Art behind Fashion

ブランドが表現するアート精神

快適なファッションとは、素材やデザインがいいものを身につけるだけの話ではない。服の内側に情緒的なストーリーが感じられるものを身につけることで、何よりも心が満たされることが大切だ。そのような服作りを実現しているブランドの背景には、必ずと言っていいほどアートが結びついている。ここではファッションとアートの関係性を「アートギャラリー」「プライズ」「ショップ」「プリントメディア」という4つのカテゴリーに分け、それぞれに代表的なトピックを紹介していく。

GINZA MAISON HERMÈS Le Forum

Photo Nacása & Partners Inc./ Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès
エルメスならではの
職人気質なギャラリー

ガラスブロックが地上10階まで積み重ねられ、夜にはそのガラスを通して館内の光が大きなランタンのように銀座の街を柔らかく照らす銀座メゾンエルメス。設計したのはイタリアの巨匠、レンゾ・ピアノだ。一歩足を踏み入れると、外でも中でもない不思議な光や景色に包まれ、最高級の素材を厳選するエルメスならではの空間体験を身をもって味わうことができる。その8-9階部分に設けられたアートギャラリースペースの「フォーラム」では、エルメス財団のサポートによる現代アートの展覧会が年に4回開催される。現在行われている「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」展は、生態系や経済、社会、政治など人類が直面するエコロジーの問題をアートを通じて考えようという内容。ものづくりや資源、雇用などの持続可能性を高めることを会社としての重要な目標としているエルメスらしい展示内容だ。そのように社会への問題意識を喚起するテーマをアートと絡めて表現するエルメスの姿勢こそが、ブランドとして支持される一面でもある。

Espace Louis Vuitton Tokyo

Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
現代アートで表現する
メゾンの前衛精神

マーク・レッキーやヴォルフガング・ティルマンス、クリスチャン・ボルタンスキー、ダン・フレイヴィンなど、現代アートを代表する様々な作家の作品を展示するエスパスルイ・ヴィトン。ルイ・ヴィトンの母体であるLVMHグループのパリにある芸術機関フォンダシオンルイ・ヴィトンが所蔵する作品を、世界各国にあるエスパスルイ・ヴィトンで公開する豪華なプログラムだ。「エスパス」とはフランス語で「スペース」を意味しており、日本だと東京は表参道店に、大阪はメゾン御堂筋に設けられている。ルイ・ヴィトンはこれまでにも村上隆や草間彌生らのアートワークを落とし込んだアイテムを多数発表して大きな話題を呼んでいるが、アイテムとして具体的な形に落とし込んではいなくとも、現代アートにフォーカスした展示スペースを持っていることで、老舗メゾンだからこそ時代の風を常に取り込む姿勢があることを表現しているのだ。

MARK LECKEY ‒ FIORUCCI MADE ME HARDCORE FEAT. BIG RED SOUNDSYSTEM
エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024年)
FIORUCCI MADE ME HARDCORE WITH SOUNDSYSTEM (10 周年記念リマスター版)1999-2003-2010年
FELIX THE CAT 2013年

LACMA Art+Film Gala Supported by Gucci

Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
映画界を活性化させる
グッチならではのチャリティイベント

映画の芸術的・文化的価値を多くの人に伝えるべく、ロサンゼルスカウンティ美術館(通称LACMA)は「アート+フィルム ガラ」を毎年開催し、収益をLACMAでの映画をテーマにした展覧会や教育プログラムに投資している。文化の発展に貢献したフィルムメーカーとアーティストが毎年表彰され、2023年度に表彰されたのは、革新的なパブリックアートを手がけるジュディ・バッカと、鬼才映画監督のデヴィッド・フィンチャーという通好みの人選だ。そんな同イベントを初回からプレゼンティングスポンサーとして盛り上げるのがグッチで、その影響力も相まって映画やアート、ファッション、エンターテイメントなど各界のキーパーソンが集う。2023年度は同年に着任したグッチのクリエイティブ・ディレクターサバト・デ・サルノが手がけた初のイブニングウエアコレクション「グッチ アンコーラ ノッテ」に身を包んだセレブリティの華やかな姿も幻想的だった。映画がいかにグッチの世界観に影響を与え、グッチもまた映画界の活性化にどれほど力を入れているかが伝わる一大プロジェクトだ。

Loewe Foundation Craft Prize

Photo nkubota
ロエベの核にある
クラフト精神を讃えるプライズ

陶磁器や木工、テキスタイル、レザー、漆など、進化し続ける現代のクラフツマンシップの芸術的貢献を讃えるロエベ財団主催のクラフトプライズ。2016年から続く同プライズは、今では毎年の恒例行事として楽しみにしている人も多いのではないだろうか。1846年に職人の集団的なクラフト工房として歴史をスタートさせたロエベのアイデンティティに忠実なプライズであり、ロエベが大切にしてきたアート精神やクラフツマンシップの灯火を絶やさないための活動として意義がある。そんな同プライズの発起人であり、2013年からクリエイティブディレクターとしてロエベを率いるジョナサン・アンダーソンはこう語る。「クラフトはまさにロエベの真髄です。ロエベが追求するのはその言葉が持つ最も純粋な意味でのクラフトなのです。そこにこそ私たちの考えるモダニティがあり、クラフトは常に私たちとつながっているのです」。クラフトの価値が見直されつつある現代だからこそ、ロエベがクラフトの世界に一つの指標を設けることにはとても意義がある。

Jil Sander Omotesando Designed by John Pawson

ブランドの精神や文脈を読み取った
旗艦店のお手本的店舗

ブランドの世界観を表現する旗艦店や店舗を訪れるのは有意義な建築体験だ。中でもジル サンダー表参道は、クリーンでピュアなデザインの中にクラフトマンシップを感じるブランド精神を体現し、煌びやかなエリアにありつつ静謐な空気を漂わせる。同ブランドのクリエイティブ・ディレクター、ルーシー & ルーク・メイヤーが設計を依頼したネオミニマリズム建築の旗手ジョン・ポーソンは、教会さながらの神秘的な建築を数多く手がける人物。そんな彼がジルサンダーの世界観に共鳴したのは自然なことであり、日本を代表するデザイナー倉俣史郎の元で経験を積んだジョンを日本の店舗設計に任命した文脈の流れも素晴らしい。もう一つの見どころは踊り場にかけられたドイツの家電メーカー、ブラウンのオーディオセット。1965年にディーター・ラムスがデザインし、無駄のない美しさがデザイン史にその名を刻む「ワンダンラージ」である。タイムレスなものづくりをする共通点や、創業者であるジル・サンダー氏とディーター・ラムスが共にドイツ出身であるストーリーも汲み取られている。

Dries Van Noten Galerie Quai Malaquais

Photo Jean-Pierre Gabriel
アートギャラリーさながらのブティック

ドリス ヴァン ノッテンのビューティーコレクションは2022年の発表から1周年を迎え、パリ左岸にブティック「ギャルリー・ケ・マラケ」を2023年7月にオープンさせた。レディースとメンズのブティックの間に挟まれる形でオープンしたこの新店舗は、ビューティーやフレグランス、アクセサリーのみを扱い、パリにある店舗でドリス ヴァン ノッテンの世界観を表現するために必要だった、最後の1ピース的な店舗だと言える。ドリス本人のキュレーションで作り上げられた、バロック調の庭園風景が描かれた17世紀のタペストリーが目を惹く内装を観に足を運ぶだけでも価値のある、アートギャラリーのような空間だ。もちろん建物自体に詰まったストーリーにもアートは満ちている。1625年に建てられたこの建物は、有名になる以前のピカソやシャガールが自身の作品を展示した画廊だった場所でもある。アート史においても重要な場所に店を構え、自身の美的感覚で新たな歴史を塗り替えたファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンは、ファッションとアートを軽やかに行き来する重要な存在だ。

Bottega Veneta Art Book『MAGMA』

デジタル時代だからこそ
プリントメディアの価値を考える

デジタル上で簡単にアクセスできる無料の情報とは違い、対価を支払って手に入れたアナログなものから得られる情報の希少性や純度の高さを改めて感じる人が増えてきているのではないだろうか。ボッテガ・ヴェネタはその価値観を大切にしているブランドの一つである。同ブランドのサポートによって2023年に発行された『マグマ』というアート誌は、ジョルジュ・バタイユが発行したフランスの雑誌『ドキュメント』やシュルレアリスム情報雑誌『ミノトール』、アンディ・ウォーホルが編集した『インタビュー』創刊号など、20世紀を代表する伝説的なアート誌の文脈を受け継ぐことを目的としている。マグマの創刊号にはフランスの写真家クロード・ノリの写真や、ベルギーの映画監督アニエス・ヴァルダの文章を添えた作品など、18人のアーティストが参加。合わせて80を超えるアート作品や文学作品が収められ、そのほとんどが未公開の作品であるから驚きだ。それほどエクスクルーシブなアート誌をサポートしていることからも、ボッテガ・ヴェネタが、ファッションブランドの中でもどれだけアートを大切にしている存在であるかがわかるだろう。

COMME des GARÇONS
Direct Mail

Photo Jean-Pierre Gabriel
ブランドのスピリッツを
デザインするDM

いつの時代においても前衛的であり続けるコム デ ギャルソン。そのブランドの表現手段の一つとして印刷物がある。それはアート作品と言っても過言ではない。2008年から配布されているダイレクトメール(DM)は、年間テーマとして毎回1組のアーティストを選び、その作品を素材としてデザインされている。それを店の顧客などに向けて年に数回発行している。これまでにテーマとなったのは、モンドンゴやアイ・ウェイウェイ、ルネ・ブリ、ダウなど社会的メッセージの強いアーティストも多い。そのアーティストの選定も川久保怜自身が行い、DMのデザインをディレクションしている。アーティストの作品が編集された、ダイナミックなデザインやギミックのある装丁は、印刷物でしか成し得ない魅力を放っている。服の写真は一切なく、それでもなおコム デ ギャルソンの世界観を表現している。それはアート作品とも言える位の強度をもっている。

Edit & Text Yutaro Okamoto

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