Independent Boutique

ニュークラシックなアイテムを扱う店 ゴダール ハバダッシェリー

気鋭の店主が提案する
テーラリングの新解釈
Godard Haberdashery

フィレンツェのスパーダ通りにあった頃の名門紳士洋品店タイユアタイを理想の店舗像とし、路面店であることやディスプレイにこだわる。店内の床は、ゴダールの名作『はなればなれに』でルーブル美術館を走る有名なシーンの床をオマージュしたフレンチヘリンボーン。家具はフィレンツェから輸入したコンソールや、ミッドセンチュリーのデザイナー、ポール・マッコブの机や椅子を揃えている。

人混みの雑踏から少し離れた渋谷と表参道の中間地点。意識しないと通り過ぎてしまいそうで、でも一歩入ると強烈に脳裏に焼き付けられるこの小さな店の名は、「ゴダール ハバダッシェリー(以下ゴダール)」。 テーラーメイドのアイテムが中心だが、ただのクラシックではないNew Classicな品揃えがコアなファンを魅了している。1人で同店を営む笹子博貴は、ドーバーストリートマーケットギンザ(以下ドーバー)のオリジナルメンバーであり、バイヤーを務めた異色の経歴を持つ。モードや流行の最先端にいた彼が、なぜ今はテーラリングをメインに扱い、New Classicなスタイルを提案するのだろうか。

テーラリングという
絶対的な価値基準

「好きなブランドで働きたい、というシンプルな理由でコムデギャルソンに入社しました。そして程なくグランドオープンすることになったドーバーへ移ることになり。ファッション界での最初の経験があの場所でよかったと思っています。新しい情報が次々と入ってくるし、取り扱うアイテムのサイクルは凄まじく早い。そして何よりも、良いものが売れていくシンプルな時代でした。販売員とバイヤーを兼任していたので、とにかく目まぐるしい日々でした。でも、まだ何者でもなかった頃のゴーシャ・ラブチンスキーやキコ・コスタディノフ、ナマチェコのディラン・ルーたちと知り合い、彼らがファッション界の階段を駆け上がっていくところを間近で目撃するかけがえのない経験もしました。ホームパーティーで彼らとワインを酌み交わし、一緒に美術館や映画館にも行きました。多くのデザイナーとの思い出が財産になっています。先取りできる噂や情報をもとに、まだ誰も取り入れていない着方を模索し、実践してきました。そうしてメンズのファッションを追求していくと、テーラリングに辿り着いたんです。アレキサンダー・マックイーンやトム・フォード、川久保玲(以下川久保)、エディ・スリマンもテーラードの考え方が根底にある。その絶対的な基本の基がなければ、新しいものを生み出す以前に、再解釈した表現すらできません。テーラリングの世界は時間の経過が非常にゆっくりで、それもまた自分の性に合っていたんです。だからこそ、トップスピードで流行を作る仕事をしていることに違和感やズレを感じるようになってきたのだと思います。それで独立し、ゴダールを立ち上げました。タイユアタイ(同名ブランド創業者でありディレクターのフランコ・ミヌッチが手がける、フィレンツェの伝説的紳士洋品店)のようなザ・洋品店で、オーナー1人だけのこだわりが濃密に詰まった場所を作ろうと。ドーバーにいた自分へのカウンターかもしれません。ゴダールでは、ドレスのお店で扱われるようなメーカーのものを、モードの切り口だったり、ミック・ジャガーやブライアン・フェリーの着こなし、僕が学生の時分に聴いていたイギリスのプログレッシブ・ロックのスタイルから着想を得て仕立ててもらっています。どれも着崩しが前提のアイテムです。日本国内やフランス、イタリアの老舗メーカーやファクトリーと企画して、僕がこれまでに経験してきたデザイナーズのエッセンスを加えたオリジナルとして制作しています。精神的には学生時代に研究していた60年代から70年代の思想や学生運動といったカウンターカルチャーからの影響も多分に受け、当時の学生や文化人の着こなしもリファレンスになっています。自分なりのヨーロッパの解釈と、デザイナーズブランドの社会的メッセージ、そして日本の職人技術。理想のディテールをかき集めた無国籍なアイテムにどれも仕上がっています。年に数回まわってくるトランクショーや常時受けているパーソナルオーダーでは、自分でモノを選べる特別感や、待っている間の楽しみ、届いた時の喜びを体感してほしい。いつも行くバーのように、他言したくない自分の行きつけの店を持つ男性は魅力的じゃないですか」。

クラシックなアイテム好きを魅了するブランド、ユーゲンに別注したシャツ。ヴィンテージのドレスシャツに込められた技を忠実に再現し、ハンドメイドの味わいやエレガントさを詰め込んでいる。使用されている生地はカディと呼ばれる手紡ぎで、「カディはただの糸ではない。思想である」とガンジーが語ったほどに社会的メッセージが込められた背景を持つ一枚。
紳士服の究極は
テーラリングである
ものとしては無様でも
着るとかっこよければそれでいい

テーラリングの世界に行き着くまでの過程として、実にさまざまなファッション遍歴を歩んできた笹子。その知識と経験があるからこそ、テーラリングをただのクラシックとしてではなく、新しい切り口で解釈している。その上で彼が思う現代のファッションに必要なものとは?「圧倒的に色が足りていないことは事実です。例えばエルメスは、仕立てのいいジャケットにプラム色やマスタード色などのコットンのカラーパンツを合わせる提案を毎シーズン行っている。海外へ行くと、日本には入荷されていない色違いのものがたくさんありますよね。それなのに日本市場ではネイビーやグレー、ベージュしか見当たらないことが残念で。私たちは今、同調と途方もない情報にがんじがらめになって、情報先行の近眼状態にあります。『自由を着る。選んで始まる』は川久保が訴え続けるメッセージですが、これこそが答えなのだと思います。洋服に対するかっこいいと思う基準は、日本とヨーロッパだと決定的に違いがあります。日本人は、商品自体の価値や生産背景を気にします。でもヨーロッパの人たちは、吊るされている状態だと無様な見た目でも、着るとかっこよければそれでいい。高価なものでも自分で手を加えてしまうオリジナリティと、それを自分のものにしているかが重要なんです。ボタンが取れかけていたり、手を入れっぱなしでポケットが伸び切っていたり、そうやって着崩れていったときに、遠目から見てなんかかっこよければそれでいいんです。白シャツの襟汚れを気にしながら送る人生なんて惨めでしょう。僕もミーハーですし、デザイナーズブランドも好きですが、残る服はテーラリングなのではないでしょうか。仮にゴダールで誂えた服が手放されたとしても、ヴィンテージとして残っていってくれると嬉しい。古着屋にあるよくわからないタグのついたジャケットや、前オーナーが注文した変な仕様の服はとても魅力的です。ゴダールの服はそうなると信じて作っています」。

お店でしか味わえない
ハイになる感覚

確固たる美学のもとでクラシックやテーラードアイテムをネクストステージへと昇華させる笹子。彼の哲学が具現化した空間であるゴダールは、服だけでなく、家具や小物などあるもの全てに目を引き止められる。ネットショッピングの進化やコロナウィルスによる客足の大幅な減少がある中で、笹子は実店舗に何を求めるのか。「まず店名の由来は、フランス映画界で時代を築いたヌーヴェルバーグの旗手のひとり、ジャン=リュック・ゴダールと、イギリス英語で紳士洋品店の意味を持つハバダッシェリーという単語から名付けました。うちで扱う洋服に関して映画からの直接的な引用はありませんが、長いものに抗った時代の精神的影響は大きいです。
僕は10代後半にロンドンやパリを遊学していたのですが、当時通っていた専門店や洋品店の原風景が感じられる場所が今こそ必要だと再確認したのです。例えばシャルべでは、1つのアイテムに対してしつこいほどにさまざまな色のバリエーションが並んでいる。ネイビーだけでも何色あるのやら。それだけで視覚嗅覚といった五感と、第六感まで痺れてしまいます。お店の役割は、初見の感動を与えることと、エモさ、そして購買意欲に直接刺激を与えることに尽きます。そういうフィジカルな体験こそ、デジタル社会の希薄な情報や満足感に対するカウンターとして高い価値があると信じています」。テーラリングの新たな提案を武器に、ファッションに対するカウンターを続ける笹子とゴダールハバダッシェリー。生み出されるアイテムはクラシックでもあり、モードでもあるのだと気づかされた瞬間に価値観が大きく揺さぶられた。「月に一回アイテムが増えるかもわからないぐらい、ゆっくりひっそりと活動しています」と笹子は話すからこそ、次なるNew Classicな提案を一体いつ見せてくれるのかと期待に胸が膨らみ続ける。

ジャケットは90年代当時のハイテク生地として開発された起毛ピーチスキンのデッドストックを使用。ヨーロッパ的なクリーミーなグリーンのコットンパンツは、少しピーチ起毛がかったぬるっとした素材感だ。テックなジャケットと色で遊んだコットンパンツの組み合わせは、笹子がパリで体感した色使いの遊びをストレートに表現している。

1889年創業の老舗ベルトメーカー、レグロンにオーダーしているベルトは、日本ではなかなかお目にかかれないような多色使いが一際目を引く。ネクタイはニットタイのメッカであるイタリアのコモ地方にオーダーし、ニットタイを織る機械の限界幅8.5cmを超えた10cmという規格外の特注品。スカーフを巻くかのように締め、ラペルの太いジャケットと合わせることが望ましい。

「もうたまらないですね」と口にしながら生地見本を触る笹子。「ご近所のテーラーにもいろいろ教わっています。好きだと勝手に学びますよね。モードにしたければ現行の生地を、趣味に重きを置くならばデッドストックを使います。フランスのプレタポルテのようなロマンチックさと匿名性の美学を意識しています。そうやって昔ながらの職人たちに不真面目なものを作ってもらうことが肝なんです」。

ゴダールの定番としてファンの多いパンツ群。ビスポークテーラーのチッチオにオーダーした手縫の既製品や、エルメスで展開されていた乗馬用パンツや定番のカラーパンツをアイディアソースとしたカラフルなパンツが並ぶ。股上を深くし、サイズ感はジャストにすることが同店のこだわり。事実高価であるからこそ、裾を切りっぱなしにしたり、お酒をこぼしても気にせず穿き込む気概がほしいと笹子は話す。

ひと際思い入れが強いと笹子が語る、ゴダールのコマーシャルピースとして作られるスウェット。60~70年代のスプルースのラグランボディを中心としたヴィンテージスウェットを買い集め、染み込みのシルクスクリーンでプリントした完全一点もの。ゴダールの傑作『気狂いピエロ』のエンディングにも引用されているアルチュール・ランボーの詩『永遠』の一節を背面に載せているのも心憎い。

Godard Haberdashery
東京都渋谷区渋谷 2-2-3
@godard_haberdashery

Photo Asuka ItoInterview & Text Yutaro Okamoto

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