Think about the Future Cars
未来の車について考える 尾花大輔と神保匠吾の特別対談
Daisuke Obana Shogo Jimbo
未来の車について考える
未来のクルマと思われていた電気自動車は、テクノロジーが進化するにつれて今や現実のものとなった。益々便利な移動手段となりつつも、より多様になる選択肢を考えると、クルマは今こそ自身のスタイルを投影できる可能性を秘めているのではないだろうか。
現に私は、学生時代に乗っていたヴィンテージのBMWを電気自動車にコンバートして普段の移動手段として使っている。EVにカスタムしたのは、エコに対する意識がそうさせたのではなく、思い入れ深い愛車を復活させるべく、究極なカスタムを施したのが理由だ。もちろん長く乗り続けるためというのも一つの理由ではあるが、最大の理由は20代前半当時のプリミティブな感覚を今も失わずにいることが、最も大切ではないのかと自分なりのスタイルを貫いたと思っている。
さて、自分だけの話ではなく、もっと広い意味で、クルマの未来について理解を深めるべく、自身のスタイルと共にクルマを愛してやまないN.ハリウッドのデザイナー、尾花大輔に話を聞いた。ヴィンテージカーの印象が強い尾花ではあったが、意外にもテスラを所有しているという。どういった経緯でテスラを選んだのだろうか。
「クルマに限らず、古いものと未来を両方みたいという思いが強いんです。古いものを紐解く事が好きなのですが、古いものばかり見ていると、懐古的で発見の思考が薄れるというか。新しいものには違和感もあるし、アレルギーも出る。ただ、常にそういったことを受け入れられるマインドでありたいし、食わず嫌いになりなくない。なので、自ら誰も知らない新たなクルマに乗って、どれくらいの利便性があるのか伝えたくてテスラを選びました」。実際に、テスラを乗るようになってから新たな発見が多いと尾花はいう。そもそもイグニションスイッチさえ存在しないテスラは、ステレオタイプな既存の自動車メーカーのクルマ作りとは一線を画している。ダッシュボードには、細かなスイッチ類は存在せず、中央のタッチスクリーンで、ほぼすべての操作を行う。そういったこれまでのクルマを運転する際に当たり前と思っていたモーションを徹底的に排除したインターフェイスは、尾花の服作りにも大いに影響を与えているという。
そういう私も以前、テスラで数日間を過ごした時のことを思い返せば、初めは走行性能をチェックすべく、強烈な加速性能や航続距離などをあれこれ試してはいたのだが、次第にクルマの特性が分かってくると、オートパイロットと呼ばれる自動運転を想定した運転支援システムで、ほぼ毎日、走行している自分に驚かされた。今までであれば、どんな時でも、いかにしてドライブを楽しむかという感覚があったのだが、まるで牙を抜かれたかのようにテスラのオートパイロットにしっくり来ている自分に気づいたのだ。しかし、これこそが、どんなドライバーが運転しようとも安全に目的地まで移動ができる未来のモビリティ像として印象深く写ったのである。
勢いを増す
世界のEVシーン
世界に目を向けてみるとEVへのパラダイムシフトは勢いを増している。テスラをはじめ、シリコンバレーのテック系スタートアップからはじまったEVシーンは、中国勢のEVスタートアップも勢力を強め、今や世界のオートモーティブな勢力図は刻々と変わろうとしている。ここまでEVがリアルなモビリティとして認知されはじめたのは、いくかの理由がある。環境問題というのももちろんあるが、技術が実用レベルに達してきているのは大きいだろう。事実、尾花も話していたが、テスラの存在を知った時はまだ航続距離や充電インフラがいま一歩だったそうだが、現在尾花が乗るモデルXの満充電での航続距離は、500キロを優に超える。充電スポットについてもテスラ専用の急速充電器「スーパーチャージャー」も続々と増え続けている。そんな尾花からみて、今、ほかにも気になっているEVはあるのだろうか。「リヴィアン・オートモーティブが気になりますね。テスラと同じくシリコンバレー発のEVで、生産するプロセスまでもクリーンで無駄がなかったり。コンサバティブなデザインも好感が持てて、EVエントリーユーザーもサラッと入れそうです。ただ量産モデルが一向に発売されないですね。はやく日本でも発売してほしいです」。
同じカリフォルニアとはいっても、テック系のEVとは異なる動きもある。60年代のサーフカルチャーと共に生まれたメイヤーズマンクスの伝説のデューンバギーが60年ぶりにEVとしてニューモデルを発表。デザインを手掛けたのは、フォルクスワーゲン・ニュービートルやアウディ・TTのデザインでも知られる伝説的なカーデザイナー、フリーマン・トーマス。メイヤーズマンクスのCEOも務め、利便性を追い求めたテック系EVのあり方とは対照的に、ビーチや悪路を縦横無尽に走るべくして生まれた生粋のアドベンチャーヴィークルといえるだろう。2023年に50台限定のβ版プロトタイプが用意され、開発チームに選ばれたアーリーアダプターとのフィードバックをもとにプロダクションモデルが2024年に発売予定。このような開発プロセスは、デューンバギーを60年代に考案したブルース・メイヤーズの教えに習っているという。
EV以外の
選択肢について
テスラに感銘を受ける尾花ではあったが、今、ほかに気になるクルマを訊ねてみると、意外なクルマを挙げてくれた。水素燃料電池自動車の《トヨタ・MIRAI》だ。そして、水素を使って内燃機で直接エネルギーを発生させて走る次世代のクルマも開発中のトヨタ。どういったところに注目しているのだろう。「ハイブリットで卓越した技術を持つ自動車メーカーが、後発で電気自動車を作り出すことに、あまりピンと来ない思いがあり。バッテリーを生産すること自体に環境を汚染するおそれがあるようですし、むしろ環境と未来に向き合うなら、本来のクルマの楽しさと環境対策をクリアできる違うものを目指してほしい。それでいくと水素燃料は、彼らがすべき未来のクルマに思えるのです」。
尾花がいう水素燃料電池車への魅力は一理ある。コリアンブランドのヒョンデは、トヨタのほかに世界では珍しく燃料電池車の開発を進めているカーブランドだが、つい先日、NEXOという燃料電池車を試乗する機会を得た時のことだ。試乗コースは、勾配のきついワインディングロードだったのだが、しなやかなロールとレスポンスの良い走りは、目から鱗と言っても過言ではないほどの走りの良さだった。
これまでの話とは対極だが、尾花に聞いておかなくてはならないのは、ヴィンテージカーとの楽しみ方だろう。この何年か、尾花はクラシックポルシェに夢中だ。「テスラが完全なる移動手段ってことを考えると、ヴィンテージカーは、当然、メリット・デメリット、そしてオンリーワンな魅力や意味合いの良さを感じられます。特にスポーツカーは、サーキットなどでスポーツ走行をしないとその本質には触れられないと言われ、サーキットライセンスも取得しました。プロのレーシングドライバーにドライビングレッスンを受けると、その当時の走行性能と独特な挙動を導き出すこともできた上に、自分の手足の様に一体化していく喜びと感動も得られて。雰囲気で乗るのももちろん素敵だけど、スポーツカーを乗っている以上は、そのポテンシャルを知って乗ったほうが楽しいかと。思いや深み、そしてこれから先どうやって付き合っていこうかとか。そうやって旧車を楽しんでいますね」。
そもそもクルマに乗るという行為は、自由を感じる行為以外の何ものでもないと思う。もしもここにクルマがあれば、思い立った瞬間に何処かへ行くことができるし、さらに誰かを誘って無限に遠くへ行くことだってできる。都市部においては、公共交通の移動が便利でスマートのように思われがちだが、時刻表に沿ったダイヤが、もし遅延や運休になった瞬間、その移動がストップしてしまう脆さがある。
一方クルマでの移動は、所有せずとも、アプリを駆使したカーシェアリングの普及により、より便利になりつつある。登録したアプリを起動さえすれば、ドアを解錠でき無人で走り出すこともできる。さらにガソリン代さえ含まれたコストを知ってしまうと、クルマを所有する気にはなれなくなるだろう。
ただ、スタイルをもってクルマに乗るのであれば、意味合いが違ってくる。多様化するクルマの中、自分にあったクルマ選びは難しく感じるかもしれない。尾花も言っていたことだが、もっとクルマ選びのハードルを下げたほうがいいように思える。ただ単純にデザインに一目惚れしたクルマや、昔から憧れだったクルマなど、もしも手の届くプライスで存在するなら飛び込む価値は大いにあると思う。思い入れのあるクルマとの時間は、利便性を求めた移動とは印象が根本的に異なり、長く記憶に刻まれていく。
私の例はいささか極端かもしれないが、学生時代に70年代のBMWのデザインに惹かれ探しに探したあげくようやく見つけたのが、BMW初代3シリーズE21だ。実はボロボロの状態のまま7万円で手に入れた。しばらくそのままの状態で乗っていたが、社会人になっていつかレストアさせるべく、長らく友人宅などを転々としながら寝かせておいたのだ。それから10年以上の時間が経って、BMWE21はEVとなって蘇った。ただ、職業柄気になるクルマはほとんど運転できてしまうので、正直なところEVとなったBMWの走りにはさほど期待していなかった。だが、実際に電気自動車として生まれ変わったE21をドライブした時の鳥肌の立ちようは今も忘れられない。むしろ、その感動は今もドライブする度に続いているといっていいだろう。そんなことを思い出してみれば、BMWを手に入れた当初はここまでのストーリーや計画は微塵もなかったことだ。ところが気がつけばテクノロジーは発達し、電気自動車にカスタムすることさえ、現実となった。つまり、自分なりのブレないスタイルを持っていれば、愛車は未来のクルマにも成り得るのである。
神保匠吾オンラインモーターマガジン「DRIVETHRU(ドライブスルー)」ディレクター。ヴィンテージカーから最新モデルまで、グローバルな視点を交えて新たなモーターカルチャーを提案している。
https://drivethru.jp
尾花大輔N.HOOLYWOODのデザイナー。東京2020オリンピック聖火ランナーのユニフォームのデザイン監修も記憶に新しく、NYでのコレクション発表を続けるなど日本のファッション界を牽引し続ける人物。無類の車好きとしても知られる。
Photo Tomoaki Shimoyama Illustration Takuya Kamioka | Text Shogo Jimbo | Edit Shohei Kawamura |