ART HANKAI MOECO YAMAZAKI

原始性と無意識 山﨑萌子

lonan(ルナン舟),2024. Taiwaneseink,Pigment Taiwanese banana, Musa Balbisiana, W1000 × H1500 mm
原始性と無意識

導かれる場所へ足を運び、制作を続ける山﨑萌子。彼女はその土地に自生する植物で紙を漉き、目の前に広がる世界を撮り、印刷する。人類が辿って来た道を遡るようにして制作を続ける山崎に、活動の話を聞いた。

「島に生きる馬を見たい、島草履が欲しいと思って、2021年に与那国島を訪れました。持ち主はいるけれど世話をされていない与那国馬は、野生のまま生まれ死に、菌の分解によってのみ朽ち、土に還っていく。そのような生き死にの一部始終を目の当たりにできるこの島は、私にとって特別な場所になりました。島の民具作家に、草を刈るところから島草履の作り方を習い、気づけば滞在は二週間になっていました。私も島の植物で何かを作りたいという思いが芽生えました。別の民具作家と話している時、東南アジア諸国では、草食動物の糞を用いて紙を漉く文化がある、という話になりました。ユーチューブで見つけたタイの紙漉き工房の作り方を参考にして、与那国馬の糞で紙を作りました。糞だけでは紙にはならなかったので、島に自生する植物の繊維も混ぜました。そうして漉いた紙に、島で撮った写真を印刷した作品が今の活動の原点です。
島の風や匂いを伝えるため、藍や泥、甲烏賊の墨などで繊維を染め、写真と支持体の親和性を高めています。場所が変われば素材は変わりますが、制作の軸は同じです」。

次回の個展は、台湾と与那国で制作した作品を展示する。「台湾と与那国は姉妹都市として四十年以上の交流があります。戦後しばらく、四百人程の台湾人が与那国に住んでいたそうです。顔つきや体つき、言葉や食習慣など、この二つの島には近い要素を感じます。今年の旧正月明けから一ヶ月ほど台湾を旅しました。与那国と最も近い距離にある花蓮市に、バナナ繊維の織物工房がありました。その工房に一週間ほど滞在し、バナナの繊維を採取しました。その台湾の繊維と与那国の糸芭蕉の繊維を混ぜ、台湾の手練りの墨で染め、紙を漉きました。今回の作品では、その紙に台湾と与那国で撮影した写真を印刷しました」。

左の作品は、台湾の太魯閣(タロコ)国立公園をトレッキングしていた時に撮影された。「ここ一年で、撮ろうと構えるのではなく、いつの間にかシャッターを切るようになりました。または、一度通り過ぎてから後ろ髪を引かれるように振り向く。現像してから、無意識に気づく。今回の展示のメインビジュアルも、そのようにして撮られた一葉です」。

島々で制作を続けていく過程で、山﨑は変化を感じ始めている。「伝統の根底には原始性が、意識の奥底には無意識があります。原始性や無意識に触れ、波紋を広げ、封じられたものに光を当てる時、生きている実感があります。台湾では、紙漉き職人に改めて型を叩き込まれました。繊維を叩きながら、こう考えました。私にとって繊維を叩くとは、己の固定観念を崩す過程そのものです。叩く、という技法を通じて、制作者としての己をほぐし、広げ、繋いでいます。フォーマットから抜け出し、かたちを剥ぎ落とす。制作を通じて世界に飛び込む。たゆたいながらも、波紋は広がっていきます。幼少期には触れ、感じていた、匂いや音。いつの間にか閉じられていた原始性や無意識を、制作で開いています。制作の場は、波紋のように広がっていきます。人類が辿って来た道を、無意識に遡るように。原始性に触れた制作は、私の生きた証となっています」。

7月3日からは日本橋三越本店コンテンポラリーギャラリーにて個展を開催する。この展示以降は、原始性を求めて、世界に制作の場、波紋を広げていく予定だ。

山﨑萌子
与那国島と東京を拠点に活動。沖縄の伝統的な琉球紙の技術を用いた平面・立体作品・インスタレーションの制作を通して、表現の可能性を追求する。主な展示に、「中」(SUKIMA GALLERY, 東京, 2023)、「三天」(HIRO OKAMOTO Art Gallery Tokyo, 2023)、「むすう」(PALI GALLERY, 宮古島, 2022)等。

山﨑萌子 Instagram
https://www.instagram.com/moecoyamazaki/

Edit Yutaro Okamoto

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