Living as a Fly Fisher
フライフィッシャーという生き方 東野英樹(PHIGVEL)・ 細根義臣(HOSONE)

観察と考察を研ぎ澄ませる
東野英樹(PHIGVEL)・
細根義臣(HOSONE)
「一時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」。釣り人のバイブルの一冊である開高健の著書『オーパ!』の文中で紹介された中国の古い格言だ。そしてその言葉が示すように、「一生の趣味を見つけてしまいましたね」「幸せなことに、そうかもね」と口々にこぼしたのは、フィグベルのディレクター東野英樹とホソネのデザイナー細根義臣だ。そんな2人を魅了してやまない釣りとは、“フライフィッシング”である。フライフィッシングとは、水生昆虫や小魚などを模した「フライ(鳥の羽や動物の毛などを針に巻き付けて作る)」を仕掛けにし、重さのある「ライン(釣り糸)」を操って軽量なフライを魚がいるポイントへ飛ばす釣りである。主なフィールドは渓流、狙う魚はトラウト(ヤマメやイワナなど淡水で生活するサケ科)だ。渓流の澄んだ水や空気に囲まれて育ったトラウトの美しさといったらもう格別なわけであるが、敷居を高く感じさせるせいか日本の釣り人口の約1%未満しかフライフィッシャーはいないと言われている。そんなフライフィッシングに東野と細根はどのような魅力を見出しているのか。


釣ることだけが目的ではなく
余白のあるプロセスを楽しむ
「釣ることだけが最終目的ではなく、釣るまでのプロセスに考えるべき要素が多いことが楽しいです。もちろんほかの釣りもそうですが、フライフィッシングは特に要素が多いと思います。ひとつ一つの要素を観察して分解し、考察していきます。そして自分なりに導き出したアイディアを実践する。例えば仕掛けとなるフライは魚が食べている虫にマッチしたものを選ぶことが重要なため、釣りに行くフィールドの特徴や季節、時間帯などを分析して自分なりに導き出した一つを結びつけます。もし魚の反応がなかったとしたら、別の可能性を考えてフライを選び直します。キャスティング(フライラインに力を伝えてフライを遠くへ運ぶ技術)も重要な要素で、いかに適切なキャスティングでアプローチできるかが釣果に大きく関わります。そのため釣りに行かない日はキャスティングの練習だけをしたりもします。そのように試行錯誤の積み重ねが釣りの醍醐味でもあり、それは癖となって日常生活や仕事での観察と考察が研ぎ澄まされていると感じます(細根)」。細根のフライフィッシングへの情熱は凄まじく、タイイング(フライを巻くこと)だけでなくロッド(竿)までも理想の一本を追い求めて自作。そのクオリティの高さは評判となって「ホソネ」とブランド名を冠して日々オーダーが絶えない。ましてやフライキャスティングのインストラクター資格まで取ったほどの筋金入りであり、それほどものごとに深く向き合う姿勢は、日常や仕事をはじめとした人生の密度にも通じる。
東野は6~7年ほど前にフライフィッシングに出会い、その影響をこう話す。「『これが正解なのかな?』という疑問の答えを常に手探りしているのですが、考えたり調べることで一つずつ理解していけることが楽しいです。釣りに行っていないときは本を読んで勉強したり、タイイングをしたり、地図を読んで想像を膨らませたりと、オフシーズンも含めて一年中フライフィッシングのことを考えるようになりました。今はまだまだ身体も動きますが、いつか渓流の岩場を登ったりするのが難しくなってきたら、フィールドは湖に変えようかなと先のことも空想したりします。川を求めて今まで知らなかったような町に行く機会が増えたことも大きいですね。日本ほど地形や季節に恵まれてどこでも釣りができる国はないですから。現地で立ち寄る道の駅で新鮮な野菜や山菜を見つけたりして、釣り以外の学びも多いですね。僕は秋田県の出身なのですが、実はフライフィッシングが盛んなエリアであることや実家の近所の川で釣りができたことを知り、世界を見る視点がガラッと変わりました(東野)」。

自分だけのスタイルを組み上げる
映画『リバー・ランズ・スルー・イット』で描かれているように、フライフィッシャーのスタイルには品性や知性を感じさせるタイムレスな魅力がある。そのファッション性の高さも数ある釣りの中でもフライフィッシングならではだ。東野と細根のスタイルも両者の個性が表れているが、ギア選びの魅力を東野はこう話す。「フライフィッシングは歴史がありながらも、ギアがシンプルなためいい意味でほぼ進化していません。私が今日使っているロッドは、素材はバンブーで約50年前に作られたもの、リールにいたっては80~90年ほど前のものです。素材の質や状態もよく、振りやすさやしなり具合などが自分のアクションの癖にあっているため、この仕立てを使っているとかかった魚がバレてしまうことも少なくなりました。例えばある一つのギアのモデルでも、ビスの数やサイズ感、色、ロゴデザインなどディテールが微妙に異なるものが無数にあり、コレクター心をくすぐられます。もちろん収集したものは道具として実際に使い、使いやすさを検証します。そうして自分が好きな道具仕立てを組んで釣りをすると気分がいいですし、釣れた時の高揚感はもう言葉に表せないですね(東野)」。

時間をかけることで見える景色
東野と細根は毎年釣り旅行に出たり、フライフィッシング発祥の地であるイギリスにも釣行した経験を持っている。今後行ってみたい釣り場はどこなのだろうか。「僕は渓流だけでなく湖や海でもフライフィッシングをするのですが、トラウトを狙うのだとしたらアメリカのアイダホ州にあるヘンリーズフォークにいつか行ってみたいです。広大な奔流で、マッチ・ザ・ハッチ(魚が捕食している水生昆虫に最も近いフライを選び釣る手法)の聖地と呼ばれているのですが、自分の持てる力を試される場所であり、フライフィッシャーなら誰しもが一度は訪れたい憧れの地です。マッチ・ザ・ハッチが成功すれば、それまでにないトラウトとの出会いと感動があるはずなんです(細根)」。「いろいろな川に行きたいなと思いつつ、同じ川に毎年通いたいですね。例えば今日は釣れなかったとしても、翌週や一年後にまた来れば釣れるかもしれない。通うことで気づける変化を感じたいんです。あるときに釣った魚と同じ個体を翌年に釣ったという人もいたりします。ちょっとした傷の違いで同じ個体だと気づくのですね。そういう偶然もフライフィッシングにはあります(東野)」。常に新たなフィールドを貪欲に求める細根と、同じフィールドの変化を見出そうとする東野。その対称性もまた2人の釣り人の個性として際立つ。フライフィッシングの魅力は美しいトラウトと出会うことだけではなく、渓流を歩き登っていく道中の自然との触れ合いや、数時間かけて移動している車内での友人との会話、家での準備など、付随する全てのプロセスと過ごす時間にあるのだ。人生の全てを賭けるほど熱狂的なフライフィッシャーのことを『トラウトバム』と呼ぶのだが、人生の時間をかければかけるだけ見えてくる世界がフライフィッシングにはあるのだと2人が教えてくれた。それは趣味も仕事も同じであり、好きなことに熱中することこそが自分だけの景色や人生を描いてくれるのだ。


東野英樹
「ニュークラシック」をコンセプトに掲げてワークやミリタリーなどヘリテージなアイテムを再解釈したものづくりを行うフィグベルを率いる。ここ数シーズンのコレクションはオールドアウトドアのディテールや空気感を組み込んだアイテムが充実し、フライフィッシングをテーマにしたブランド「ヒューイット」も始動させた。

細根義臣
フライフィッシングや旅をテーマにした洋服やギア、フライロッドを作るブランド「ホソネ」のデザイナーであり、同ブランドのアイテムやロッド工房を併設した小さなセレクトショップ「シャレー」のマネージャーでもある。フライキャスティングのインストラクター資格を持ち、ファッション業界で随一の専門性を持っている。
| Photo Masayuki Nakaya | Interview & Text Yutaro Okamoto |












