Hand Me Down Watches Tenju (Hair Stylist)

自分に自然に馴染む 家族の物語が詰まった時計

良い時計は数十年、数百年と時間を超えて長く愛されていく。時を経る過程で誰かから誰かへと引き継がれる時計たち。見知らぬ誰かではなく、大切な人から受け継いだ“おさがり時計”には、鮮明な記憶が刻まれ、宿る思いもいっそう深くなる。その背景にはどんな時間と、どんなストーリーがあるのだろうか。

Tenju
ヘアスタイリストASASHIに約3年間師事し、2022年に独立。エディトリアルや広告撮影、ファッションショーまで幅広く活躍中。撮影が無い日は虎ノ門にあるASASHI BARBERに立つこともある。

手から手へ、大切に受け継がれる時計の話

「この時計の元々の持ち主だった祖父は、僕が生まれる前に亡くなっているので会ったことがなく、時計の存在も知りませんでした。祖父から父へ、そして父の弟である叔父へと渡っていたこの時計が僕の手元に辿り着いたのは、去年の夏頃です。撮影中、ヘアメイクルームに時計が無いことも多いのですが、予定通りに撮影を進行するためには時間を把握しておく必要があります。ワックスやオイルでベタベタになった手でiPhoneを触って時間を確認するわけにもいかないので、腕時計が必要だと思い、父に『使っていない時計はないか?』と聞いたところ、叔父が持っていたこのキングセイコーを譲ってもらいました。父が新卒で社会人になる時に祖父から仕事用として譲り受け、数年使用して叔父の元へ渡った後は何年も使われていなかったようです。もらったのはケースだけですが、手元に来た時は針が止まっていたのでオーバーホールして、ブレスレットは自分で東急ハンズで購入して使用しています。譲り受けた当初は単純に時間を確認することだけが目的でしたが、家族の物語が詰まった時計なので、これからもずっと大事に使い続けたいですね。新品で買うものよりもシルバーの質感に風合いがあって、自分のラフなスタイルにも自然に馴染んでいるように思います。朝の支度の最後に、時計の竜頭を20回巻いてから家を出る、というのが習慣になっているので、今はすでに無くてはならないお守りのような存在です。手間をかけるからこそ生まれる格好良さには以前から憧れていました。たとえば、電子書籍ではなく紙の本を読むこと、手入れの必要な革靴を綺麗に履き続けること、映画の中でキセルでタバコを吸っている仕草など。僕にとってはこの時計が、そういった格好良い大人像への入口になってくれているのではないかと思います」。

Photo    Asuka ItoInterview & Text    Aya Sato

Related Articles