Art Exhibition by Louise Bonnet and Adam Silverman at Frank Lloyd Wright’s Hollyhock House

名建築との対話から生まれる 陶芸と絵画の新たなストーリー

フランク・ロイド・ライトの名建築を
現代アートとともに楽しむ

ホリホック・ハウスのための
特別な作品群

ロサンゼルスの醍醐味の一つといえば、街中にアートが溢れていることだ。「ザ・ブロード」や「ロサンゼルス現代美術館(通称MOCA)」、「ゲティ・センター」などの大型美術館から、老舗の「ガゴシアン」や写真に特化した「リトル ビッグ マン」など個性豊かで数多あるギャラリー、さらには建物の壁面や看板には“オベイ”ことシェパード・フェアリーのグラフィティをはじめとしたストリートアートなど、そこかしこでアートに触れることができる。そんな魅力ある街で貴重なアート体験ができる展示が行われている。それが近代建築の三大巨匠の一人として挙げられるフランク・ロイド・ライト(以下ライト)が1921年に手がけた邸宅、ホリホック・ハウスで初となる現代アートの展示として開催されている、陶芸家のアダム・シルヴァーマン(以下アダム)とペインターのルイーズ・ボネット(以下ルイーズ)夫妻による合同展だ(2023年6月24日まで開催)。

ホリホック・ハウスは1921年に建設された私邸。ライトが設計したロサンゼルスにあるいくつかの建築の中で現在一般公開されている唯一のものだ。平坦な市街地であるイーストハリウッドの小高い丘の上にあり、ロサンゼルスの景色を一望できる本邸宅。敷地は緑豊かな芝生や木々にも囲まれた公共公園として開放されているため、地元市民たちがピクニックをしたり、絵を描いたりと自由に過ごせるスポットにもなっている。
施主は油商の家系でシアターやアートのパトロンでもあったアリーン・バンズダール(以下アリーン)。建物の名前はアリーンが好きだった花である立葵(ホリホック)に由来し、彼女のライトへの唯一の希望は「立葵をモチーフにすること」だったという。ライトはその指示をもとに立葵を抽象化し、柱や扉、家具などさまざまな場所にデザインとして落とし込んだ。このデザインは“マヤ復興建築様式(1920-30年代のアメリカを中心とした建築様式で、コロンビア前のメゾアメリカ文化の建築と象徴からインスピレーションを得たもの)”の代表的な一例としても評価されている。余談だが、ライトが同様にロサンゼルスに建てた私邸のエニス邸もマヤ復興建築様式の代表格。映画『ブレードランナー』で主人公デッカードの住んでいる家として撮影されたことでも有名だ。ちなみに日本国内でライトが設計したマヤ復興建築様式を楽しめる建築としては、ホリホック・ハウスの建設と同時進行で東京に作り上げた帝国ホテルが挙げられる(現在では玄関部分のみが残り、愛知県の明治村に移築されている)。

陶芸と絵画で表現した名建築へのリスペクト

リビングルームの暖炉の周りはお堀のような溝があり、水が流れる仕組みになっている。この“水”というキーワードとリンクさせるように、太平洋で採れた粘土や海藻、流木、珊瑚、塩、貝殻を素材にした釉薬を用いた青色が特徴的な作品をアダムは制作した。

写真の左側に写るのは、ローマ時代の大理石のレリーフ『3人の踊るニンフ』。この作品に呼応するように、写真中央にある絵画をルイーズは描きおろした。絵画に用いられた緑色は、ホリホック・ハウスの壁に見られる緑色をオマージュしている。

ライトが立葵を抽象化してデザインした棚の上にあるアダムの作品は、敷地内に生えているオリーブの枝も素材の一つとした灰釉を用いている。その後ろにあるのは日本の骨董屏風。浮世絵の蒐集家としての一面も持っていたライトが入手したもの。
夫婦で初となる合同展

ライトの晩年の大作であり、竣工から100年以上経ったホリホック・ハウスで初となる現代アートの展示を開催するという快挙を果たした陶芸家のアダムとペインターのルイーズは、カリフォルニアを拠点にするアーティストであり、パートナーでもある。アダムは元々建築家としてキャリアをスタートさせ、その後陶芸家に転身。カリフォルニア州サンフランシスコ発祥の老舗陶器メーカーのヒース・セラミックスのスタジオ・ディレクターとして経験を積んだ人物だ。建築家としてのバックボーンを感じさせる幾何学性と丸みを帯びた造形のバランスが特徴だ。近年は海中の藻や各地の木々といった天然素材を使った実験的な釉薬表現も注目されている。また彼はロサンゼルス発のファッションブランド「エクストララージ」の創設メンバーとしても知られているが、そのエクストララージでグラフィックデザインを手掛けていた一人がルイーズなのだ。デザイナーとして活躍した後、絵画をメインに活動を行うようになったというルイーズ。人間の身体性にフォーカスしたシュールレアリスティックな作風が魅力だ。
長きに渡って活動を続け、カリフォルニアのアートシーンで重要な存在であるアダムとルイーズ。ホリホック・ハウスで展示を行うにあたり、まずはこの場所を頻繁に訪れ、歴史やさまざまな文脈を読み解くことから作品づくりのためのアイディアを集め始めた。そして施主のアリーンと建築家のライト、ライトの助手として参加したフランク・ロイド・ライト・ジュニア(ライトの息子)やルドルフ・シンドラー(ロサンゼルスを拠点に活躍した建築家)といったホリホック・ハウスに関連する人物へのリスペクトを込めて、彼らとの対話となるような作品づくりをすることにしたのだ。事実、今回展示されたアダムとルイーズの作品は、1作品を除いた全てがホリホック・ハウスのために新たに制作されたもの。そのことは『Entanglements(絡み合い)』という展示のタイトルでも表現されている。

書斎に展示されたアダムとルイーズの作品。アダムの作品の今にも落ちそうな緊張感が空間に満ちている。ルイーズの絵画がかけられている場所には普段は日本の版画が置かれているが、それに代わっても違和感なく空間に馴染んでいる。

ライトとアリーンは共にアジア美術を好み、竣工当時ホリホック・ハウスの玄関口には観音像が置かれていた。現在は天窓の廊下に移されたその観音像とリンクするような陶芸をアダムは制作し、正面反対側に配置した。

アートと展示空間の理想的な相互作用
この家に詰まったストーリーと
対話するような展示を目指して

アダムは今回の展示に向けた作品制作について、「ホリホック・ハウスの小さな入り口を抜けると広がるさまざまな空間。天井の低い通路の先に見える、ロサンゼルスの陽の光が差し込む明るい部屋。ライトの建築らしいボリュームの駆け引きをインスピレーションに制作しました」と語っている。そうして制作された作品の多くは2つ以上の陶器が結合し、今にも重力に従って落ちてしまいそうな緊張感のあるものが目立っ。これはアダムが昔窯入れを実験的に行っていた時に陶器が窯の壁面にくっついたり、作品同士が溶け合って融合した偶然(本人は劇的な失敗と振り返っている)を表現したもの。2つ以上の陶器がくっつくことで生まれる新たなストーリーがホリホック・ハウスに対するイメージと結びついたというのだ。ほかには太平洋で採れた粘土や海藻、流木、珊瑚、塩、貝殻を素材にした釉薬を用いた作品があるが、これはリビングルームにある暖炉の周りのお堀のような仕掛けに当時水が流れていたことへのオマージュになっている。庭に生えているオリーブの木を釉薬に用いた直接的な結びつきを生んだ作品もある。
ルイーズは絡み合った手を誇大表現した絵画を多く制作して展示している。これは建物の正面玄関を抜けた先に設置されていたローマ時代の大理石のレリーフ『3人の踊るニンフ』の3人の女性が互いの服をつかみ合っていることへのオマージュとなっている。描かれた手の指は脳のひだを思わせるように関節が多く、これはこの家にかけられていたカーテンのひだからアイディアを得ているようだ。ほかにもこの家の壁に見られる独特な緑色を引用した作品も生み出している。

アダムとルイーズはホリホック・ハウスを丁寧に読み解き、この場所のための作品を制作した。配置場所はアリーンが実際に過ごしていた当時の写真を参照し、リビングルームやダイニングルーム、書斎など、アリーンがアートコレクションを実際に飾ってあった場所を選んだという(アリーンとライトは共にアジア美術に造詣が深く、日本の屏風や陶器、中国の陶磁器やガラスボウルが多くあったことが確認されている)。だからこそ作品はもともとこの家にあったかのようによく馴染み、建築や空間と共鳴して互いの魅力を引き出しあっているようだった。アダムとルイーズは今回の特別な展示をこう振り返る。「アリーンやライトがそうであったように、私たちもまたロサンゼルスの景色や気候、陽の光、開放感、そして可能性に惹かれています。ホリホック・ハウスは私たちにとって長年のインスピレーションの源でした。それは建築だけではなく、この家に詰まっているさまざまなストーリーに感動しているということです。今回の展示は、私たち2人とホリホック・ハウス、そしてアリーンとライトたちを交えた会話なのです」。


ホリホック・ハウスは1920-30年代のアメリカで勢いのあったマヤ復興建築様式に分類される。マヤ文明を思わせる特徴的なデザインは施主のアリーンが好きだった立葵の花をライトが抽象化したもので、現代から見ても未来的な印象すらある。このデザインは建築自体にはもちろん、ライトがオリジナルで作った館内の家具にも多く用いられている。庭には今も立葵が大切に植えられている。

ダイニングルームにはライトが手がけた六角形のテーブルと立葵のデザインを掘り込んだ椅子が並ぶ。背後にある金の屏風は立葵が描かれたもの。この椅子に座って窓から見える景色をライトは好んだようだ。当時机には中国の陶磁器が置かれていたようだが、それに代わる作品としてアダムが新たに制作したのが中央のもの。結合した陶器同士が会話しているようにさえ見える。照明はアリーンが旅先で購入したものだという。

『Entanglements』 Louise Bonnet & Adam Silverman atHollyhock House
〈Hollyhock House〉 4800 HollywoodBoulevard, Los Angeles, CA 90027。
2023年6月24日まで。
11時~16時。
日曜~水曜休。
公式サイトより事前予約制。

アダム・シルヴァーマン
1963年生まれ、ニューヨーク出身。ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン卒業後、ロサンゼルスに拠点を移し、エクストララージを共同創立。2002年からは陶芸を専念的に活動する。

ルイーズ・ボネット
1970年生まれ、スイス・ジュネーヴ出身。イラストレーター、グラフィックデザイナーを経て、2008年からはペインターとして活動。身体的世界観のシュールレアリスティックな表現を行う。

Photo Sean HazenCoordinate Daiki FukuokaEdit & Text Yutaro Okamoto

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