Motofumi “Poggy” Kogi (Fashion Curator)

腕時計は、飾りすぎない 実用性のあるジュエリー 小木“Poggy”基史

日本国内にとどまらず、世界中から注目を集めるファッションキュレーター、小木 “Poggy”基史。これまでに誰よりも多くの服や小物を身につけてきた小木の腕時計はどのような視点で選ばれるのか。今年、ポルシェを自分好みにカスタマイズできるサービス“ポルシェ エクスクルーシブ マニ ファクチャー”を通して、自分だけの911を手に入れた小木。愛車が変わったことによって選ぶ腕時計にも変化があったようだ。

「911はマニュアル車なんですが、運転していてとても楽しいんですよ。ファッションもそう。今は使われてない昔のミシンを使って縫ったこだわりのアイテムには、アナログならではの風合いや出来上がるまでの工程に面白さがあります。失われつつある技術や、作り手が込めた美学みたいなものに惹かれるんです。腕時計にもそれに近いものを感じています。今は時間を確認するだけならスマートフォンで済んでしまいますが、ストーリーのある腕時計を身につけて時間を確認するというその所作こそが腕時計の魅力だと思います」。

運転をするときに着けたい時計
グランドセイコーとポルシェ911

「車好きの仲間たちとよく『ポルシェ 911を洋服や時計に例えるとなんだろう?』と話す機会があるんです。答えは本当に人それぞれで、デイトジャストと答える人もいれば、デイトナだと答える人もいました。そんなことを考えている時に、この間行ったグランドセイコーの展示会で、これだ!という時計に出会いました。それがこのグランドセイコーのスプリングドライブU.F.A.です。まだ、発売していないモデルですが(※本誌刊行時、U.F.A.の発売は未定)、いつか手にしたいと思って今回特別にお借りして着用しています。この腕時計は、ぜんまい駆動式の腕時計として年差±20秒という高精度を実現していて、腕時計の精度としては世界最高と言っても過言じゃない。一方のポルシェもレースに参加した車でそのまま公道に出て帰れるような車種があって、ほかの車では実現が難しい機能性が備わっている。どちらもとても高い水準のものを社会に向けて作っているんです。それに、どっちもやっぱり格好良いし、どこか可愛らしくもある。高い水準のものってデザインが難しくファッションに落とし込みにくいと感じることが多いのですが、このU.F.A.はスプリングドライブ(機械式時計のぜんまいを利用しつつ、クオーツ式時計に使われる水晶振動子によって時計の動きを制御する、自己完結型の駆動システム。セイコー独自のムーブメント)を使用しながら、初めてケースの大きさが37ミリを実現したモデルで、ドレスウォッチ的な感覚で着用できるところがとても魅力的。運転するときに腕時計って絶対に見えるじゃないですか。だからこそ、見て気分が上がるものを身につけたいと考えています」。

Spring Drive U.F.A. (2025) by Grand Seiko
本誌刊行時まだ発売日は調整中であるが、発表されたばかりのグランドセイコーのスプリングドライブU.F.A.。年差±20秒という世界最高の高精度を実現。グランドセイコーが生まれる“信州時の匠工房”の近くで見られる樹氷をイメージして作成された文字盤は、まさに日本が誇る技術力の結晶だ。

「海外から来るデザイナーの案内をすることが多いのですが、ファッション好きな人にとって、東京って天国なんですよ。ヴィンテージTシャツ1つを取っても、クオリティがとても高い。この腕時計も同じです。日本の技術がこの小さい面積に詰まっていて、日本にいるのに日本のブランドを着けないのってすごく損をしているような気がするんです」。

学生時代から憧れた
破天荒なエルヴィススタイル

失われつつある技術や情緒に美学を感じ、自分だけの新しい価値を見出す。そんな小木の学生時代、バイヤー時代からの体験がセレクトする腕時計にも影響を与えている。

「中学生のころから、エルヴィス・プレスリーやジェームズ・ディーンなどアメリカのスターたちのスタイルに憧れを持っていました。プレスリーは腕時計界の巨匠 ジェラルド・ジェンタ氏がデザインしたオールゴールドのキングマイダスというモデルを着けていました。彼はそれを着けたままお風呂に入って、文字盤にシミをつけてしまうような破天荒さがあり、そこにプレスリーの生き様が現れていて凄く格好良かった。僕が持っているこのキングマイダスは、ロレックスのチェリーニラインに吸収されて誕生した、チェリーニ キングマイダスと呼ばれるモデルです。ドレスウォッチって夏は湿度で曇ってしまったり、屋内外の寒暖差で時計がダメになってしまうと言われていて、夏は着用を控えるのが基本なんです。でも僕は、時計を大切にしている人が見たら怒られるかもしれないですが、プレスリーにならって、夏でもガシガシ着用しています」。

Cellini King Midas Ref. 4017
(circa 1975) by Rorex
エルヴィス・プレスリーからリアーナまで名だたるスターが愛用するロレックス キングマイダス。独特なペンタゴン形状は巨匠 ジェラルド・ジェンタによるもの。同氏がロレックスを手掛けたのは、このモデルのみ。
腕時計の固定概念が崩れた
バイヤー時代の原体験

「20代前半の頃、ユナイテッドアローズで働いてた時に先輩のお誘いで、ネペンテスの清水さんとお食事をする機会があったんです。その時の清水さんは、カジュアルなアメカジの服装にカルティエのボルドーダイヤルのサントスを着けていました。今ではよく見るその組み合わせですが、当時そんな人はほとんどいなくて、とても衝撃を受けたんです。アメカジ=ダイバーズウォッチのような固定概念が崩れた瞬間でした。その経験からボルドーダイヤルのサントスはずっと探していたんです。そんな時に江口時計店・松濤がオープンするタイミングでサントスを見つけて、購入を決めました。そこからカルティエについて深く調べていくうちに出会ったのがこのトーチュというモデルです。1912年に誕生した歴史のあるモデルということもあり、この時計はフレデリック・ピゲのムーブメントが採用されていて、普通のトーチュよりもケースが薄くドレスウォッチとして僕のスタイルにとても馴染んでくれています。和訳すると亀という意味を持っていて、ケースの緩やかな曲線にはどこか日本らしさも感じました。宝飾時計というイメージが強いカルティエですが、調べていくとジャガー・ルクルト製のムーブメントと歩んできた歴史もある。機能性とデザインのバランス感がとても素晴らしいですよね」。

Tortue by Cartier
亀の甲羅から着想を得たとされるカルティエ トーチュ。100年以上前に誕生した柔らかい曲線美が特徴のフォルムは、現代でも優雅に時を刻んでいる。持ち運ぶ際に使用するのは、藤原ヒロシが手掛けるフラグメントデザインとビジュードエムのウォッチケース。マットブラックのレザーにゴールドのZipが上品なムードを演出している。

カルティエの人気モデルといえばタンクだが、小木はそうした普遍的な時計を選ばない。その理由について、小木は次のように語る。

「最近、自分のスタイルをまとめた本を出版したのですが、その中で、執筆家であるデイヴィッド・マークスさんに90年代のファッションについて記事を書いてもらったんです。そこに記されているのですが、90年代には反商業主義とか、80年代のポップカルチャーに対するカウンターカルチャーのような流れがあって、ロックスターがいかにもロックスター風に振る舞うのがすごく格好悪いと思われる時代がありました。反対にニルヴァーナのカート・コバーンは日本の少年ナイフというバンドが好きだったりとか、“誰も知らないことを知っているのが格好良い”という感覚が90年代にはあったと思うんです。僕はその世代で育っているから、時計だけじゃなく服でも、あまりみんなが選ばないものをあえて選んでしまうのかもしれません」。

腕時計は、飾りすぎない
実用性のあるジュエリー

「キングマイダスは、2000年代に文字盤や針を交換して以来、今日まで正確に時を刻んでくれています。このトーチュはレザーバンドを除いてオリジナルのまま、時計としての役割をしっかり果たしてくれている。どんな時計にも言えることですが、この小さい面積にその人のスタイルが詰まっていると思っています。今では男性がジュエリーを着けるのも当たり前ですが、僕は、飾りすぎずに実用性もあるジュエリーとして、これからも腕時計を着けていくと思います。」

自分のスタイルを理解し、流行に流されない核があるからこそ、小木と3本の時計全てはよく馴染んでいた。

小木“Poggy”基史
世界のファッション、カルチャーシーンを股に掛け活躍する日本を代表するスタイルアイコン。最近では、Rizzoliより自身初の著書「POGGY STYLE: 仕事と遊びのための装い」を発売し大きな話題を呼んだ。

Photo    Tomoaki Shimoyama Interview & Text    Jo Kasahara

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