ART Die Wandlungen DAVID WEISS

セリーヌが認めた ダヴィッド・ヴァイスのドローイング

596 pages
210 x 297 mm
published by Edition Patrick Frey
失恋による心の穴を埋める連続したドローイング集

コロナウイルスによるパンデミックからの解放感もあってか、今季は海を題材としたコレクションやアイテムが様々なファッションブランドで多く見受けられた。その中でも、一際インパクトがあったのが、2023 SSのセリーヌ オムのウエアやバッグ、スケートボードに力強く描かれた波のドローイング。調べてみるとこれは、2012年に亡くなったスイス人アーティスト、ダヴィッド・ヴァイスが描いたものであった。ヴァイスは1980年から同じくスイス人のペーター・フィッシュリとアーティストデュオを組み、写真や映像、インスタレーションなどを通して日常の中にある事柄をユーモラスに表現してきた。だが、ピーター・フィッシュリと出会う1979年まではソロのアーティストとしてドローイング作品を生み出していた経歴がある。セリーヌ オムで使用された波のドローイングとも似たカバーが象徴的な本書「DIE WANDLUNGEN(変身)」は、彼が生み出したドローイングを596ページというかなりのボリュームで1冊にまとめたもの。1975年、当時付き合っていたガールフレンドにフラれたことをきっかけに、スイスはチューリッヒからイギリスのヨークシャーを経由してモロッコのマラケシュへと傷心旅行へと向かったヴァイス。そこで特定の何かを描くわけでもなく、失恋でぽっかりと空いてしまった心の穴を埋めるようにドローイングを描き続けたシリーズを収録したのが本書だ。ヴァイスの内面から湧き出るイメージを自然発生的に描き続けたこのドローイング集は、最初は円や四角といった単純な形から始まって、それがやがて徐々に形を変え、時には人、時には鳥や風景といったように変容していく作品をまとめたもの。ページの左上から始まって、上から下へ、一行ごとにイメージを変化させながらドローイングで埋め尽くすように描かれており、本書ではすべて白地に印刷されているが、実際は白い紙のほかにも様々な色の紙に描かれていたようだ。このように徐々に形を変えて、やがて別物になるというイメージは、映像でいうとモーフィングと呼ばれる手法と似ているが、それを約4年の間ドローイングで描き続けるという気力には驚かされる。ワンストーリーにおけるページ数は、少ないもので1ページから多いものでは37ページなど様々。下のストーリーはいずれも本書の13番目に掲載されている同一のものであるが、表紙にも採用されているように全ストーリーを通しても最も緻密に具体的に描かれており、最初はミミズのような生物から始まり、それが何者かによってちょん切られた所で、双頭の犬へと変化し、人の顔へと徐々に姿形を変え物語が進んでいく。やがて街に形を変え、街を覆いつくす波へとなっていく。波のドローイングに関しては見開きでインパクトが出るよう表現をされており、セリーヌ オムに使用された作品も同ストーリー内の1枚として収録されている。全シリーズを通して観ると、ファンタジー要素の強いもの、具体的で現実味のある物語など幅はあるが、どのストーリーにもおおよそ共通しているのは身体をナイフで切り裂いた裂け目から新しいモノが生まれたり、頭の穴から物語が始まったりと、自分の内面と向き合い、世界を探求したヴァイスによる自分自身との対話を記録したものといえる。4年にも及ぶ歳月をかけて描かれた作品群をまとめたページをペラペラとめくることで、作家の頭の中に触れられるような不思議な体験をもたらせてくれる本書。日本では知名度がそこまで高くはないが、セリーヌ オムのようなブランドがこうしたマニアックな作品をピックアップして使用することで世間に知ってもらえるのだから、ファッションの力には改めて驚かされるばかりだ。




ダヴィッド・ヴァイス
1980年よりペーター・フィッシュリと組みスイスを代表するアーティストデュオとして活動。
2010年には金沢21世紀美術館でアジア初となる展覧会も行う。2012年に他界。

Photo Taijun HiramotoEdit Takayasu Yamada

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