Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi

強い被写体と現場の緊張感 良いポートレートの条件とは

緊張感のあるポートレート

1 Irving Penn “Small Trades (2009)”
2 Richard Avedon “Portraits (1976)”
3 Richard Avedon “In The American West (1985)”
4 August Sander “Men Without Masks (1973)”

多くのポートレートを手掛けてきた写真家、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペン、アウグスト・ザンダー。彼らが遺した作品は、後世の広告やファッション誌をはじめ写真史に深く影響を与えてきた。そんな彼らの写真集はまさにこれからも次世代に受け継いでいきたいマスターピースといえる。それぞれ掲載されている写真は屋外やスタジオ、照明も違うが「それぞれの良さがある」と野口。これら野口が所有している写真集のほとんどは海外に行った時に、立ち寄った古書店で購入をしたものだという。右ページに掲載している中面の写真は、アヴェドンの“In The American West”から。労働者の力強いポートレートだが、目を凝らせば身につけているものなど細部の格好良さにも気付くことができる。

被写体に強いものがないと
ポートレートは残らない 野口強

後世に伝えていきたい写真集の連載2回目は、野口強のクリエイションを語る上では決して外すことのできないポートレートをテーマとした。膨大な数の写真集が所狭しと陳列されているアトリエの本棚から、野口は背表紙のタイトルを頼りに慣れた手つきで何冊かを選ぶ。
「ポートレートの写真集でいえば、やっぱりこの辺かな……」。そう呟きながら選んだ数冊のポートレートの写真集は、リチャード・アヴェドンやアーヴィング・ペン、アウグスト・ザンダーによるもの。「アヴェドンの作品を初めて好きになったのは僕が高校生の頃かな。深夜にソウル・トレインというダンス番組があって、その合間にジュンアンドロペのCMが流れるんだよね。その当時は誰が撮っていたかまで知らなかったけれど、そのCMはとても印象深かった。大人になって調べたらそのCMを撮っていたのがアヴェドンだったという。アヴェドンはもちろんだけど、ペン、ザンダーなど彼らの写真は、これまで数多くの仕事でモチーフにさせてもらってきた。自分たちと一緒に仕事をしてきたカメラマンやアートディレクターもこの辺の写真家たちを好きだったのもあると思う。僕で言えば、雑誌“ヒュージ”のスタイリングをやっていた頃、プロではなく街を歩いていた人をモデルに職業別でキャラクターを作り込んでポートレートを撮るような撮影をよくやっていたんだけど、そういう時に写真の方向性だけではなく、被写体が着ている服も含めてかなり参考にしたね。アヴェドンのポートレートを観ても思うけれど、被写体のパンチ力のすごさだけじゃなくて、何気に着ているものも良い。バッファローチェックのシャツを着ていたり、ファッションとして成立している。被写体となる人物が働いている場所に白ペーパーを持って行って撮っているんだけど、決して誰でも良いから撮っていたわけではなく、ファッションスタイルだったり何か気になる人を選んで撮っていたと思うんだよね。アウグスト・ザンダーの写真集を観ても被写体のみんながイケていると思う。ダイアン・アーバスの写真もそうで、被写体がガツンと来る。被写体に何かしらの強いものがないとポートレートは面白くないんだろうね。それは例えば、ポートレートだけではなくて、ファッション写真だったとしても被写体が強い方が良い絵になりやすい。僕はこういったアヴェドンの強いポートレートが好きだから、もう大体の写真が頭の中に入っているんです」。
そして、話題はアヴェドンからペンへと移る。
「ムラバックだったり、パースを作って間に人を入れてスタジオで撮るようなペンのポートレートが好きで。もちろん、白バックで撮影しているピカソの写真も好きだけど、ペンのポートレートはものすごく時間をかけて撮影されていて、完成された写真のように思う。今回紹介している写真家の写真を観て思うのは、みんないろいろな職業の人たちを撮っているわけだけど、ライブ感や対応力の強さを感じる。多くの写真家は、『今こういう状況で撮って』と言われると、準備してないとか理由をつけて慌ててしまったりするじゃない。でもこの人たちの写真にはそういうものは一切感じない。自分たちは“写真家”であるというプライドのようなものを感じるよね。この人たちの写真は一度観たら忘れない強さがある。前回の連載でも言ったけど、今の写真は記憶に残らないんだよね。被写体が弱いのかと考えれば、そうではなくて、今でもキャラの強い人はいっぱいいる。被写体はいるけれど強い写真をあまり見ない……。その違いはやっぱり、緊張感なんだと思う。今だとデジタルで何枚も写真が撮れる訳で、撮影現場にいるクリエイターはモデルの方を見るんじゃなく、パソコンの画面を見ているでしょう。そんな状況だと、現場に緊張感なんて出るわけがない。海外のフォトグラファーだと、パソコンの画面を見せない人が結構いるんだけど、それで良いんだよね。たまに大判のフィルムで撮るとバンバン数を撮れるわけじゃないからみんな被写体と向き合って、良い意味での緊張感が出るから面白い。時代が変わったからしょうがない部分はあるけれど、最近の撮影を見ていると服の細かい写り方ばかりを気にしていて、何を撮っているんだって思う時はよくある。前回の連載で紹介した花の写真集の時にも緊張感の重要さは話したけれど、良いポートレートには良い緊張感、そして被写体の強さが重要になってくるんだと思う」。

野口強
1989年からスタイリストとして長年、国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌をはじめ、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも写真集は状態が気になる為に書店で購入している、という。

Photo Masato KawamuraEdit Takayasu Yamada

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