Travel through Architecture by Taka Kawachi

ル・コルビュジエとの 親密な繋がりを示す邸宅 河内タカ

ル・コルビュジエに師事した建築家 吉阪隆正のことは、以前「大学セミナーハウス」を紹介した記事で取り上げたことがあるが、ル・コルビュジエのアトリエを退所し帰国した吉阪が3番目に手がけたのがこの「ヴィラ・クゥクゥ」だ。設計は吉阪の早稲田大学の教え子たちで編成されたU研究室と共に進められ、完成したのが1957年。それから長い年月が流れ、施主も亡くなり解体に直面していた状況の中、救済の手を差し伸べたのが俳優の鈴木京香だった。現代アートの収集家としても知られ建築にも造詣が深い鈴木は、この家の歴史的な価値を理解し単独で購入を決意。そしてアーティストの杉本博司と建築家の榊田倫之による建築事務所 新素材研究所に依頼し、創建当時の姿に復原しながら、現代の家としても再生させるという改修作業が施され、現在は一般公開がされている。


「ヴィラ・クゥクゥ」はフランス文学者で早稲田大学名誉教授だった近藤等の邸宅として建てられた。登山家としても知られる近藤は、アルプスをはじめ世界の名だたる山々に登頂し、山岳関係の著作や翻訳を多数残してきた。近藤の4つ年長の吉阪も登山家として知られており、二人は早大山岳部で活動をともにしていた仲だった。風変わりな名前は夫人勝子のニックネーム(カッコウ)に由来するというが、これは鳥の鳴き声でもあり、カジュアルに呼びかける際に「Cou Cou(やあ!)」というフランス語の意味合いも込められているという。名前のごとくいかにも可愛らしいこの住居は、渋谷区の閑静な住宅街の一角に建っている。吉阪がモンゴルで目にしたという“泥の家”に近い感触を持たせようとコンクリート打ち放しにしたものの、南米の鋼のような山の岩肌を期待していた近藤と意見が食い違ってしまった。そこで彫刻家の坂上政克に依頼し即興で一気に描いたような有機的なレリーフが新たに彫り込まれ、大きくカーブを描く屋根と大小の窓と相まった遊び心が感じられる家となった。


そのユニークな外観、そして突起物のように飛び出た玄関からしてこの家はどこか一風変わっている。室内も道路に面している側が表という固定観念を裏切り、開口部をあえて反対の中庭に面した側に設け、カーブを描く天井は敷地の奥にある庭に向かって一気に下げられていたりする。三方が壁に閉ざされたメゾネットのその空間は、一階部分がリビングと台所と書斎、二階部分が寝室と全体的にさほど広くはなく、むしろ夫婦二人が住むには狭いくらいだ。しかし大きく開かれた西側の引き窓から燦々と光が降り注ぎ、天井の明かり取りから降り注ぐ太陽光とトップライトからの照明が合わさり思いのほか広く感じられる。その中でもここで最も目を引くのが、壁から突き出た10段の片持ち階段と存在感のある壁際の手摺、そしてその階段下の色ガラスを使った宝石のような5つの開口窓だろう。階段はメキシコの超名建築であるルイス・バラガン邸のを思い起こすし、窓は間違いなく後期ル・コルビジュエのロンシャン礼拝堂の色ガラスを嵌め込んだ開口部からインスピレーションを得たもので、同様の色付き窓が礼拝堂の完成から数年後に日本の住宅に具体例として用いられた意義は極めて大きいはずだ。



この家を見て回りながらロンシャン礼拝堂のほかに頭の中で比べていた空間が2つあった。パリのル・コルビジュエのアパルトメントと、吉阪も現場監理者として関わったマルセイユのユニテ・ダビタシオンだ。全体の雰囲気や屋上の突起物に加えて、造り付けのキャビネットや書斎の本棚、寝室のテーブルの引き出しや回転式の物入れなどの仕掛けなども似ている。限られた空間であったがゆえにそれを補うための細工や工夫であったはずだが、ル・コルビジュエの快適さを追求した“住むための機械”を意識しながら、そこに暮らす人の生活に寄り添うようなアプローチを吉阪はこの建物で試してみたかったのだろうなと思ってしまうのである。


VILLA COUCOU
アルピニストで仏文学者であった近藤等・勝子夫妻の邸宅として設計された吉阪隆正の代表作の一つ。ル・コルビジュエのロンシャン礼拝堂 (1955年) の自由な造形に触発されたような丸みを帯びたコンクリートによる造形は、近所の子供たちからは「象さんの家」と呼ばれていた。夫妻が50年余り住み続け、その間様々な改修が施されていたものの今回の復原によって創建当時に近い姿へもどされた。非公開であったがクゥクゥにかけた毎月9日・19日・29日に予約制で見学可能。

河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。

Text Taka KawachiPhoto Tomoaki ShimoyamaEdit Yutaro Okamoto

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