THE THINGS ALTEC A5 SPEAKER
野村訓市がたどり着いた ヴィンテージオーディオの世界
新しいものがいいとは限らない
野村訓市
懐古趣味?とよく聞かれる、アナログ主義だとか。そんなことはないのだけれどね。iPhoneとかMacは最新のものに限るし、日用品にわざわざ古いものを買ったり使うこともない。けれど懐古趣味と聞かれるだけの理由があるのは理解してる。それはなぜかというと古くから作り続けられている定番ものという奴を愛用していたり、古いデザインのものをわりと使っているから。もうさ、ありとあらゆるデザインて出尽くしてるとは言わないけれど、見たこともないぞ!ってものをまず見かけることがないじゃないですか?例えば椅子とかね、座る機能をもったもの、軽くて壊れにくいもの、なんていう制約を踏まえた上でデザインするともうほぼやり尽くされているでしょ?そうするとそれをどうやって新しく見せるか?とかで余計な一手間を足しちゃったりするわけで。木でできたシンプルな椅子が欲しいなと思ったとき、完成系みたいなのはもう何十年前からあるじゃん!だったら余計なことした新しいものはいらない!みたいになっちゃうんですよ。服でも靴でもそう。だから古着というか、新品で買ったものが最早ビンテージといわれる年代物になっちゃったものを未だに身につけたりしてしまうのですよ。靴もね、進化かもしれませんが、もうデザインされ過ぎてたまに昆虫に見えたりするわけハイテクなものが。シンプルな服着て足元だけ昆虫とか嫌じゃないすか笑?そういうわけでなんとなく古いものというか、あまり形やデザインが変わってないものが好きなんですよ。そこに機能性とか必要ないしね。ところがiPhoneとか電気製品とかは違う。車もか。新しいものはより高性能になるわけで、使いやすかったり、できなかったことが可能になったりするわけで新しいものがいいに決まってるわけですよ。テレビにしても家電にしても。車はまぁ新しいデザインは大抵嫌いだから一概には言えんのですが、性能はもう断然新しいものがいい。だってほぼ自動で運転してくれたり、燃費がやたら良かったり、衝突防止とか付いてるんですよ。走らない、壊れる、ガソリンダダ漏れみたいな燃費、旧車を乗っていると自分は何をやってるんだろうと思ったりもします。まぁ実用品としてでなく趣味として車に乗るならそれでいいのだろうけどね。そんな電気製品の中で唯一新しいものより古いほうがいい!という学説、信念がまかり通るものがある。それが音響、HiFiの世界。新しい方がこれだけテクノロジーが発達したのだからいいに決まってるだろ、とは簡単に言えない奥深い世界があるのだ。そしてその奥深い沼に俺もハマってもう四半世紀になる。それまでの自分というのは世間での音響製品の発達と共に育つ、ごく普通の音楽キッズだった。最初はレコード、それがCDとなると「そうだよね、デジタルのほうがいいよね」となり、せっせとCDを買い集めた。それをカセットテープにダビングし、ウォークマンでどこでも聞いていた。それがCDウォークマンとなり、さらに小さいMDウォークマンにダビングしたりして、新しいヘッドホンを買い、世界中に持っていきながら聴いた。そんなときに古い音響にハマる人と知り合いになった。「クンイチくん、新しいものがいいんじゃない、古いものの方がいいんだよ」信じるものを持つ人のみが持ち得る強い眼差し、これは信者の目だ!音響の歴史、それは電話王グラハム·ベルに遡る。彼と電話の特許で争ったイライシャ·グレイが設立した会社がのちに他社と合弁して立ち上げられたのがウェスタン·エレクトリック。のちにAT&Tの配下で全米で使用される電話機を製造した会社だが、そここそ1920、30年代に映画館用や業務用の音響機器を設計、製造した業界の先駆けだった。個人ユーズを不可能にするリース形式で、一度契約するとリース代、修理代は延々とウェスタンに払い続けるスタイルで、当時の技術の粋を集め、最高品質の素材を用い、壊れにくく作られたこれらの機材は巨大で重いわけなのだが、音は素晴らしい。音とは周波数であり、それをどう鳴らすかでアナログ、デジタルと分けれるのだけれど、デジタルというのは音質を追求して大きくなってしまったアナログを小型化、量産しやすくさせるための技術がデジタル方式で、音を鳴らすということに関して根本的に違うわけではないというのが彼らアナログ派の言い分。ウェスタンから派生したアルテック·ランシング、そこからランシングが独立して始めたのが自身の名前ジェームス·B·ランシングの頭文字を取ったJBL。HiFi道にJBLから入ったものはその起源を遡り、アルテック、そしてウェスタンへと沼っていくのだ。なるほどねぇ、確かに言い分はわかる。そして実際に音を聴かされて、なるほどと俺は唸った。まるでボーカルが耳元で囁くように生々しく聴こえる、トランペットのこの艶やかな音はなんだ!俺はそこから古いHiFiを調べるようになった。周りにそんなのに興味がある奴はいない。なかなかに難しいリサーチとなったがそこで俺は世界最高峰にいかれた先生に出会った。ヴィンセント·ギャロ。2000年代初頭、日本でも絶大な人気を誇った映画監督にして俳優にしてミュージシャンにしてアーティスト。人に紹介されて彼のアート展とアート本制作にかかわることになって数ヶ月働いたのだけど、まぁそのときにHiFiについて叩き込まれたわけだ。ギャロは80年代からコツコツとウェスタンの機材を集めていて、世界有数のコレクターとして有名だった。音響雑誌にコラムまでもっていたくらいで(内容は他の批評家を罵倒したりするものでメチャクチャ面白い)、手紙を日本の店に送りつけてはパーツを買うようなマニアだった。実際にいろんなワケのわからない店に連れて行かれて、一見ゴミのような古い機材についてのレクチャーを受けた。そして当時ロスにあったギャロの家に連れて行ってもらった。ビンテージのギターが100本以上あるその家のリビングこそ、ギャロがワープレコードから出したアルバムを制作したホームスタジオで、全てがアナログのとんでもない部屋だった。 機材はすべてヴィンテージ、配線のコードも昔のウェスタン製の電話交換代のケーブルを巻き直したもの。そこでの経験が俺をHiFi沼へと引きずり込んだ。最新のシステムを否定する気はない。科学的にいえば今のものの方がいいだろう。クラブにいって最新のテクノを聴いて踊るなら、適切に調整された最新のシステムのほうがベース音もキックも頭だけでなく体の底から揺らしてくれるはずだ。けれど、もし自分がレコード時代の音楽が好きだとしたら話は変わってくる。それから俺は古いアルテックのスピーカーとアンプを手に入れ、昔の音楽を当時と同じセットアップで聴くようなった。「好きなアーティストたちが当時使っていた機材、また音源としてこれを世に出そうとアプルーバルを出すときに使ったスタジオ機材で音楽を聴く。それこそ彼らの音楽を聴く正しいやり方であり、その点においてアナログのHiFi機材やスタジオ機材は、最新のものより優れていると言えるのだ」。ギャロがかつて言ってた言葉。音楽機材だけは新しいものがいいとは限らないということを説明するとき、俺はいつもこの言葉を思い出す。なるほどって思うでしょ?本当かよ?そう思う人は是非古いシステムを持つバーにいって耳で確かめてほしい。自分が知っていたと思っていた音楽を聴く、という行為に違った驚きを与えてくれると思いますよ。
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団 Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、10年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。
Illustration T-zuan | 16:20 – 18:45 29th Nobember 2024 Tokyo |
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