Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi
美の原点といえる花の写真集
根源的な美の象徴である花。多くの写真家がこれまでに撮影してきた被写体であるだけに、それぞれのスタイルが表れて面白い。その中でも野口が好きな4人の写真家による花の写真集を紹介する。「知っている限り花の写真では最古」という、カール・プロスフェルトのこの写真集(集合写真の右下/下の写真は中面を紹介)は、今ではまず手に入らない初版。長年探し続け、約20年前にNYにある古本屋で購入。野口はさらに貴重な“綴じられていない初版”も所有している。カール・プロスフェルトの植物の写真は、最近でもロエベの香水のパッケージにも使われるなど、後世に与えた影響力は計り知れない。
野口強
「後輩たちに伝えていきたい写真集を教えてほしいって言われても、一概にどれって決めるのは難しい。ファッションフォトなのか、スティルライフなのか、カラーなのか、コラージュなのか。ジャンルによってどれがいいっていうのがあるから、1冊を選ぶのは難しいよね」。
WEBやSNSの普及に伴って誰しもの身近な存在になった写真。いつでも手軽に写真を見ることができるようになった現代において、デジタル上には無数の写真が溢れかえっている。デジタル上に無数に存在しているデータは写真なのか、画像なのか?本物の写真とは何なのだろうか?観た者の感情を揺るがし、人生を変えてしまうような写真。後続の写真家たちが憧れ続ける時代を超えて残っていく写真。そういう写真は本物と言えるだろう。本物の写真を知り、実際に所有する業界の兄貴。スタイリストとして日本のファッションを牽引し続けている野口強に写真集についての連載を依頼した。そして、当企画の裏テーマを『ファッションクリエイティブに携わる後輩たちに伝えていきたい写真集のマスターピース』とした。野口は、自他共に認めるほどの写真好きであり、世界有数のコレクターでもある。これまで購入し続けているプリントや写真集は数えきれないほどで、伝説的な写真のオリジナルプリントをはじめ、写真専用の部屋も持っているほどだ。そんな野口が伝える、本物の写真とは。
「雑誌を見ていても今の写真って緊張感が伝わらないよね。昔はフィルムで一発勝負だった。今では撮った後で気に入った写真を選べたり、合成ができるようにデジタルカメラでシャッターを切りっぱなし。それでは、強い写真が撮れるわけがない。時代が違うから、と言えばそれで終わってしまうし、デジタルの良さもあると思うんだけど、ほとんどの写真に奥行きがないと思う。日本だけじゃなくて海外の雑誌を見ても今のファッション写真は、流行りの誰かを真似たようなものばかりが並んでいる。それではこれから先に残らないよね。真似をすること自体は当たり前のことで、今世界で活躍している写真家もヘルムート・ニュートンやギイ・ブルダンのような人たちから学んでいる。僕も国内外のいろいろな写真家と仕事をしてきたけれど、日本人に感じるのは真面目すぎるところ。被写体に対して正面からしか切り取らないから面白くない。マリオ・ソレンティもテリー・リチャードソンも同じようなスタジオで撮っていても同じにならないからね。元となる写真を知っていれば、じゃあ自分もトライしてみようかとなっていくから、良い写真を知るということは良い写真を撮る上でやっぱり大切なことだと思う」。
「最初のテーマは花の写真でいきたいかな」。そう話しながら本棚から取り出した1冊は、植物学者でもあるドイツ人写真家カール・ブロスフェルトが植物の細部を接写しまとめた写真集“URFORMEN DERKUNST(邦訳:芸術の原型)”。1928年に発表された本作は、写真家はもちろん多くの芸術家に影響を与えた。「写真のインパクトがすごい。1920年代でこれをやられたら…。これに勝るものはないと思う。写真集から1枚を切り取って額装をしてもサマになるような強さがある。多分、アーヴィング・ペンもこれに影響をされたんじゃないかな。ペンやメイプルソープ、日本人だと荒木経惟さんも花の写真を撮っている。この人たちの撮る花が好きなんだよ。生きている花か死んでいる花、撮る人によって違うけれど、僕はメイプルソープでいえば枯れかけているチューリップが好きかな。花を撮るということは、角度はどこが一番綺麗なのか、鮮度はどの状態が一番良いのか、花器はどうか、光はどうするか、と色々と考える必要がある。メイプルソープの花の写真を見るとそういう考えが見えてくる。僕は物撮りをする時によく花の写真集を参考にすることが多いけれど、ファッションもそう。被写体は誰で、ヘアやメイクがあり洋服があって、どういう環境でどういう光で撮るのか。花の写真とファッション写真は同じといえば同じ。メイプルソープの花の写真からわかるのは長く残っている写真には、センスもテクニックも両方とも必要だということ。あともう一つあるとしたら、自分のスタイルを変えずに撮り続けるということなんだと思うんだよね」。
野口強
1989年からスタイリストとして長年、国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌をはじめ、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも写真集は状態が気になる為に書店で購入している、という。
Photo Masato Kawamura | Edit Takayasu Yamada |