The Places worth the effort 06 Utsuwanote (Kawagoe, Saitama)

器の魅力を人から人へ繋ぐ店 うつわノート

クリエイターが足繁く通い、日本中の工芸好きを魅了するギャラリーが川越にある。小江戸と称される古き良きこの街に佇むギャラリーがうつわノートだ。

まずは、このギャラリーの店主である松本武明がうつわノートを始めた経緯から紹介する。お店を始めたのは10年前。それまでは、工芸とは遠い職種に身を置き、インターネット黎明期に通信会社で長く働いていた松本。ITバブルと言われていた時代だ。そんな時代に、忙しなく働いている中で疲弊していた松本の心を揺さぶったのが陶芸だったという。

「管理職になって少し時間ができた頃、陶芸教室に行き始めたんです。うつわとの出会いはそこからですね。陶芸の参考にする為にうつわ屋に行きはじめ、気になったモノを買っては注意深く観察する訳ですが、今度はどうやって作られるのかと興味が湧いてきました。お店で作家の事を聞いたり、実際に作家さんから話を聞いているうちに、工芸の世界のあり方に魅了されていったんです。それは、金銭的には決して潤沢ではない世界で、作家の年収も不安定でごく僅か。それにも関わらず、心豊かに作品を作っている姿が、当時サラリーマンだった自分にとって価値観の違いもあり、大変興味深かった訳です」。

陶芸に出会い、作家やそれらを扱うお店など、これまで松本が経験してきたビジネスから一転し、オーガニックな生き方にカルチャーショックを覚えた。それからは、とにかく様々な陶芸のギャラリーを訪れ、沢山の作品や作家に出会っていったという。多い日は、1日に6軒はしごをすることもあったようだ。会社に勤めながら、そういったうつわへの探求が6年ほど続けている中で、自分が出会った作品や作家について情報や感想をノートに書き留め始める。それこそが、うつわノートの始まりである。

「展示会で見たことを記録するようにしていたんです。見たり、聞いたり、自分で調べたことを手探りで書いていました。最初は紙に書いて、ファイリングしていましたが、やがて増えていくうちに管理しきれなくなってきたので、ネット上のブログへと移行し始めました。当時は、今ほどネットも普及しておらず、インスタグラムもない時代でしたから、地方で活動している作家や無名な作家の情報を知る機会は珍しかったんです。それもあり、ブログを見てくれる方が徐々に増えていき、コメントも来るようになっていきました。その時に、会社とは違った社会の接点を感じ、自分もこのシーンの一部になりたいと思っていきました。うつわが好きで、もっと色々な方の価値観を知りたい。そんな考えが、行き過ぎる程行った結果が今こうやってお店となった感じですね」。

川越といえば城下町として栄えた名残を感じる、蔵造の街並み。うつわノートで作品を見たあとは、街歩きも楽しめることも足を運ぶ楽しさの1つ。
昭和初期の建築の中で
挑戦的な作品と向き合う

蔵造の商家が連なり、情緒溢れる雰囲気と都心からも比較的気軽に行ける観光地として人気の川越。うつわノートは、その川越観光エリアの端に位置する喜多院から程近い住宅街の一画。古い和風の住居が多いこのエリアでも一際珍しい、和洋折衷の古民家がお店である。

川越大師とも呼ばれる喜多院の表参道から脇に入った住宅地にあるうつわノート。昭和2年に建てられたという和洋折衷な建築の1階部分が店舗である。

元々、住居だった店内では、和室のほか洋間もあり、それぞれの空間に合う作品の展示を行っている。それぞれ光の入り方も違うため、作品の印象が変わるのも面白い。

「昭和4年に建てられた、大正ロマンや当時のモダンからの流れを感じる建築ですね。大正時代には民間でも洋館ブームがあったようですが、これも昭和初期ですから、当時は相当お洒落な家だったはずです。外観は、洋風ですが生活様式はまだ日本的なままだったため、中は和の要素が強いんですよ。となりのトトロに出てくるサツキとメイの家にも似ていますよね」。

確かに赤い屋根に白い壁、庭や和風な室内など劇中に出てくるあの家と要素がとても近い。今では珍しいこの建築も、うつわノートの大きな魅力である。では、ここではどのような作家を扱っているのか。松本はどういった作品に琴線が触れるのか質問をするとこう答えてくれた。

「どの作家が人気で、どういった作家の展示をすればお客さんが増えるというのは、始めた当初からわかっていたんです。でも、そういった作品は、東京で見れるじゃないですか。それはここでやる意味がないと思い、出来るだけ知られていなくて、でも新しい挑戦をしている作家を当時から紹介しています」。

うつわノートという名前ではあるが、ここで扱われる作品は、生活のうつわだけではなく、前衛的な陶芸から絵画、彫刻や骨董、布など様々。しかし、いずれも「考え方としては、うつわ的なんです」と松本が言うように、企業向けに提案をせず、常に個人を対象に、生活の上で自分の空間にどう置きたいかを提案している。

「洋服を選ぶのと同じで、白いシャツ1つでも、機能的なモノを選ぶ人もいれば、くしゃくしゃの素材が好きな人もいる。それと同じように、色々な選択肢がうつわにはあります。うちで扱ううつわは日常に近いものですから、洋服に例えればモードではなくストリートなもの。完成されすぎていない方が、そこから何が生まれるのか、どう使うのかという余白があり面白みがあると思います。今人気の作家のうつわも良いですが、すでに世間から認められていれば、そこにはもう新たな創造性を感じないんです。実ったものを刈るのは簡単ですが、種を撒いて芽が出るか出ないかを見る方が面白いし、そういった提案をうちのように離れた場所でやることに意味があると思っています」。

名のある作家を扱えば、お客さんは一気に増えるだろうが、決してそうはせず、純粋な気持ちで松本が面白いと思った作家を提案する。人気作家を扱えば、その作家の作品であれば良いというお客さんも必ず増えることだろう。そうすると、純粋に作品本来の魅力だけで見られなくなってしまうことが増えるのも事実だ。ここでは、作家の創作性に富んだ作品が多い為に、しっかりと自分の目で選ぼうというお客さんが多いのだと言う。客層について聞くと、デザインや洋服、編集や建築などクリエイティブ関連の方が多いようだ。「自分の目で選ぶ行為が、自分の創作活動に返ってくる行為」だという松本の言葉は確かに頷ける。

現代のネット社会の中で
大切にしていきたいこと

そういった展示に加えうつわノートの魅力とは、扱う作家の面白さだけではなく、松本がブログやインスタグラムで頻繁に投稿する紹介文にあるだろう。作家がその作品を制作したその意味や文化的な背景など、展示期間中にお店に行けずともネットを通して知ることが出来るのも魅力である。もちろん、人の手で作られたモノの為、実際にうつわノートの空間の中で見て、手で触れテクスチャーを感じることに敵わないとしても、松本の語らずともこの取材時は、陶芸家である大平新五の展示が行われていた。信楽焼で知られる、滋賀県信楽町の窯業材料を扱う家で育った大平。自身も焼き物を作っているが、作家活動を始める以前から蒐集していた骨董と合わせて本展では展示されていた。大平の手によって作られた壺や皿などは、侘びを感じさせる自然な佇まいの美しさがいずれも表れており、骨董とも通ずる枯れた魅力がある。

「大平さんは窯業材料を扱い、自分で薪窯も作れる方。作家さんの為に薪窯を作ったり修理をしていたきっかけで、古い窯道具に魅了され蒐集していたようですね。そこから骨董を集め出し、ご自身でも骨董の風合いを持ったモノを自作し始めた。そういう活動をこの展示でも感じられることだと思います」と松本が説明をするように、展示を見渡すと大平の作品と骨董が区別されることなく展示され、彼の幅広い活動を感じられる内容となっていた。本展のタイトルは、“古今一如(ここんいちにょ)”。古いも新しいもなく、全て同じだという大平らしいタイトルである。

大平新五による作品“窯変焼締め瓶子”。高さ29cmもある比較的大きめな作品は、より素材の質感が表れ、釉薬の美しさや作品自体の力強さが感じられる。

今回の展示では、本文でも記載した通り作品と合わせて作家が蒐集した骨董も並べて展示されていた。厳かな佇まいのこちらは、平安時代に作られた土砂壺と呼ばれるもの。

静かながらに力強さのある大平の作品と骨董たち。テクスチャーから伝わってくる、説明し難い魅力を松本に伝えるとこう答える。「インターネットによって人間関係も希薄になっている時代ですから、若い人を中心に、ある意味人間らしい、魂みたいなモノを求め始めている気がします。昔は、暗い道を歩けば何かいるんじゃないかと感じたり、目には見えない何かがあったりしたはずです。科学では分析できないモノが実際はあると思うんです。うつわは、自然素材を使った工芸品なので、そういった力があって、人間に呼びかけている。そんな気がするんです」。

松本の話を聞き、改めてネット社会が生んだ感覚の劣化という危うさを感じた。ネットが普及し、世界中のあらゆる情報を知ることができる現代で、知った気になっているだけで、実際に体感したことがなければ感覚は鈍くなる一方だろう。うつわノートは、川越駅から20分以上歩くが、普段とは違う日本的な街並みを歩き、昭和初期の建築の中で作品と向き合う。クリエイティブ感度の高い人が足繁くここに訪れる理由がわかった気がした。

受付がある部屋は日光があまり入らない分、照明でモノの輪郭が浮かび上がるような見せ方を行っている。このように間を大切にしながら趣向を凝らした展示が特徴だ。

松本武明
1961年山口県生まれ。大学でデザインを専攻した後、電機メーカーや通信会社での勤務を経て、会社員時代に出会った陶芸の魅力に影響され、2011年うつわノートをオープン。

埼玉県川越市小仙波町 1-7-6
049-298-8715
@utsuwanote

うつわノート
http://utsuwa-note.com/

Photo Yuto KudoInterview & Text Takayasu Yamada

Related Articles