Interview with Daisuke Obana (N.HOOLYWOOD)

クリエイションを支える 尾花大輔の2台のポルシェ

Porsche 911 (Typ 964) Carrera2 / 1992
空冷ポルシェと言われるカテゴリーの中でも、最後期に製造されていたモデルのため、パワステやエアコンなど現代の車に備わる機能も標準装備されている。尾花いわく「ポルシェ本来のスタイリングやフィーリングが宿ったモデル」。マニュアルシフトに加え、ポルシェ911初となるティプトロニック(オートマ仕様)が発売されたモデルでもある。

Porsche 911 (Typ 996) GT3RS / 2004 045
公道走行が可能なレーシングカーとして設計されたモデル。カレラホワイトのボディには車両側面とリアにブルーのフィルムロゴがあしらわれているのが特徴。それに合わせてホイールもブルーにドレスアップされている。パワーが通常車と大幅に違うため、想像以上にシビアな運転技術が求められるという。
長年向き合い辿り着いた
車に求める絶対的要素

ファッション業界きってのカーマニアとしても知られる、N.HOOLYWOODデザイナーの尾花大輔。これまでに所有してきた車は、本人も数えたらキリがないという。そんな数多くの車との半生を送ってきた尾花だが、車に対しての考え方には、常に変わらないひとつの共通項がある。それはその車とドライブフィーリングを共有できるかどうかということ。車を選ぶ基準はさまざまでも、もともと移動手段として誕生した車という存在は乗ってこそ意味のあるもの。また、その車を理解するには、しっかりとクセを感じ取り、たまに故障する事もより深く知れる重要なポイントだと尾花は話す。そして、国内での競技用ライセンスも所有し、サーキットなどで公道にはない車の性能や感覚を引き出したりと、まさしくその感覚こそが自身のクリエイティブに最大限に生かされているのだ。今回、さまざまな角度で楽しむ尾花大輔のクルマとの向き合い方を取材した。

車へ興味を抱くことになった原点

これまでに何台もの車を所有し乗り継いできた尾花だが、そもそも車に興味を持ったきっかけはなんだったのだろうか。そこには父親の存在が大きかった。「父が日産のエンジニアこともあって、幼い頃から車に触れる機会が多かった。また父が車検の度に車を買い替えるから、幼いながらにいろいろな車に乗ることができたんです。父と自然に車の話をする中で、どんどんと興味が湧いていったんです。車に乗れる年齢になったらすぐに免許を取ろうと考えていたので、結果受験するよりも先に免許を取っていました(笑)」。そんな中で、尾花が初めて手にした車が気になってくる。「結構マニアックですが、ジムニーの初期型で3人乗りのLJ20という型番のものでした。当時はネットがないので、販売情報を調べるには車雑誌(今は無き4×4 Magazine)に刷り込みがある個人売買の掲載を毎号、血眼になって探すしかなかったですからね(笑)。実際にアポを取って見に行ってみると、ジムニーを5、6台所有されている年配の方で、どれも信じられないミントコンディション。丁寧にレストアもされている車両でした。当時から洋服でもクラシックなものだったり古着やヴィンテージが好きだったので、デッドストックやミントコンディションのものに特に興味が強かったのです。まさに運命の出会いだと感じましたね。結果一台譲って貰う事になり、鍵を回して出発する時、バックミラー越しにオーナーを見たら愛車との別れに泣いていて。そんな淡い思い出もあります」。

車に求める要素

日々の仕事も、私生活にも車が常に傍にある生活を送っている尾花。生活の中心に車があるライフスタイルを送る彼にとって、車に求める要素とはどんなことなのだろうか。「僕が車に対して求めることは至ってシンプルです。よく走って、よく停まること。安全性がしっかりしている事が重要ですね。いわゆる旧車と呼ばれる部類の車はそういったポイントに対して目を瞑りがちですが、徹底的に整備をして、しっかりメンテナンスをしてから乗ればまず壊れない。旧車を日常的に乗るためには、当然のことだと思います。これは自分のこだわりというよりも、仕事のスタンスに似てるのかなとも思います。インフラに関してはとにかくきっちりすることが自分のスタンスです」。またそうした日々の生活の中で車を楽しむことに加え、非日常の体験の中でも車を楽しんでいる。それを実現するのが、国内競技用ドライビングライセンスだ。「ライセンスを取得する過程で本格的なサーキットを走ることになるのですが、そこで新たな車の一面というか、公道では体感できない車そのものの性能を感じるというか、車と一体になるフィーリングを味わいました。車本来のレスポンスを知ることによって、同じ車でも乗り方によってここまで違う車に感じるのかという驚きがありましたね。そういう意味では非日常的な環境で運転をすることは、改めて普段乗ってる車とも対峙出来るとても良い機会だと思っています。またサーキットで走るためのドライビングテクニックを覚える事で、普段の安全運転にもつながるんです。ハイスピードからの充分なブレーキングからのコーナーへの立ち上がるタイミングでのハンドリングだったり。そして当然高速域では、制動距離も伸びるわけですよね。スピードが上がるにつれて人間の感覚が追いつかなくなる。だからこそ先の動きを予期して備えていなければいけないんです。トップスピードでコーナーに進入する時に、カーブの終わる先を見て運転するぐらいできっちり曲がれる。こういったサーキット走行に基づいたドライビングテクニックを覚える事で、交通事故を防ぐ能力が高まるし、車本来の性能を知る事で、むやみなスピードを出すような危険運転もしなくなる。車の挙動が頭に入ってくるからこそ、どんな運転が危険かわかるようになるんですよね。だからいろんな意味でドライビングテクニックを上げるということは、交通安全にも繋がると教えられたんです」。

2台の対照的な
フィーリングが
ものづくりへの
ヒントを生み出す
異なる刺激が自分の新たな感性に繋がる

今回尾花のクルマとの向き合い方を象徴するものとして2台紹介をしてもらったが、そのどちらもがポルシェだった。その訳を聞くと、まさしく走行の体験や、クルマとのライフスタイルという点において、同じメーカー・型番でも全く別物であるからだと語る。「黒い方のポルシェが、92年製のいわゆる911の964シリーズ廉価モデルのカレラ2です。ポルシェは長らくRR駆動(車体後部にエンジンを置き後輪を駆動させて走る方式)を採用してきました。それだと前が軽く直進性がシビアで、ある程度のテクニックがないと運転が難しい傾向があります。そこでポルシェはこの964のタイミングで四駆のモデルを作るんです。間違いなく四駆の方が安定しますからね。そして、より楽な運転ができるように、ティプトロというオートマチック車を出すんですが、この辺りでポルシェが好きな人からクレームが。ポルシェらしさはどうしたんだと。そこで4WD、ティプトロが売れている中、あえてマニュアル仕様のRR駆動のカレラ2がリリースされる事に。なので自分の車にはポルシェ本来のスタイリングや機能が凝縮されていて。スピード感はもとより、車窓から見える景色だったり、空冷エンジンの独特なサウンド、ボディや内装の設えなど、街をゆっくり流すだけでも十分に楽しめて、自分のライフスタイルとファッションにクロスオーバーする部分が多い。だからこそこの車は日々の仕事やちょっとした外出の時に乗れるパートナー的存在というか」。一方、もう一台のポルシェは911の996型 GT3 RS。公道走行が可能な本格レーシングカーだ。サーキット仕様にアップグレードされたこのモデルは、エンジンの性能向上はもちろん、事故による横転から車内部のスペースを保護し車の剛性を上げるためのロールケージが搭載されていたり、徹底的な軽量化が測られている。型抜きのエンブレムも軽量化でステッカーになっているという徹底ぶりだ。「996の方はまさにフルスペック版と言えます。前者と比べてもの凄く対照的なフィーリング。アクセルワークを間違えればすぐにスピンしてしまうし、速さを追求するために生まれた車といっても過言ではないです。製造年式も20年ほど新しく、全く違う水冷エンジンを搭載し、軽量化とスピードを求めたサーキットモデルの位置付け。車にあまり詳しくない人から見れば、ただの走り屋に見られてしまう可能性大ですね(笑)。ファッション的感覚を投影するには、程遠い存在だと考えています。だからこそ、この2台の異なる刺激が、自分の新たな感性に繋がるというか。あと、この車は買ってから1年ぐらいしか経っていないのとレストアから戻ってきたばかり。まだサーキットやパーキングレッスンなど本格的に車の性能を引き出す場所には行けていないですが、そういった場所でこそこの車の本当の性能を味わえる」。同じポルシェでも、2台の車に対して尾花自身の向き合い方や姿勢が大きく違うことがわかる。そしてこの異なる2台から得られる体験は、それぞれ独自のクリエイションへとつながっていく。

プロダクトに生かされる
それぞれの運転体験

N.HOOLYWOODのプロダクトには、尾花が実際に車と向き合う中でインスピレーションを得て制作されたものが数多く存在する。ライフスタイルの中心に車がある生活を送る尾花にとってそれは必然だろう。「車とファッションって身近にあって、よく絡めようとしますが、意外とシンクロさせるのが難しかったりもします。今の時代、サーキットで使われているようなレーシングスーツは、体のラインに合わせてピッタリと作られているんですが、964の時代のスーツは、ビッグショルダーでシルエットが緩くてふくよか。間違いなく自分が964に乗るときに着るとすればその方がハマるんです。ただそれを自分のクリエイションとして表現するときにそのまま形にしても意味がない。ただ年代を合わせているだけで、ファッションとして昇華されていないというか。車って、一見ファッションからはかけ離れた視点で見て、表現の在り方として落とし込むことが重要だと考えています。簡単に言うと性能自体からの機能美。例えば996のようなレーシングカーであれば、シートベルトや安全装置に付いてるようないわゆるスペックが記載されたタグだったり、メッセージやフォルムのような走行を支える機能自体をファッションとして形に変換して考える。かたや964のようなクラシックな個体では、初期の頃の911に使われていたシートのファブリックをバラして、もともとウール100%の生地で作られているところを糸の中に化繊を混ぜ込み、機能性と耐久性を上げてあげる。クルマの性能や機能美とファッションの融合。実際に乗って日常で車と向き合う中で得たものを、プロダクトに生かしていくというのが常ですかね」

尾花がポルシェに乗る際に必ず身につけるというグローブ。素手の場合、汗などコンディションの変化が現れてしまうが、グローブは常に同じ条件でステアリングと向き合うことができる。繊細な運転が求められるからこそ、こうしたポイントには抜かりがない。このグローブもまた、尾花の運転体験から基づいた価値観を投影し制作されたオリジナルプロダクトだ。

Upper Three 964がカップレースに出場していた時代のレーサー (ミカ・ハッキネン)が着用していたスーツ。尾花が機能性が詰まっていると語る本スーツは、もちろん難燃の素材を採用。現代のものと比べてふくよかなシルエットが特徴とのこと。尾花がインスピレーションを受けているプロダクトのひとつ。少しの操作ミスが危険を招くサーキットなどでの走行において、ヘルメットやシューズは特に自分の感覚に合ったものをチョイスしている。
Lower There 964のシートは、初代911のオリジナルを再解釈して制作されている。そのシートからさらにインスピレーションを受け機能性をプラスし制作した、ナインセンスのアイテムは、ボンバージャケットをはじめとしたアパレルから、車検証入れ、ティッシュ入れなど、ファッションと機能性を融合させた上質なプロダクトが揃う。
ブランド観とリンクする
ポルシェブランドの哲学

そんな尾花のクリエイションを支える2台のポルシェ。乗り味や性能は違えど、共通する魅力もあるのだという。そしてその魅力は自身のファッション観、ブランド観に大きく影響を与えている。「ポルシェは小さなネジひとつからナンバリングされ管理されているから、品番や年式がマッチングしているかどうかがきっちり分かる。まさしく自分のファッション観に当てはめるとミリタリーのゾーンとまったく一緒なんです。男心をくすぐるポイントでもありますよね。時代の流れの中でも、ポルシェにはひたむきに自分たちが誇れるものづくりを続ける土壌があるんですよね。経営不振でフォルクスワーゲングループの傘下に入り、変わっていくことを余儀なくされても、そこにしっかりと向き合って、変化を受け入れながら進化を続けてきた歴史がある。ある意味僕らも、ファッション的なアプローチとして時代の流れを受けながら毎シーズン進化し続けていかなくてはならない。そんな中でシンクロする部分があると思えるんです。だからこそ所有する意味があると思えるんですよね。自分は衣食住すべてにおいての理由のあるもの、意味のあるものを持っていたいと考えています。所有する意味で言えば、もうひとつは個性です。古着でもなんでも僕は個性を楽しみたい。昔ブランドを始めた時、ボロボロのデニムジャケットやパンツだって、誰かがいじったやつを買うのが好きだったし、あるいは自分で育てて唯一無二のモノにすることが好きだった。車もそうで、フルオリジナルで乗るのももちろんいいけれど、どこかに自分の感性を出さなくては意味がない。そこがパフォーマンス以外の部分で楽しむことができる、ファッションと共通している部分だと思っています。そんなポイントを存分に楽しむことができるのが、僕にとってはポルシェという存在なんです」。

スタイルのある乗り方

関東でいえば、辰巳や大黒埠頭、大曲などは近郊の車好きが集まるスポットとして有名だ。そこで何をするというわけではないが、お互いの車や、憧れの車について時間を忘れて語り合うコミュニティがそこにはある。尾花自身もそういった場所に顔を出すことがあるのだという。「ほかの車に詳しい方と知り合ったりすることによって様々な情報を得ることができるし、他にもいろいろな乗り方、楽しみ方があることを再認識することができるんです。昔アメリカでポルシェの大きな集会に招かれたことがあったんですが、アメリカの方はみんなとにかくスタイルが自由だった。ポルシェクラブアメリカ(PCA)というクラブがあって、そこには日本とは桁違いの人数のポルシェ好きな人達が集まる。そこでステッカーとかエンブレムを自分流にカスタマイズして装着したボロボロのポルシェに乗ってるオーナーの方がいて、それがすごく素敵だったんです。自分だけの唯一無二のスタイルがあって、自己流の楽しみ方を貫いている。それはすごくファッション的な捉え方だし、だからこそスタイルのあるポルシェの乗り方が自分にはしっくりくるんです。そんなスタイルという点において、自分に置き換えると2台それぞれの車で乗り方を変えていること。そんなスタイルある車との向き合い方、楽しみ方こそかっこいいと思えるんです」。様々に楽しみ方がある中で、現時点で尾花が辿り着いついたスタイルのある車との向き合い方。街で流すための964と性能を楽しむための996。ファッション的感覚と、車本来のフィーリングを感じるそのスタイルは、ポルシェだからこそ育まれたといっても過言ではないだろう。そうしたポルシェと向き合う時間の中で得た経験は、自身のものづくりにも色濃く紐づいていた。日々の生活の中で、対照的な2台から感じ取るもの。そのすべてが尾花のクリエイションを支えていることは間違いない。

尾花大輔
N.HOOLYWOODのデザイナー。NYでのコレクション発表を続けるなど東京から日本のファッション界を牽引し続ける人物。ポルシェ公式イベントのロゴデザインに携わるなど活動は多岐にわたる。

Photo Yuki HoriInterview & Text Shohei Kawamura

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