Collection Review
2024年春夏コレクションにみる Comfort & Chic
今脚光を浴びている背景とは
昨年をピークに、上質でミニマル、タイムレスなデザインを好む志向が「富を誇示しない」という意の「クワイエット・ラグジュアリー」や「ステルス・ウェルス」というキーワードと共に脚光を浴びた。アメリカの人気ドラマ『メディア王~華麗なる一族~(原題:Succession)』(2018~23)の最終シーズンの放映をきっかけに、超富裕層という設定の登場人物たちが纏う高価でありながらシンプルでロゴがない衣装をはじめ、スキー中の衝突事故で訴えられたグウィネス・パルトロウの裁判中の装いやライオネル・リッチーの娘、ソフィアの派手だった10代の頃とは豹変した姿がその例とされた。ただ、こうした方向性を好む人々は常に一定数いるはずで、それをずっと貫いているブランドもあり、決して目新しいトレンドではない。フィービー・ファイロがセリーヌを手がけていた頃に言われた「エフォートレス」や故スティーヴ・ジョブズがその代表である「ノームコア」など、ファッションで富や信念を顕示せず自分自身の快適さを優先する姿勢は呼び名を変えてたびたび掘り起こされる。
では、なぜ今それが称賛されているのか。その理由の一つには、やはり新型コロナウイルスの感染拡大があるだろう。出歩くことを禁じられた日々では流行の服を取っ替え引っ替えすることに意味がなくなり、自らの心地良さや上質で長く愛用できるモノを重要視するようになった。やがてファッション・ウィークが活気を取り戻してきても、時代の空気を読み解くことに長けているデザイナーたちは、私たちがまだ未知との出会いに価値観を揺るがされることにあまり積極的ではないことを察知。着る人の快適さを第一に、見慣れたもののシルエットや素材にほんの少し変化を加え、意外性のあるスタイリングで新鮮な印象に見せる表現を続けている。
しかし、この「Comfort & Chic」という思想には注意せねばならない。服の力で自分を少しでも良く見せることが難しいため、「ロゴブーム」や「Y2K」といった正反対の波に押し戻されるのが常だからだ。安易に手を出せる代物ではない。自分はそれだけの人間力を備えているのか、ユニークな存在なのかどうか、見極める必要がある。
Relaxed Tailoring
リラックスムードのテーラリング
今季のテーラリングに従来の堅い印象は感じられない。ソフトな素材やゆったりとしたシルエット、肩の力を抜いたスタイリングが駆使されている。エルメスは夏のそよ風を思わせるムード。しなやかな素材を用い、足元にはサンダルを合わせている。ドリス ヴァン ノッテンもスーツにサンダル。ゆったりとしたシルエットに仕上げて透ける素材のシャツをインナーにし、「崩された、控えめなエレガンスの追求」を掲げた。ジル サンダーは大ぶりでボキシーなロング丈のジャケットによるスーツを展開。ベトナムへの旅に着想を得たルメールは暑さの中でも快適な通気性の良い素材を選び、軽やかなジャケットを発表している。
Everyday Dressing
日常着を再解釈
素材やシルエットを変えて日常着を新鮮に見せる手法は今季も。グッチの新クリエイティブ・ディレクター、サバト・デ・サルノはディテールにこだわったスウェットやニットなどを発表。「旅」をイメージしたボッテガ・ヴェネタに登場した学生風スタイルには上質なレザーにデニムをプリントしたパンツが用いられ、ロエベはジーンズを極端にハイウエストにするなど、日常着のディテールやシルエットを変更している。新生カルヴェンもブランド設立者マダム カルヴェンと同様「美しく、実用的な日常着」を提案。「Comfort & Chic」を貫くザ・ロウは上質な素材と卓越した職人技でカジュアルなスタイルを展開している。
Natural Color
心休まる中間色
まるでカフェラテのようなニュートラルカラーは、私たちの心を穏やかにしてくれる。メゾンの歴代のクリエイティブディレクター、イヴ・サン=ローランやジャンフランコ・フェレ、マルク・ボアンが生み出したシルエットを再解釈し、変容させたディオール、ブランドの価値観に近いという日本をテーマとしたロロ・ピアーナ、バナナ・リパブリックとのコラボアイテムも発表したピーター・ドゥなどで見られた。
Shorts
スポーティなショーツ
「トムボーイ」をテーマとしたセリーヌのウィメンズではツイードのジャケットにメンズのトランクスを思わせるショーツを合わせていた。特定の目的や機能性、イベントのために生み出された衣服を予想外の組み合わせによって再構築したミュウミュウではスイムウエアにフォーカス。自然体で心地よいムードを表現したフェラガモには太ももの高い位置でクロップしたショートパンツが登場した。
Refined Utility
実用的な服を洗練させる
ワークウエアが、ブランドの精神を反映した独自の表現に。プラダはメンズウエア全体を変容。目的と機能に異議を唱え、ポケットを装飾として用いている。サンローランのウィメンズは女性飛行士アメリア・イアハートやアドリエンヌ・ボーランをイメージしているが、あえて大ぶりのアクセサリーやスリングバックシューズで彩っている。フェンディはワークウエアのツールエプロンやパッチポケットを印象的に用いて職人の装いをエレガントに表現。アウトドアにフォーカスしたバーバリーやピーター・ドゥのデビューコレクションとなったヘルムート ラングではブランドの伝統にのっとった実用的なスタイルが提案された。
Text Itoi Kuriyama | Edit Aya Sato |