っているのかということを理解したいと思うようになりました。それは“感情”を捉えようとする試みでもあります。僕にとって表現活動は日記を書くことと同じです。言葉では表現できないことを、絵として描いているのです。どうしてもしなくてはいけないこと、まるでくしゃみのような感覚です。これこそが今回の作品を展示した個展のテーマ『HOME』であり、アイデンティティは文化や伝統に根ざしているというメッセージでもあります」。非現実から現実の世界へと精神の在処がシフトチェンジしたフレディ。彼の意識が非現実に向かっていたときに手がけた代表作『GLEEM』は、アフロ・ラティーノとしてのアイデンティティと東京のサイバーパンクな雰囲気がミックスされた空想世界を作り上げ、ピクサーやカートゥーン ネットワーク、ナイキ、フラグメント、そしてカニエ・ウエストらとのコラボレーションにも至った。そんなフレディが日常のリアルな世界に目を向けたことは興味深い出来事であり、そのきっかけは遥か彼方の故郷・ドミニカ共和国だという。「ドミニカには、顔も知らない1000人もの親戚がいます。会ったことはないけど、確かに存在する。その人たちに思いを馳せると、自分が今ここにいる理由を問うようになりました。そしてその理由を表現することが自分の使命だと考えるようになったのです。だから最近描いている絵は、日々の感情を人の形にしたものが多いです。それは例えば“愛”や“怒り”であり、言葉にはできない感情です。そしてその感情は家族や友人との関係の中に生まれることが多いものです。この青い作品は、昔のドミニカ共和国の証明写真を表現としてイメージしました。だけど具体的な誰かというわけではありませんし、込めた感情を明言するつもりもありません。見る人が自分を投影できる余白を作っておきたいのです。実際に見てみないと十分に理解できないような、そして人々を結びつけるコミュニティのきっかけとなるような作品を目指しています」。現実世界には、喜びだけでなく悲しみも溢れている。だがその感情すらも受け入れることが「生きる」ということ。「日々を生き、抱いた感情を表現をするようになって、生まれ変わったような気分です。毎日が変化の連続で、明日の自分がどうなっているかが楽しみ」と嬉々として話すフレディ。個展テーマの『HOME』は何も故郷や実家のことだけを指すのではなく、日常のさまざまな場面に溢れているのだと感じる。
フレディ・カラスコ
カナダ・トロント出身のドミニカ系で、現在は東京を拠点に活動するビジュアルアーティスト、作家、ミュージシャン。コミックやイラスト、絵画、写真、彫刻や音楽などさまざまな表現活動を通して非現実世界やサイバーパンク表現してきたが、現在は現実世界での感情の変化やアイデンティティをテーマにしている。
Interview & Text Yutaro Okamoto |