Travel through Architecture by Taka Kawachi

歴史と文化を巡る建築旅行のすすめ

地面に突き刺さった建築
河内タカ

ピラミッドをひっくり返したようなコンクリート建造物。一口で言えば「大学セミナーハウス本館」はそんな奇怪な建物だ。それほどの高さがあるわけではない。しかし実際に近寄っていくにしたがい、鋭角に傾斜した壁のせり出しが異様な迫力で迫ってきて、しかも上部の隙間からは不気味な「目」が睨みを利かせ、畏怖の念を抱いてしまうくらいの存在感があるのだ。ここは都心から1時間ほどの東京八王子市の多摩丘陵の一角にある宿泊研修施設で、起伏のある丘陵地の緑に埋もれるように、この本館のほかにもスタイルの異なる様々な施設が点在している。

これらの建物群を設計したのが建築家の吉阪隆正と彼が設立したU研究室だ。ル・コルビュジエの日本人としては三番目の弟子として知られる人で(彼以前には前川國男と坂倉準三がいた)、吉阪がパリのアトリエにいたのが戦後の復興時期の頃だった。当時のル・コルビュジエはマルセイユのユニテ・ダビタシオン、フランス東部にあるロンシャンの礼拝堂、リヨン郊外のラ・トゥーレットの修道院、インドのチャンディーガルの新州都計画などに取り組んでいた。ユニテ・ダビタシオンを支える逆三角形の壁柱や、ロンシャンの礼拝堂の蟹の甲羅のような造形に吉阪が触発されたかはわからないが、「立方体のモダニズム建築に縛られることなく、自由気ままに作っていいのだ!」と声を高らかに上げているように見えてしまう。

この逆ピラミッドのアイディアだが、ピラミッド型の模型を前に所員たちとディスカッションをしていた時に、スタッフの一人がひょいとその模型を逆さにしたのが誕生のきっかけとなったと言われている。三角の庇の正面玄関から館内に入ると、外観から想像できるように底辺が一番狭く、上に行くに従って広くなっていく。各階の床面はほぼ正方形で、一階が事務室、不規則な位置に作られた階段を登っていくと、二階が吹抜、三階がラウンジ、四階の多目的ホール(旧食堂)の床面積にいたっては一階の二倍以上の広さはあるのだろうか。その途中、折れ曲がった階段や奇妙に波打つ天井、斜めになった全ての窓や人を模ったような小さな明かり取りなど、これまであまり体験したことがなかったような異次元的空間である。

本館を一通り見終わり、周囲の広い敷地へ散策にでかけてみると、ピラミッド型の中央セミナー室、螺旋状に続くドアなしの部屋が複雑に連結する宿泊施設・長期館、シェル構造の屋根に覆われた図書館(屋根がどこかロンシャンの礼拝堂を思わせる)、その周辺には農村の集落を連想させる小ぶりの宿舎が多摩丘陵の緑の中に点在している。散策しながら感じたのは、建築様式がそれぞれ異なっているのに、それほど違和感を覚えないのはなぜなのだろう?ということだ。実はこの施設のマスタープランに、「バラバラの個性でありながら、全体となったときに新たな統一性をもって輝く」というアイディアがあったからにほかならない。これは吉阪が提唱していた “不連続統一体” であり、一見まとまりがなさそうに見えても、それが全体となったときに統一性や緊張関係をもつことでより輝き増すというものだ。そしてその考えを柔軟に取り入れたのが、高低差のある地形に異なる複数の棟が群れを成すこの大学セミナーハウスの建物群ということになるというわけだ。

一作ごとに変貌を繰り返し、独自の哲学を開花させていった吉阪は、前川國男や丹下健三をはじめとする戦後のモダニズム建築家たちが追求した美意識とはかなり異なる感性が備わっていたのだろう。例えば、衝撃的なピンクの外壁の神田駿河台の「アテネフランセ」 (1962年) は際どいほどユニークな建物であるし、女優の鈴木京香さんが購入して話題になった渋谷区代々木上原にある名建築「ヴィラ・クゥクゥ」(1957年) は晩年のル・コルビジュエのような遊び心に溢れている。吉阪は自然の法則に溶け込むべく、環境や地形、気候に抗わない住まいを常に念頭に置いていたが、自由な造形、そして時にモダニズムの枠からもはみ出したような野生味のある建築を多く生み出した。その集大成と言える大学セミナーハウスは、戦後の日本建築界を揺さぶるほどのインパクトを残したのではないかと思うのだ。

東京都八王子市下柚木1987−1
TEL:042-676-8511(代表)
FAX:042-676-1220
E-mail:otoiawase@iush.jp
https://iush.jp/

Inter-University Seminar House
大学セミナーハウス
国際基督教大学の職員だった飯田宗一郎が、教師と学生、国公私立の大学が垣根を越えて交流できる宿泊研修施設として、都内の主要大学の学長を説いて共同運営という形で八王子市下柚木に1965年に開館。設計は当時早稲田大学教授だった吉阪隆正と彼が設立したU研究室が担当。約7ヘクタールもある広大な敷地に、逆ピラミッド型の本館を中心に図書館やセミナー室や宿泊棟などが点在し、開設から20年をかけて増設されていった。東京都選定歴史的建造物にも指定されている。

河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。

Text Taka KawachiPhoto Inter-University Seminar HouseEdit Yutaro Okamoto

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