Season Inspiration. 3

シンプルネスに宿る文化的背景 情緒的でストーリーのあるブランド

建築家ミース・ファン・デル・ローエは「Less is More(少ない方が豊かである)」という名言を残したが、この言葉はファッションを含むすべてのデザインに大きな影響を与えてきた。だがそれは単にシンプルであればいいという話ではない。佇まいはシンプルながらも、何か心を捉える情緒的な雰囲気や、さまざまなバックストーリーが詰まっているからこそ特別なオーラを放つのだ。そのようなものづくりを行う代表的な2つのブランド、フィグベルとトゥ エ モン トレゾアのデザイナーは日々どのようなことを考え、ものづくりをしているのかを探る。

PHIGVEL

想像を膨らませ
世界観とストーリーを作り上げる 東野英樹
クラシックに学びつつ
いかに“NEW”を加えるか

ミリタリーやワークなどオーセンティックなアイテムをベースにしつつ、“NEW CLASSIC”をコンセプトにパターンやディテール、素材などを独自のフィルターでアップデートするブランド、フィグベル。 無骨さと上品さのバランス感覚が緻密に計算された、カジュアルにもドレッシーにもなるアイテムが魅力だ。デザイナーの東野英樹は2002年にフィグベルを立ち上げてから一貫して「自分が惹かれる世界観を妄想してものづくりをしてきた」と話す。彼は日々どのようなことに関心を持ち、世界観を作っているのだろうか。
「ものづくりは自分が経験してきたことと、経験してこなかったことの組み合わせだと思います。まだまだ世の中には自分が知らないことだらけですし、現代にあるものごとはリアルに体験できるから、好きか嫌いかは別にしてなるべく経験するようにしています。でも自分が生まれる以前の世界に関しては経験ができないから妄想するしかないですよね?そういう世界やストーリーを妄想することが楽しいし、フィグベルでの表現にも繋がっています。ものづくりをする人は過去のことをデザインソースにすることが多いと思いますが、ただそれっぽいものを真似するのではなく、どのようなストーリーがあって生まれたのかを突き詰めて考えたり、そのストーリーからまた新たなストーリーを派生させて妄想することがクリエイションの醍醐味ではないでしょうか。例えば、想像する昔の人たちが現代でその服を着るとしたら、素材はこれに置き換えるだろうなとか。当時のものをレプ リカとして作るわけでなく、現代を生きる僕のフィルターを通して再解釈しているので、必ずモダンな要素は加わっていると思います。
僕が惹かれる世界や人達というのは、ストーリー性やスタイルが必ずあります。例えばパタゴニアが出版している『Yosemite in the Fifties: The Iron Age』という本は、 ヨセミテのマイルハイという花崗岩壁を登ることに命をかけた50年代のクライマーたちをドキュメントしたものです。僕は山登りをしないのになぜこの本に惹かれるのかと考えたら、死と隣り合わせでもクライミングに命を賭ける人達のスタイルがリアルでストーリーが一貫しているからだと気づきました。よく見ると軍パンを履いていたりするのですが、現代のようなハイテクで便利なアイテムはない時代ですから、確かに理に適ったアイテムチョイスをしているなとか。袖の捲り方一つにしてもリアルが投影されているからかっこいいんです。この本に出てくる人達は日常ではどういう服装やライフスタイルをしているのだろうかと妄想して世界観を膨らませることも楽ろんいいですが、それが全てではないと思いましたし、ちょうどいいスペックを見極めることはすごく意識しますね」。

1. フライフィッシングに持っていくためのナイフを探していた東野は、当初は「現代ナイフの神様」と称され、かのアーネスト・ ヘミングウェイも愛用したラブレスというナイフメーカーに惹かれていた。そんな矢先に出会ったこのガーバー社のテーブルナイフには、フライフィッシャーやハンターが刃を改造して使っているというロマンや、MoMAも認めたデザイン性と機能性が備わっていたことから即購入を決めたという。いづれのナイフにせよ豊かなストーリーが詰まった東野らしいもの選びだ。
2. コロナ以前まではほぼ年に2回訪れていたというアメリカのマサチューセッツ州ブリムフィールドで開かれるフリーマーケットでの思い出深い一枚。全米最大規模とも言われるこのアンティークマーケットに足繁く通い、古着や雑貨、家具の収集はもちろん、ブリムフィールドの町やイベント、集まってくるお客さんの空気感を味わうことが楽しかったと東野は語る。写真に写る夫婦の後ろ姿からだけでも、東野が惹かれる空気感やフィグベルで表現される世界観が伝わってくる。
3. パタゴニアが出版している『Yosemite in the Fifties: The Iron Age』という本からの東野のお気に入りの一枚。50年代のヨセミテでクライミングに命をかけた人達をドキュメントしてまとめられている。現代のハイテクなアイテムとは違い、当時の質素ながらも実用的なアイテムを身につけて絶壁を命懸けで登るクライマーたちのリアルな着こなしやスタイルから多大な影響を受けていると東野は話す。この一枚の写真からさらに想像を膨らませ、この人が日常ではどのようなスタイルで過ごしているのかをイメージすることがフィグベルの世界観作りにも通じるという。
惹かれるのは内側にあるストーリー

「このガーバー社のナイフもストーリーに惹かれて最近買ったものです。そもそもは4本入りのテーブルセットのナイフなのですが、刃の部分を改造してフライフィッシャーやハンターたちが使っていたんです。キッチンナイフは水洗いをすることが多いためグリップが破損しやすいのです が、このガーバー社のキッチンナイフはボルトやネジを使用せず高圧でアルミハンドルを取り付けていて、その実用性やデザインが評価されてMoMA(ニューヨーク近代美術館)の『最も実用的な製品デザイン100選』にも選ばれています。そのストーリーをフライフィッシング用のアイテムをよく買いに行くお店の人から聞かされてしまったから、もう買うしかないですよね。 ストーリーによってものの見え方や人の気持ちはガラッと変わるからこそ、フィグベルのものづくりにもそういうストーリーを込めたいと思っています。そしてその服がどう経年変化していくかも考えながら作っています。この生地だったこう変化するだろうなと考えて、修理しながらでも長く着てもらいたいですからね。そうやって時間 が積み重なることで、着る人との間にもストーリーが生まれてくることも洋服の醍醐味の一つではないでしょうか」。

東野英樹
2002年にフィグベルを設立。“NEW CLASSIC”をコンセプトに、ミリタリーやワークを再解釈した極上の日常着を提案している。PRODと名付けられた実店舗を東京の中目黒と石川県の金沢市に構えている。

PHIGVEL
http://phigvelers.com/

Tu es mon Tresor

ストーリーを突き詰め
感性をどう表現するか 佐原愛美
文学からイメージする理想の人物像

「女性のためのセーフティプレイスを作りたい。女性の視点を通して、女性の体型や感性に寄り添ったデニムを提案する」というデザイナー佐原愛美の考えから生まれたクリエイティブなデニムブランド、トゥ エ モン トレゾア。生地、縫製、加工まで国内生産にこだわったヴィンテージライクなデニムが支持される。そしてデニムというベーシックでシンプルなアイテムながら、どこか哀愁や叙情的なムードを漂わせている。そのムードはどのようにして生まれるのか?デザイナー佐原にストーリーを聞いた。
「トゥ エ モン トレゾアのものづくりで意識していることは、いなたさと洗練の両軸を持つことです。どちらか一方に振り切るのではなく、両方を兼ね備えていることが自分らしいと感じています。そのバランス感覚は、現在の東京と湯河原での二拠点生活をしていることよってより深まったと感じています。
デニム作りにおいてはぱっと見の奇抜なデザインを求めるのではなく、ディテールを丁寧に突き詰めていきたいと考えています。その集積が心地よいプロダクトにつながるのではないかと思います。心地よさとは実際に履くという身体的なことはもちろん、視覚的な美しさや精神的な豊かさも感じてもらえるかどうかということです。ものづくりの精神性については、文学から影響を受けることが多いです。子供の頃から本が好きで、小説やエッセイ、紀行文などいろいろ読むのですが、ストーリーや歴史的背景があるものにすごく惹かれます。女性作家の本を読むことが多いのですが、美しい言葉に触れると、頭の中に新たなイメージが浮かんできます。魅力的な人物がたくさん登場するので、そのような登場人物たちに憧れを抱き、想像を膨らませることがトゥ エ モン トレゾアの世界観や人物像を作る上で強く影響していると思います。私の個人的な印象ですが、ヨーロッパの文学からは格調を、北米の文学からは野生味を感じます。南米にはマジックリアリズムと呼ばれる土着的な幻想性を有した小説群がありますが、これらは特に想像力をかき立ててくれるような気がします」。

1. 吉村順三が設計した八ヶ岳高原音楽堂で今年の5月にロンドンを拠点に活動するミュージシャン、ルシンダ・チュアを招いてライブパフォーマンスを行った佐原。自然の風景に溶け込んだその建築からインスピレーションを受けてコレクションを作るにあたり、アーティスト角田純にドローイングを依頼したという。楽譜を連想させるような角田のドローイングをデニム生地にシルクスクリーンし、更に角田がハンドペイントしたアイテムを着て、ルシンダ・チュアがパフォーマンスを行った。
2. 佐原が尊敬する建築家吉村順三の作品集。表紙はトゥ エ モ ン トレゾアがイベントを行った八ヶ岳高原音楽堂。三角屋根の天窓は自然光を、大きなスライド式のガラス扉は外の景色を取り込むことで、美しい自然に囲まれた八ヶ岳の立地を活かしている。佐原はイベント開催に向けてこの建物で長い時間を過ごし、コレクションについて考えを深めていった。左ページのアイテムがそれで、八ヶ岳の雪景色や周辺に生える樺の木を連想させる生成色のデニム生地に、角田純のドローイングをシルクスクリーンで施した。
3. 佐原の愛読書の一部。モノクロ写真が美しい手前の2冊は、セリーヌの2015SSキャンペーンビジュアルに起用されたことも話題となったアメリカ人女性作家のジョーン・ディディオンの『悲しみにある者』と『さよなら、私のクィンターナ』。ほかには波乱万丈の人生を過ごし、死後に作品が再発見されて評価されることになったルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』や、エミリ・ディキンソンの詩集、写真にはないがロベルト・ボラーニョやブルース・チャトウィンなど幅広い作家の作品を読んでいる。登場人物からイメージを膨らませ、その人間像や世界観がトゥ エ モン トレゾアのものづくりに反映される。
細部にこそこだわる

「吉村順三さんの建築や人柄からインスピレーションを得ることも多いですね。吉村さんが設計した熱海の邸宅を題材に、トゥ エ モン トレゾアとして修繕とキュレーションを手掛け、建築、家具、写真、ファッションの領域を横断するインスタレーションを昨年夏に開催しました。そのときに吉村さんの手がけた建築を間近で体感する機会に恵まれました。隅々に美しいディテールが詰まっていているのですが、特に驚いたのはそれぞれの窓に合わせて異なる面付けがされた障子が取り付けられていることでした。そうした細やかなデザインの積み重ねが、一つの美しい全体像を生むのだと吉村さんの建築から学びました」。文学を読むことで培った想像力や感受性、吉村順三が手がけた建築の細部から学んだ機能性や合理性。もちろんほかにも様々な要素があるわけだが、トゥ エ モン トレゾアのデニムはシンプルな見た目ながら、なぜムードがあるのかが垣間見えた。


佐原愛美
2010年にトゥ エ モン トレゾアをスタートさせ、2020年にデニムブランドとしてリローンチ。ファッションのみならず、写真、建築、デザインなどへの幅広い関心を、コレクションを通して表現している。

Tu es mon Tresor
https://tu-es-mon-tresor.com/

Photo Ryosuke HoshinaEdit Yutaro Okamoto

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