Travel through Architecture by Taka Kawachi

吉村順三の思想を現代に蘇らせようとする トゥ エ モン トレゾアの試み 河内タカ

伊豆多賀の家
吉村順三の設計によって1977年に建てられた熱海の個人邸宅。外壁にレンガを、屋根に銅板を用い、吹き抜けのある高い天井を持つ吉村晩年期の作品。庭の豊かな自然や目の前に広がる相模湾の景色を贅沢に取り入れ、周囲の環境に溶け込むような設計は吉村建築の醍醐味の一つでもある。トゥ エ モン トレゾアはファッションや建築、デザイン、写真はじめとするアート領域を横断するキュラトリアル・プロジェクト「1977-」を通して、熱海の邸宅を再生し、アップデートさせている。

建築家の吉村順三が69歳の時に竣工した邸宅が公開されていると聞き、かつてはみかん畑が広がっていたという熱海市郊外の高台に喜び勇んで出かけていった。約1000坪はあるであろう広々とした敷地の中に、銅板屋根と赤茶色の煉瓦に覆われた二階建の建物が周囲の木々と調和するように佇んでいる。吉村の代表作には、愛知県立芸術大学、八ヶ岳高原音楽堂、茨城県近代美術館、そして京都の老舗旅館 俵屋があるが、吉村が手がけた個人邸や別荘となると、そのほとんどが内装までを見ることができないのが実状だ。
ではなぜ個人邸であるのに予約をすれば見学できるのかというと、デニムブランドとして知られるトゥ エ モン トレゾアがキュラトリアル・プロジェクト「1977-(イチ・キュー・ナナ・ナナ)」の第二回の展示を通して一般公開したからだ。ありがたいのは室内外をわりと自由に歩き回れるところで、特にこのような個人邸においては、いわゆる「ヒューマンスケール*」を意識していたと言われる吉村による心地よい空間やハッとさせられるディテールを体感でき、吉村建築ファンでなくとも訪れる価値が確かにある。


「1977-」というネーミングはこの家が建てられた年で(つまり、現時点で築47年経っているということになる)、相模湾を望むリビングとダイニングの窓からの景観の切り取り方はあきらかに慎重に計算されたものだ。備え付けのキャビネットやワークデスク、繊細な採光の障子、絶妙な色使いのドア、ドアノブに至るまで、吉村の意図を丁寧に読み解き、それらがより明確にあらわれるように行われた改修からは、トゥ エ モン トレゾアの吉村のモダニズム建築へのリスペクトが滲み出ていて、今の時代においてもモダンさを感じさせる。



建造当時の状態に限りなく近く復元した空間も素晴らしいのだが、それに加えて入念にリサーチして集められたという吉村と同時代に活躍したデザイナーによる家具やプロダクトを融合させるセンスには唸ってしまった。そのいくつかを挙げると、玄関を開けると目に飛び込んでくるシャルロット・ペリアンによる真っ赤なキャビネットが出迎える。広々としたリビングに足を踏み入れるとブラジル人デザイナーのホアキン・テンレイロの鮮やかな黄色のソファとアームチェア、切り株を使ったコーヒーテーブルが置かれている。吉村オリジナルのダイニングテーブルを囲む六脚の曲線のヴィンテージチェアも同じくテンレイロによるものだ。書斎には天童木工が製作した丹下健三の椅子、寝室に剣持勇のラウンジチェアが置かれ、イタリアの写真家ルイジ・ギッリの作品がさりげなく掛けられているのもセンスが光る。


2階の一番奥はもともとは子ども部屋だったそうだが、三角の特徴的な天窓、そして赤い絨毯が敷かれた壁側には備え付けのチェックのベンチシート、その前にル・コルビュジェの「LC14スツール」がゴロンと置かれている。ほかにもいろいろ書きたいことがあるのだが、中でも特に印象深かったのが、この邸宅のリビングや廊下、寝室などエリアごとに敷かれた異なる色の絨毯で、オリジナルを制作した山形緞通に依頼して新たに織ってもらったと聞き、このブランドの並々ならぬこだわりが感じられた瞬間だった。


トゥ エ モン トレゾアの今回の展示は、吉村建築に新たな視点を持ち込むことからスタートしたが、それに加えて、ロサンゼルスを拠点にサボテンと多肉植物を用いて多様な表現活動をを行うデザインスタジオ「カクタス ストア」が手がけた、温暖な気候に恵まれた熱海に合う植物で構成されたサマーガーデンは、「トロピカルモダニズム**」がアクセントとなっている。吉村建築の改修を通して、歴史を再生し、生きた体験として開放しようと、単なるインテリアスタイリングに留まらないアプローチがこの建築に新たな生命を吹き込んだのは間違いないだろう。
*ヒューマンスケール: 人の尺度を基準とし、人間が安心して快適に感じられる適切な空間の規模やものの大きさを示す。
**トロピカルモダニズム: スリランカのジェフリー・バウやブラジルのロバート・ブール・マルクス(ホベルト・ブルレ・マルクス)らが取り組んでいたモダニズム建築と熱帯地方特有の建築的な伝統を融合させた洋式。

河内タカ
 長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。

Text Taka KawachiPhoto Tu es mon TresorEdit Yutaro Okamoto

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