Style File 10 Creative Director Yuthanan

スタイル=ルーツ ニコラ・ユタナン・シャルモ

スタイルとは何か?それは、その人ならではの生き方であり、服の着方であり、モノとの付き合い方だ。ファッションはお金で買えるけれど、スタイルは買えない。だけど、人から学ぶことができる。スタイルについて考え続ける人生はきっと楽しいものになるだろう。

Land Rover Defender 110 TDCI 2008
自身のスタイルの大きな要素の一つである旅をテーマにした車を買おうと考え、ファーストカーとして手に入れたのがランドローバー ディフェンダー 110 TDCI。「この車に乗ると、東京にいてもサファリで運転しているような気分になれます。ディフェンダーはただの車ではなく、イギリスのクラフツマンシップが詰まった美しい工芸品だと思っています」。

Canon EOS 6D Mark II
ユタナンはフォトグラファーとしての一面も持ち、自身のインスタグラムの写真はもちろん、さまざまなブランドのビジュアル撮影も行っている。「シアージの世界観を自分が思い描く通りに表現するために、撮影の方法を独学で勉強しました。父と祖父はパリで印刷所を経営していて、僕は幼い頃から写真加工の技術を教わっていました。その経験がフォトグラファーという仕事にも繋がっています」。

Vintage THE NORTH FACE Backpack
ユタナンが旅をするときにいつも愛用しているザ・ノース・フェイスのバックパック。70年代のもので、長年の使用で空いてしまった穴にはパッチワークを当てて補修しながら使い続けている。「旅をするときの必需品です。ザ・ノース・フェイスのアイテムは旅をサポートしてくれるものが多いので、とても共感できるブランドです」。経年変化が美しい上質なレザーを巻き付けたカラビナを付けているセンスもユタナンならでは。

THE NORTH FACE Custom Jacket
フォトグラファーとしても活躍するユタナンは、制作プロダクションのチームを率いている。そのチームのユニフォームの一つが、ザ・ノース・フェイス チャイナが特別にカスタムしたというこのジャケットだ。「yuthanan」と彼の名前がプリントされ、多く取り付けられたポケットが撮影時の機能性を高めている。その下にはシアージのブレザーを合わせ、足元にはユタナンのクライアントでもあるミズノのシューズを履くのが彼のチームのユニフォームだ。
Interview with Yuthanan
スタイル=ルーツ
ニコラ・ユタナン・シャルモ

Jacket & Tie
ユタナンのインスタグラムに日々アップされるファッションスタイルを見ていると、ジャケットとネクタイでシックに装ったコーディネートを気に入っていることがわかる。「ジャケットとネクタイは、父が仕事中にしていた服装からの影響が大きいです。この装いでいると、仕事や日常の気が引き締まります。今付けているネクタイは実際に父から譲り受けました。ジャケットはシアージのものです。太めのショートパンツにハイソックス、レザーシューズを合わせるのが好きなコーディネートですね」。

「Yuthanan(ユタナン)」。この名前をインスタグラムで調べると、アジアを中心とした世界各国の景色や、クラフツマンシップ溢れる現地のアイテムの写真がスクリーンに表示される。そこにはまるで博物館にいるかのような情報量があり、あたかも自分も同じ目線で旅をしているかのような気分にさせてくれるアカウントだ。その発信者こそがユタナンである。丁寧に整えられた髭とメガネ、帽子をトレードマークにしたアイコニックなファッションスタイルが特徴だ。常に世界中を飛び回る彼だが、活動の拠点は東京にある。テーラードのスーツにザ・ノース・フェイスのカスタムジャケットを羽織り、アトリエの棚にはナイキのスニーカーと古い陶器が等価値に並べられている。時代や地域、文化を軽々と飛び越え、新たな価値を提案するユタナン。オリジナリティ溢れる審美眼を持つ彼にとって“スタイル”とは?

Nike by Sashiko Custom
ユタナンは日本全国を旅し、これまでに数々の伝統工芸の職人や工房を訪ねてきた。彼の驚くべきところは、ただ見学して終わるのではなく、出会った人とともに新たなプロジェクトを生み出していることだ。これはまさにユタナンが今回話してくれた「過去から学び、新たな価値を生み出す」ことそのものである。このナイキ エアリフトは、岩手県大槌町の刺子集団「サシコ ギャルズ」にカスタムしてもらったという一足。テクノロジーと日本の伝統工芸が交わった新たなスニーカーだ。
過去から学び
未来を作る

「スタイルとは、ブランドや流行とは関係なく、パーソナルなものであり、自身の経験や思い出にインスパイアされるものです。例えばそれは、生まれた国の文化や旅先で出会った文化などが挙げられます。スタイルはそういった自分のストーリーやアイデンティティを表現するアートでもあり、自分なりの審美眼を鍛える訓練でもある。私は自分のルーツを辿りながら、人々が自身のルーツに向き合うきっかけとなるような発信をしています。
私はパリ11区のオベルカンフという様々な人や店が入り混じった賑やかなエリアで生まれ育ちました。父がフランス人、母がタイ人なので、家の中ではフランス語とタイ語、英語が飛び交っていました。幼い頃からさまざまな文化に接する環境に恵まれ、順応することの大切さを学んだと思います。何事も受け入れ、共存し、自分のなかで再解釈して次に繋げることで新たな価値を生み出す。そうやって私のオリジナリティは育まれていきました。
10代後半で母方の母国であるタイへ旅行した流れで、初めて日本を訪れました。その豊かな文化にカルチャーショックを受け、自分の生まれ育った環境とかけ離れた文化や伝統に触れることのおもしろさに興味が湧き、同時に自分のルーツも意識するようになりました。それまではずっと、幼少時代からはタイで夏休みを毎年過ごしていたのですが、フランス人としての文化や考え方しか持ち合わせていなかったと気づいたんです。例えばタイと隣国であるインドや中国との文化の関連性だったり、世界各国のカルチャーの結びつきが見えてきて、地球を繋がっている一つの国と捉えるようになったのです。それからというもの、各国の伝統文化とそのルーツを学ぶべく旅をするようになりました」。

Ethnic Music Records
ユタナンのアトリエでは、いつもワールドミュージックがBGMとして流れている。その音源は、彼が旅した国々で買い集めた民族音楽のレコードだ。「最近閃いたコレクション方法なのですが、旅の思い出として現地の音楽を買い集めています。たとえばバリで買ったレコードからは、ガムランという銅鑼や鍵盤打楽器による合奏を初めて知りました。音楽は国ごとに新たな発見がありますし、レコードはジャケットのアートワークも面白い。旅先のレコードショップはすごくいい文化研究方法です」。

Books
ファッションからデザイン、民藝、アートなど幅広い領域に精通するユタナンは、時間があれば神保町の古本屋街に足を運んで資料探しをしている。彼の部屋には何百冊もの本や図録があり、赤や青、緑など装丁の色ごとに整理され、グラデーションとなって壁一面の本棚を鮮やかに彩っている。最近買って何度も読んでいるお気に入りの一冊は、『イヌイットの壁かけ(岩崎昌子著)』だという。
さまざまな場所を旅し
自分の五感で体感する

ルーツであるフランスやタイを飛び越え、世界を巡って異文化を探求するユタナン。ここ10年ほどは、各国の文化に共通点を多く見出せるアジア圏を重点的に旅している。インドやネパール、中国、インドネシア、モンゴルなどを巡ってきた彼だが、生まれ故郷のパリから拠点を移し、今も住み続けているのが日本の東京だという。「私は地球を一つの国として捉えていますが、文化を単一視しているわけではありません。文化はその起源となった国に残され受け継がれるべきですし、国の数だけある文化の多様性こそが全てだと思っています。だからこそ旅をして現地に足を運び、自分の五感で文化を体感して順応することに意味を見出しています。さまざまな国を訪れましたが、日本は自分の価値観やファッションを解放してくれた国でした。たとえば私は無宗教ですが、ムスリムの帽子を被ります。自分が旅した場所のものを着たいというシンプルな気持ちがあるからです。だから多国籍でミクスチャーなファッションスタイルをしていますが、このファッションはパリでは理解されづらい。でも日本はその寛容度がとても高く、私の文化表現としてのファッションスタイルを受け入れてくれています。
日本の伝統的な文化もすごく好きです。北は北海道から南は沖縄の竹富島まで、日本全国を訪れてきました。日本のものづくりにはクラフツマンシップが根付いていて、計算された無駄のない作りやディテールの細かさにはいつも驚かされます。そういった伝統工芸品が展示されている美術館にもよく行くのですが、残念なことに若い人の姿を見かけることは多くありません。だから私のフィルターを通すことで新しい視点を加えて、伝統文化の美しさを若い人にもシェアしていきたいんです。過去に新たなストーリーを加えて、未来に繋げていくことが大切だと思っています」。

Hat
ユタナンのファッションスタイルは、帽子がトレードマークであり必需品だ。「帽子は国ごとにさまざまな形があるから、旅をするごとに買い集めて楽しんでいます。『おしゃれは足元から』と言って靴は重要視されますが、頭も身体の端っことして同様に着飾ることが大切だと思っています。帽子を被ると目立ちますし、出会った人にも覚えてもらいやすいのもメリットです」。
市場価値ではなく
精神的な価値が重要

ユタナンのアトリエには、彼が旅をしてきた国々での収集品が丁寧に飾られている。中国の陶磁器やインドの布など、どれも貴重なもののように見える。だがそれぞれの品について聞いてみると、「それは骨董市で数百円で手に入れた木のオブジェです。これも市場価値はほぼないようなお皿ですね」と驚きの言葉が彼の口から飛び出してきた。この言葉が意味するのは、市場価値だけが全てではないということ。「ものを買うときに大切なことは、価格ではなく、自分の心に響くエモーショナルバリューを感じるかどうかです。僕は骨董市によく行くのですが、陶器一つにしても、数百円から数万円まで幅広い値段のものがずらっと並んでいます。その中からこれだという一枚を選ぶときに大切なことは、高価かどうかなどではなく、その一枚に自分なりのストーリーを見出せるかどうかです。たとえ市場価値が数十円だったとしても、自分にとってのエモーショナルバリューがあればいいのです。
私は象をモチーフにしたアイテムも集めています。象に関連するものは全て私にとって感情的価値があるのです。なぜなら象は、私のルーツであるタイでは勇気と誇りの象徴とされており、タイで強く信仰されている仏教においては神聖な動物として崇められているから。私自身は無宗教ですが、そのような理由から象には縁を感じています。私の部屋にあるものは全て、そんな個人的ストーリーやルーツが詰まっています。そうやって自分だけのストーリーを語れるものに囲まれていることも、スタイル表現の一つではないでしょうか」。

Ceramics
長年売れることなく眠っていた陶磁器を日本全国で買い集め、大手国産ブランドのロゴをペイントして新たな命と美しさを与えることで、見る人の関心や価値観に訴えかけることを狙ったユタナンのプロジェクトの作品。ロゴを使うというコンセプトは、1950年代にソニーのマーケティング・キャンペーンで「ソニー」とロゴが入れられたティーセットを顧客にプレゼントしたことにヒントを得ている。

Shelves
ユタナンの部屋の棚には、彼が個人的にストーリーを紡ぎ出して買い集めた世界中の品々が並ぶ。陶磁器や土偶などの骨董品の横にはナイキの靴が同列に置かれ、ユタナンの価値観とユニークな編集能力が際立つ。壁にかけられたラグは、ジュンヤ ワタナベが2016年に発表したアーカイブシャツをパッチワークしてリメイクしたもの。昔のものを使って新たな価値を生み出すものづくりは、ユタナンが手がけるブランド シアージにも通じている。
Sillage(シアージ)
=船の跡に続く波紋

ユタナンのものに対する審美眼。市場価値に左右されるのではなく、自分ならではのストーリーを加えて価値を見出す。レビューに頼りがちな現代社会においてそれこそが、誰もが実践できて、かつ真に心を満たしてくれるもの選びの基準ではないだろうか。その価値観をベースにしたクリエイティブ表現として、ユタナンは「Sillage(シアージ)」というファッションブランドを率いている。世界各国で集めたデッドストックの生地や古布を再利用し、ユタナンが旅をした国々で得たインスピレーションを表現しているこのブランドは、まさに彼のスタイルと言えるだろう。「Sillage(シアージ)とはフランス語で、『船が通った後に水面にできる水の波紋』を意味しています。私は溢れる好奇心から常に突き進んでいます。そうして得た経験をクリエーションとして表現することは、ユタナンという船の後に続く波紋を残しているとも言えます。スタイルは過去とあなたが歩んできた道に根差しています。それは、あなたが経験した時間や体験、そして偶然の出来事を解釈することで形作られる必然です」。スタイルとはルーツであり、ルーツは過去や辿ってきた道にある。だからこそ自分が生きてきた時間や経験、生まれるまでの歴史や偶然の積み重ねを読み解き、バックグラウンドに向き合うことで導き出される必然こそがスタイルとなっていく。つまりスタイルとは、自身のルーツの航路を辿り、自分だけの「Sillage (シアージ) = 船の跡に続く波紋」を生み出すことでもあるのだ。

ニコラ・ユタナン・シャルモ
パリで生まれ育ち、現在は日本を拠点にクリエイティブディレクターとして活動。世界中を旅して得たインスピレーションを自身が手がけるファッションブランド「Sillage(シアージ)」で服として表現するほか、かたやフォトグラファーやブランドディレクションなども行うなど活動領域は多岐にわたる。

Photo Asuka Ito Interview & Text Yutaro Okamoto

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