What’s Tokyo Graphics

東京生まれのグラフィックを 受け継ぐ現代のアーティスト

東京のファッションが評価される理由を考えたとき、欠かせない要素として出てくるのが東京ストリートカルチャーを発端とするグラフィックの存在だ。Tシャツの上に描かれるグラフィックデザインのカッコよさや存在感が世界で認められてきたことは確かな事実。東京から生まれたファッションの中でグラフィックが持っているポジションがいかに大きいのかを、本誌編集長の千葉琢也と、グラフィック・アートの分野に造詣が深い編集者の松岡秀典、山下丸郎と考察していく。ここで語るべきものとしてテーマに掲げるのは、Tシャツをキャンバスとして描かれてきたグラフィック。つまり、東京のストリートカルチャーが生み出してきたグラフィックやグラフィティ、イラストと、それを生み出してきたアーティストの話だ。

このテーマの上で、今の東京を担うアーティストは誰なのかを考えていると、ヴェルディや河村康輔の名前がすぐに挙がった。もはや、この2人を知らない人はいないだろう。

ヴェルディが世に生み出したGirls Don’t CryやWasted Youthのウエアは、その起源や発信内容を鑑みるに、明確なストリート発のプロダクトであり、活動の方向性として90年代の原宿、いわゆる裏原のストリートカルチャーにインスパイアされていることを自身が明言している。当時、ヴェルディが通過してきたストリートカルチャーとの繋がりは、度々発表されてきたNIGO®によるHUMAN MADEとのコラボレーションを見ても明白だ。ファッションシーンに対してセンセーショナルなインパクトを与えたという意味では、2020年のLouis Vuitton“LV2”コレクションが思い出される。NIGO®とヴァージル・アブ ローによるコラボコレクションにおいて、ヴェルディのグラフィックがプロダクトの上に刻まれた出来事は衝撃的だった。

「極度に突き抜けた存在として誰もが認めざるを得ない存在です。そして、アパレルというビジネスの世界においてトップランカーになったことで、アーティストとして大きく飛躍していきそうですよね。ヴァージルもそうですが、アパレルというビジネスの頂点に辿りついた人が、いちデザイナーというだけではなく、アーティストとしても大きな評価を受けることができるのが、今っぽいなと感じます。海外では、グラフィティライターの作品がストリートから現代アートとして評価されていったケースがありますが、日本では別の分野からアートの世界に進出するのが難しい印象を持っていたので(山下)」。

「Tシャツに代表されるストリートウエアのグラフィックを作り続けることでアートの世界でも大きく活躍できる可能性を示した一例ですね。そこには、ストリートカルチャーが生んできた物事のスケールが大きくなったことも感じられます(千葉)」。


河村康輔についても、コラボレーションしてきたブランドの数は書ききれない。大友克洋とコラボレーションした『AKIRA』のコラージュグラフィックは世界中でジャンルを超えて受け入れられ、エキシビションを行えば世代を問わず多くの人が殺到する。音楽アーティストのジャケットアートワークやMVなど、そのグラフィックはジャンルを超えてあらゆる局面で目にすることができる。

「河村さんは以前、アートディレクターとして『ERECTMagazine』を手掛けていたんですが、なかなか部数が伸びなかったようです。そんなとき、彼が敬愛するスケシンさん(SKATETHING)が、河村さんのグラフィックや活動を目にして、その面白さを周囲に紹介したと同時に、一気に名前が広まって認知されるようになったことがあったのだとか。河村さん自身はスケシンさんに認められたことがすごく嬉しかったと言っていましたが、改めてスケシンさんの影響力を感じましたね。活動し始めた頃はファッションの文脈にいなかった人が、そこに引き込まれていった流れを感じて(松岡)」。

ハードコアパンクなど異なる文脈にいたアーティストがグラフィックを通じてファッションの世界へ、という意味で両者は共通点を持つ。前述の2人は裏原のストリートカルチャーのオリジネーターが生み出してきたものを研究し、そのアティテュードや方法論を脈々と受け継ぎながらやってきたことを軸に持つ。

同様の理念を根底に持つ現代東京グラフィックの担い手として名前が出たのが、今号のカバーグラフィックを担当しているYOSHIROTTENだ。

「彼はDJをやりながらクラブなど音楽の現場にいて、ファッションも含め、どのシーンともコネクトしているアーティストだと感じます。アンダーグラウンドの繋がりを表現している気がしますね。東雲のTOLOT heuristic SHINONOMEで個展(2018年に開催されたYOSHIROTTEN Exhibition「FUTURE NATURE」)を自分の手で主催したというのも大きな衝撃を受けました。そこにアーティストとしてカッコよく生きている生き様が感じられます。その人自身のスタンスがカッコいいからこそ、多くの人が周りに集まってくるんだろうし、シーンと繋がる理由になるのかもしれないですね(千葉)」。

そんな、現代の東京のグ ラ フィックを牽引しているYOSHIROTTEN。東京のみならず彼が世界中のファッションシーンから注目を受けている事例も紹介したい。DRIES VAN NOTEN2020年春夏では、写真家の蜷川実花との共作でグラフィックを制作し、服に落とし込んだコラボレーションコレクションが実現。また、2019年に行われたエルメスによるイベント、ラジオエルメスのアートディレクション。今年2月にオープンしたエルメス表参道店のキービジュアルを手がけるなど、ファッション、アートと、あらゆる場所でYOSHIROTTENのアートディレクション・グラフィックを見ることができる。

一方で、アーティストではないが、今の東京をグラフィックで体現しているという共通認識で語られたのがBlackEyePatchの存在だ。

「まさに東京らしい活動をしていてアートのプラットフォームとしても機能していると感じます(千葉)」。匿名性の高いBlackEyePatchの打ち出し方は、昨今のデザイナーがブランドを代表してステートメントを述べるような動きと逆行しているが、そこにストリートカルチャー然とした佇まいが感じられる。「自分が思うストリートブランドの良さって、洋服を通してカルチャーを知れることだと思うんです。それこそTシャツのグラフィックを手掛けているアーティストの存在だとか。それが、ストリートブランドならではの魅力だと思いますし、そういう活動に興味を持つ人が少しでも増えてほしい、というブランドの意図がそこに込められているんじゃないでしょうか(山下)」。

スケシンさんによるものだったということが業界人を超えてファッション好きなヘッズたちにも知れ渡っていきましたね(千葉)」。本人の口から明示されているわけではないが、いざ蓋を開いてみると、シーンを支えていたグラフィックやロゴがSKATETHINGによって作られていたことを後続の人間が知る。そして、それを口頭伝承のように伝えていった。

BAPE®とHIPHOPカルチャーの関係性においても、その存在は大きい。ファレル・ウィリアムスによるBILLIONAIRE BOYS CLUBがスタートしたのは2003年だが、本ブランドを象徴する宇宙飛行士のロゴの背景にもSKATETHINGの存在がある。この一連のアメリカにおけるHIPHOPのファッションカルチャーにインスパイアを受けているのがヴァージル・アブローであり、一方で、GIMME FIVE のマイケル・コッペルマンが藤原ヒロシと交流があったことを踏まえた上で、その文脈の中にキム・ジョーンズがいるとすれば、現代のメンズファッションにおけるストリートとハイブランドが邂逅し溶け合っている現状の発端が、そこにあったと考えることもできる。

「スケシンさんとマンキーさんによるグラフィックは、当時、東京のものという感覚がありましたけど、今では世界レベルでストリートカルチャーの代表的なグラフィックとして語られるものだと考えられますね(千葉)」。

その存在は世界中の隅々まで知れ渡っているわけではないが、東京の人間であれば誰でも知っている。事実として、SKATETHINGは裏の立役者であり重要なグラフィッカーだ。

「若い頃にスケシンさんのインタビューが掲載されている雑誌を読んで、本人がどのように思われていたかは分かりませんが、シーンの中心にいながらも批評的な精神が強い方なんだなーとか、そういったことを考えながら面白く読んでいたことがあります(山下)」。

「世に公開されている数少ないインタビューを読むとスケシンさんがいかに博学であるかが伝わりますよね。グラフィックに意味があり歴史がある。だからこその説得力が感じられる(松岡)」。

「今、こうして当時作られた東京のグラフィックが支持されているというのは、そういった博識さやギーク感が、世界から見れば、東京にいる人とは別視点で映るのかもしれないですね。C.Eの始まりは、まさにそういうものだったのかもしれません。まだ誰も知らないものを織り交ぜて、明確にグラフィックで表現していて。東京から見ても世界的にもカッコいい、グラフィックとしてのネクストステージなのでは、と(千葉)」。

「今まで影武者的な活動をしてきた人がフロントに立ってやっているブランドという意味でも興味深いですよね。スケシンさんの中にある様々なアウトプットの1つとしての表現として面白いと思っています(松岡)」。

「SKELTON APE」と題されたコーネリアスのポータブルレコードプレーヤー。1996年にリリースされたもの。グラフィックはSKATETHINGが手掛けており、当時のストリート感が濃密に表現されている。
東京ストリートが生みだした
芸術的観点からも面白いもの

90年代の東京ストリートで生まれていた、現代にも深く影響を与えるグラフィックや、周辺のカルチャーたち。世界で東京のカルチャーが評価される前から、当時の東京で実際に起きていた興味深いエピソードに話は及ぶ。

「特定のアーティストというよりも、例えば、ファッション誌『DUNE』などに見られる世界観が自分的には東京っぽいと思うんですよね。ファッションなどのカルチャーに、グラフィティやストリートの要素を並列させているところにそれを感じます。この世界観が今に至るまで脈々と続いているのではないかと。グラフィティカルチャーが裏原のベースに与えていた影響もありますし。そのミックス感は東京が世界に誇るべきものなのかと(山下)」。

そんな流れから挙がったのがT19(※2)の存在だ。グラフィティやスケートなどが同じストリートの上にあることを体現したという意味でT19の存在を欠かすことはできない。大瀧ひろしを中心とした同チームには、藤原ヒロシや前述のSKATETHINGがいた。

「特に、AKEEMさん(T19にも所属)はグラフィックという観点では欠かせない人だと思います。HARLEM(渋谷のクラブ)などのロゴをデザインした、という話も聞いたことがあるくらいですから。あと、山下くんの話を聞いて思い出したのが、7STARS DESIGN(※3)ですね。BOUNTY HUNTERのロゴも堀内さん(7STARS DESIGN代表、堀内俊哉)です。ご本人にインタビューしたときに聞いたんですが、当時、原宿で遊んでいる仲間の中で、どれだけ先にマッキントッシュを買ったかっていうことも重要だったそうなんです。マッキントッシュを持っている人のところに、界隈の人たちが次々に集まって、このロゴを作ってほしいとか、フォントを変えたらどうなるんだっていうのがひっきりなしにあったみたいです。そうやってコンピューターグラフィックスをできた人がいたから、いろんなものにカルチャーが落とし込まれていったんじゃないかなと思うんですよ。物理的にもそうですが、コンピューターを使えた人は重宝されたのかもしれません(松岡)」。

ブランド、BOUNTY HUNTERのロゴ。デザイナーのヒカルによって1995年のブランド設立されて以降、そのトレードマークとして現在も使用されているグラフィックだ。

「物理的なようで本質を突いていて。それはHIPHOPの論理とも通じるところがありますね。遊びとしてやっていたものだけど『あいつはマックが使えるらしい』ってことを周囲が聞きつけて、偶然にもセンスある人が集まっていた。そのように本当にストリート然とした発生の仕方をしていて、きっと原宿の人は盛り上がっていたんじゃないかと。それまでに存在していた芸術の世界とは別軸から生まれてきたグラフィックであり、アートの形でしょうね。現在の世界的な評価のされ方と、芸術の文脈から見れば、東京のストリートカルチャーが生み出したものはアートとしても面白い、という話になってくると思います(千葉)」。

今、評価されている裏原ストリートカルチャー生まれのプロダクト群も、当事者たちにしてみれば、最初は楽しみながら作っていただけだったのではないか。それが90年代半ばにマックが世に登場することで、自分たちだけでデザインができるようになったり、シルクスクリーンを作ってTシャツを刷ったりできるようになっていった。それが東京グラフィックの個性を強調させることになることになる。

「その文脈のうえで、西山徹さん のFORTY PERCENT AGAINST RIGHTS®もシルクスクリーンを用いたグラフィック表現に社会的メッセージを込めたという意味で重要ですね(千葉)」。

FORTY PERCENT AGAINST RIGHTS®らしさを感じるシルクスリーンを用いたTシャツ群と2020年11月にショップ、DAYZプロデュースのもとSAI Galleryで開催したエキシビション「The truth is out there」で展示されたレリーフ。砲金(青銅鋳物)で制作されたもの。

シルクスクリーンという手法、社会性を伴ったメッセージをTシャツに落とし込むという表現、同ブランドが90年代から現代まで、根底にあるアティテュードを変えずに発信し続けている内容は世界に大きな影響を与えているということが、共通認識として3人の口から語られた。

この話を踏まえて、今、リコメンドしたいと思うのは、どんなアーティストなのかをゲストである2人の編集者に改めて聞く。

「格好良いと思うアーティストは沢山いるんですよね。マーケットやトレンドの動向に左右されと考えています。いろいろな人にとってのきっかけになるようなことが出来たら嬉しいです。名前を挙げ出すとキリがないんですが、SECT UNO(※4)のスタイルは大好きです。あくまで一例で、名前は挙げ切れないので、今後『stacks』を通して自分の好きなアーティストをどんどん紹介していけたらなと思っています(山下)」。

BlackEyePatchとグラフィティライター、SECT UNOによるカプセルコレクションにて製作されたTシャツ。同アーティストは山下丸郎が今後も注目していきたいアーティストの1人として名前を挙げた。

「まったく同様で、僕も『HIDDEN CHAMPION』で取材したいけど、まだ実現できていない人のリストが山のようにあるので、それを順繰り紹介していきたいと考えています。最近やっと掲載できたMOZYSKEY(※5)もその1人ですね。RAGELOW(※6)もずっと好きなアーティストの1人です(松岡)」。

松岡秀典が今回のテーマから思いついたアーティストの1人として名前を挙げたMOZYSKEYのTシャツ。グラフィックがシルクスクリーンで幾重にも渡ってプリントされているプロダクト。

松岡秀典がずっと好きだと話すRAGELOWのアートプロダクト。自身が旅をしながら描いたイラストが特徴的。一番下はゲリラ新聞社『NEWTOKYOPOST』のタブロイドと『HIDDEN CHAMPION』でコラボした星座占いのTシャツ。


今、世界で評価されているストリートカルチャーから生まれるアートやグラフィックは、いわゆるバズを意識して作られたものではない。現在、作られているアートやグラフィックも、90年代に生まれたものもそうだろう。東京から生まれる本質的にカッコいいものを誰かが偶然に見つけ、その斬新性が自然発生的に広まり世界へ波及する。そして、後から、それが東京発のものだったと知ることがある。東京のストリートカルチャー=グラフィックから発信されていたことには大きな意味があり、今後も大きな存在感を持ち続けるだろう。

松岡秀典
アートやスケートに音楽など様々なカルチャーにフォーカスするフリーマガジン『HIDDEN CHAMPION』の編集長。アンダーグラウンドのアーティストやストリートカルチャーを紹介し続けている。
山下丸郎
2020年にスタートした、ジャンルや表現を問わず世界各国のアーティストを伝えるパブリッシャー、stacksbook storeの代表。編集者としてのみならずクリエイティブディレクターとしても活躍中。
千葉琢也
本誌『Silver』編集長。Ollie編集長、GRIND、PERK創刊編集長を歴任し、ストリートカルチャーを複合的に発信する編集長として17年。現在はメディア運営から、ブランドやアーティストとコラボレーションしたイベントまで総合的にディレクションする。
Photo Ryo Kuzuma Taijun Hiramoto Illustration Takuya Kamioka

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