Emotion is everything. Kenny Scharf

アート史の生き証人 ケニー・シャーフの凱旋個展

ポップ・シュルレアリストという独自のテーマを掲げ、感情が爆発したかのような作品を生み出すアーティスト、ケニー・シャーフ。70年代後半からニューヨークでアンディ・ウォーホルやキース・ヘリング、ジャン=ミシェル・バスキアらと共に活躍し、“イースト・ヴィレッジ・アート・ムーブメント(グラフィティやコラージュ、ポップアートなどをメインとするムーブメント)”として現代も語り継がれる一時代の立役者の一人でもある。御年64歳となった今もなおエネルギッシュな活動を続けているケニーだが、この度草月会館とNANZUKA UNDERGROUNDの2箇所にて個展を同時開催することなった。アート史の生き証人でもあるケニーは、今何を思い、アートを行なっているのか?

ーまずは今回の展示テーマについて教えてください。

日本で開催する個展なので、大好きな日本の伝統的な芸術をバックグラウンドとして作品作りを行いました。NANZUKA UNDERGROUNDに展示している絵画作品に関しては、それぞれ3つのレイヤーからできています。1つ目のレイヤーには日本の書道をモチーフにして筆のストロークを描いてあります。その上の2つ目のレイヤーには、日本の新聞のヘッドライン(見出し)部分をシルクスクリーンにして刷っています。ヘッドラインは、「温暖化」や「原告」、「医療システム整備」などシリアスに注意しなければいけないものを意図的に選びました。そして一番上の3つ目のレイヤーには、満ち溢れる楽しみや喜びを具現化したオリジナルのキャラクターを描きました。これらのレイヤーが重なることで、現実世界そのものを表現したのです。人はみな幸せな人生を望んで生きています。でも現実には悲しいこともたくさん起こってしまうわけです。でもそれが人生であり、生き様になるのです。私は若い頃に多くの友人をエイズやドラッグで亡くしました。だから社会が向き合わなければならない問題には常に関心がありますし、それが制作のエネルギーにもなっているのです。

ー1981年に初めて発表した「Cosmic Cavern(使い古したおもちゃや家電、日用品などをネオン色に染めて空間を満たし、ブラックライトで照らすインスタレーション)」を今回の展示で日本初披露となりますが、この作品に関して教えてください。

私が人生でさまざまな驚きや発見を経験してきたように、Cosmic Cavernに足を踏み入れることで「ワォ!」と口にしてしまうような体験をしてもらいたいのです。非日常的なこの空間にいると迷子になったかのように自分自身を忘れてしまうような気持ちになるでしょう。でも落ち着いて部屋の細部を見てみると、この部屋にあるものは全て廃棄物で作られていることに気づくでしょう。私は70年代後半から廃棄物を使った作品作りをしてきました。廃棄物は私たちが社会で行ったことの結果であり、何が間違った行いかを考させるのです。この活動を通してプラスティックが環境へ与える悪影響を考えるようになりましたし、このインスタレーションを通じて見る人に環境問題に対する注意喚起もしているのです。作品を見る人に「環境にもっと気を使おう」とダイレクトにメッセージしたくはなくて、まずはアートとして喜びや楽しさ、愛、ファンタジーを感じてほしいのです。

ー1985年に草月会館が主催した「アートインアクション」展で、ご自身でペイントと改造を施したキャデラック「夢の車」も38年ぶりに公開されますよね。

夢の車は私の出身地であり車社会のロサンゼルスの影響と、アーティストとして活動の拠点にしているニューヨークのグラフィティカルチャーの融合です。84年ごろから車をペイントするアイディアを考え始め、友達の車にペイントしたり、知らない人の車に無料でペイントしてあげたりしていました。しばらくすると噂になり、スプレー缶を持った人たちが車で列を作るようにすらなりました。200台ほどの車にペイントしたと思います。私がペイントした200台もの車が街を走り、影響を広めたのです。私が育った60年代は、魚のようなヒレが付いたり、ロケットみたいになったりとクレイジーな車が多く走っていました。渋滞しているときには様々なスタイルの車を車窓から眺めて楽しんでいましたね。けどそれから時代が経つごとに車はシンプルなものが多くなっていきました。私にとってのデザインとは現実とファンタジーを合体させることなので、そういう意味でも夢の車は気に入っている作品です。
夢の車と同じように、受話器やプリンター、ラジオなどの家電にも私はペイントしていました。日用品がアートになっていれば、それを使うたびにワクワクしますし、憂鬱な月曜日すら素敵になると思いませんか?世の中にあるものは全てアートにできますし、簡単に世界をトランスフォームさせることができるのです。

ーそのアイディアがまさに、ケニーさんが生み出した「ポップ・シュルレアリスト」というアートですか?

私の作る作品は、どれも心を感じることができると思っています。潜在意識や夢、自然なチャンネルからシュルレアリズムを取り入れています。私は若い頃ををテレビがメディアとして発展した時代に過ごしました。そのためテレビで流れる漫画や広告といったポップカルチャーをモチーフにシュルレアリズムを取り入れたのです。
私にとってアートは“感情”です。自分自身に溢れる全ての感情に感謝しながら作品に落とし込んでいます。私がワクワクするアートは、何かを感じさせてくれるものです。ワクワクするということは、何か感情が生じているということなのです。だから私が生み出すキャラクターは、私の感情の具現化とも言えます。私はアニメやカートゥーンを観て育ったのですが、それらは見ただけで誰もが楽しめる世界共通言語だと思っています。色や感情をストーリーとして表現できる特殊な言語なのです。

ー作品がカラフルなことも感情表現の一つですか?

まさにそうです。それは科学的にも証明されていて、例えば赤は興奮作用がありますし、青は落ち着かせてくれます。お腹を空かせる色もあるとさえ言われていますからね。あと、逆色を組み合わせることも面白いと思っています。逆色の組み合わせは「意識」を生み出すのです。つまり白黒も感情に強く作用するということです。

ー70年代後半からアート界で活躍されていますが、現代のアートシーンをどう捉えていますか?

80年代ごろから大きなムーブメントの変化はないのかなと思います。私は当時からアート界にいますが、たとえば「次は抽象印象主義の作品を作ろう」とか、「次はダリだ」「アンディ・ウォーホルだ」というように明確なダイナミズムがあるわけではないのです。全てがゆるやかに繋がっていて、今や次があるのです。アートに限らず、ファッションやデザイン、音楽も全て同じです。ルールはないし、過去や未来さえも全て自由にミックスすればいいのです。

Photo PATRICK MCMULLEN

Photo Andy Warhol
ー「イースト・ヴィレッジ・アート・ムーブメント」が後世に与えた影響を客観的に振り返っていかがですか?

若い頃を謳歌した刺激的な時代でした。当時を生きた人は心から楽しんでいましたし、もっと広い世界にインパクトを与えていると知った時にはとても興奮しました。常に一緒にいたアンディ・ウォーホルやキース・ヘリングは当時から人気でしたが、バスキアも今や世界的にもアイコニックなヒーローになってるし、一友人としてとても誇りに思っています。
イースト・ヴィレッジ・アート・ムーブメントは私が名づけた「ファン・ギャラリー」に集まっていた人たちから起こったものです。ファン・ギャラリーからアート界で成功した人が多く出たのですが、その成功に憧れた人が続出し、気づけば周りには同じようなことをするギャラリーが300箇所ほどにも増えていましたよ。私が若かった頃はダリやアンディ・ウォーホルのようなアーティストになることなんて想像できない話で、アーティストととは生まれつき素質を持った人が自然となる存在だと思われていました。だからファン・ギャラリーの成功はアートの門戸を大衆に広げたとも言えます。

ー2020年にキム・ジョーンズ氏率いるDiorとコラボレーションされましたが、実現した経緯や、彼との仕事で印象深かったことがあれば教えてください。

大好きなコラボレーションの一つでした。彼は私の作品を熟知していて、リスペクトしてくれているのだと強く感じました。コラボレーションは両者のバランスを取ることが難しいですが、キム・ジョーンズと仕事をすることに対してはそのような不安は全くなかったですね。インスタグラムを通じて彼からアプローチしてくれたのですが、とても感謝していますし、リスペクトしています。

取材当日、NANZUKA UNDERGROUNDへ向かうと大音量のダンスミュージックをかけながらCosmic Cavernの制作を行なっているケニーがいた。年齢を感じさせてない機敏な動きと集中力にまず驚いたが、取材として席につくと、冷静に、しかし熱を帯びた回答を聞かせてくれた。「感情が全て」と彼は語ったが、取材の小一時間だけでも、彼がいかに自身の作品のようにエネルギーに溢れた多感な人なのかが伝わってきた。帰り際、「今回の来日でこんな面白い日本の音楽を見つけたんだ。知っているかい?」と見せてくれたのは、『Go-Go Group Sounds From Japan 1965-69』という60年代のガレージロックアルバムだった。現場にいた誰もそのアルバムを知らなかったが、だからこそどれだけケニーは新たな発見を日頃から探し、感情を震わせようとしているのかが伝わるエピソードとなった。

ケニー・シャーフ I’m Baaack

会期:2023年6月10日〜7月9日
会場:NANZUKA UNDERGROUND
住所:東京都渋谷区神宮前3-30-10
電話番号:03-5422-3877
開館時間:11:00〜19:00
休館日:月火
料金:無料

会期:2023年6月10日〜30日
会場:草月会館
住所:東京都目港区赤坂7-2-21
開館時間:11:00〜16:00 ※金土は〜17:00
休館日:日月
料金:無料

Photo Masato KawamuraInterview & Text Yutaro Okamoto 

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