Tatsuo Sunaga (Sunaga t experience) Talks about Music Bar
須永辰緒 (Sunaga t experience) に聞くミュージックバーの魅力
店主の個性がお店を支配する
アメリカで体感した
音とお酒の楽しみ方
クラブ黎明期からDJとして活動をはじめ、今では日本を代表するDJ / 音楽プロデューサーとして活躍する須永辰緒。30年近く営業を続ける〈Organ Bar (オルガンバー)〉のプロデュース、ソロプロジェクト「Sunaga t experiment」など、その活動は多岐に渡る。須永辰緒DJ40周年を記念するイベント「STE100」には日本を代表する様々なアーティストやDJが集まり、彼の音楽業界での信頼度の高さが窺える。そんな彼が考える良いミュージックバーとはなんなのか。取材を進めていくと彼が〈Organ Bar〉をプロデュースする前後のアメリカでの鮮烈な音楽体験を話してくれた。
「クラブよりディスコという名前が一般的だった当時、音楽は踊らせるためのもの、お酒は酔うためのものという認識でした。いい大人がプラカップで提供されるお酒を美味しく飲めるわけがないじゃないですか。そんな疑問を抱いていた当時、レコードの買い付けやDJとして行ったニューヨークのソーホーなどのホテルには大抵フリーラウンジが併設されていたんです。そこでは一流DJたちがジャズやソウルなど自分の好きな曲をかけ、お客さんも美味しいお酒を片手に音に揺れたり静かに楽しんだりしていた。当時の僕はそれに衝撃を受け、〈Organ Bar〉のテーマをラウンジにしたんです。優秀なDJの良い音楽とお酒を大人たちが自由に楽しめる空間にしようと。そうやって日本でも徐々に音楽とお酒を楽しむ文化が広がっていったと思います」。
クラブとミュージックバーの
決定的な違い
クラブDJとしてキャリアをスタートし、現在ミュージックバーでのセレクターも多数行っている須永。彼が考える両者の違いは何なのだろうか。
「決定的な違いはサウンドシステムなんでしょうね。クラブはデジタル、ミュージックバーはアナログセッティングになっている場合が多い。デジタルセッティングとはレコードやCD、MP3をかけてもそれなりの音が出るので扱いやすいと言えます。今のDJはデジタル音源がメイン。フォーマットも人それぞれなので、様々な音源への耐久力が必要になってきます。同じことをアナログセッティングで行うと音は潰れ「決定的な違いはサウンドシステムなんでしょうね。クラブはデジタル、ミュージックバーはアナログセッティングになっている場合が多い。デジタルセッティングとはレコードやCD、MP3をかけてもそれなりの音が出るので扱いやすいと言えます。今のDJはデジタル音源がメイン。フォーマットも人それぞれなので、様々な音源への耐久力が必要になってきます。同じことをアナログセッティングで行うと音は潰れてしまうし、元々の音量が低いから無理にイコライズさせるとアンプやDJミキサーに相当な負担がかかってしまう。ただ、アナログの方が音が良いわけでもないんです。音源を最も綺麗にアウトプットできるのはCDだと思います。レコードはDJ機材やアンプなどでデジタル変換される間に情報が交錯して音として出てくるんですよ。ただこの数値にできない曖昧な音がアナログの雰囲気を作っているとも言える。その曖昧な音を自分の技術でまとめていくのが、DJの醍醐味だとも思っています」。
ミュージックバーでは
リズムの呪縛から開放される
須永のDJと言えば、クラブジャズなどの踊れる生音を想像するが、ミュージックバーではどのようなセレクトを行うのだろうか。
「どちらも選曲でドラマを作るところは変わらないですが、ミュージックバーは踊らせるという足枷が外れ、BPMでの展開作りを考えなくてすみますね。その代わりブルージーなコードからメジャーセブンスにいってまた戻るとか、聴いていて息苦しさを感じないような配慮をするようにしています。また展開に飽きないよう、アンビエントからジャズ、バレアリックなどジャンルも現場の状況を見てアレンジするようにしています。良いミュージックバーはDJに緊張感があり、ある意味店主は警察官でいて欲しい。無法地帯になることなく店主がお店の秩序を守る。店主の個性が選曲と音響に表れる。だから全国にあるミュージックバーの中からご自身の趣味に合う雰囲気や音響のお店を探しに行ってみたら良いと思います」。
様々な視点から須永の考えるミュージックバーの良さを語ってもらったが、年明けには自身のミュージックバーをオープンさせるのだという。
「理由のひとつは〈Organ Bar〉で果たせなかったラウンジスタイルを突き詰めたいんです。その中でミュージックバーに行き着いた。またDJの為にかなりの数のレコードを買うのですが、アルバムの中でかけるのは1曲だったりと、聴いていない名曲が多すぎるので、趣味で聞くだけでなく仕事にしたくなったんです。今回は自分がお店を始めることも踏まえ、改めて色々なお店の良さを振り返る機会として選びました」。本誌で紹介したお店にもよく足を運ぶ須永だが今回はDJとして、そして新たにお店をオープンする1人として彼が考えるお薦めのお店を6つ紹介する。
須永辰緒
DJがまだ一般的ではなかった80年代から40年に渡り活動を続け、〈Organ Bar〉のプロデュース、ソロプロジェクト「Sunaga t experiment」の発足から数々のアーティストのプロデュースまで音楽に関わる様々な活動を行っている。レコードに対する情熱と深い知識から「レコード番長」と称されている。
SCUBA [幡ヶ谷]
DJ、プロデューサー、ミキシングエンジニア、Flower Records主宰として現在も多くの作品をリリースするなど、多彩な顔を持つ高宮永徹が19年に渡って幡ヶ谷で営む〈SCUBA(スキューバ)〉。須永とは30年来の親友であり、彼のソロプロジェクトSunaga t experienceを含め、100曲以上に関わってきた。店内にはアーニー・バーンズの直筆サインポスターからビリー・ジョエル、ドナルド・フェイゲンのジャケットなどが飾られ、幅広い音楽の趣味が反映されている。
「高宮くんの経歴もあり、音楽好き、DJから地元の人までが集まる店です。週末を中心にレコードDJが持ち込みで夜な夜な回していますね。僕もアニバーサリーの時などはDJもさせてもらうのですが、ミキサーにはオリジナルのUREI(ウーレイ)が使われていたりと、音楽を生業にする彼らしいこだわりも垣間見えます。近所ということもありよく行くお店なんですが、ここは居心地がとにかく良くて、いつもくつろぎすぎてしまう(笑)。お酒はもちろん、ご飯が美味しく長居ができる。高宮くんの人柄も相まって、誰でもアットホームに迎え入れてくれる良いお店です」。
ミュージックバーは少し緊張するお店のイメージがあるかもしれない。もちろん背伸びをして音楽を真剣に聴くのも良い経験だが、スキューバのように肩肘を張らずに美味しいお酒とご飯に舌鼓を打ちながら、リラックスして聴くことも、また違った音楽の良さを再発見できる機会になるだろう。
SCUBA
東京都渋谷区幡ヶ谷1-1-5 第一岩田ビル B1F 03-3376-2684
@scuba.hatagaya
BLOW UP [渋谷]
DJとしても活躍するレコードバイヤーのCHINTAMは、究極の和モノ・ディスクガイド本「和モノ AtoZ」を監修・執筆し、同タイトルは各レコード会社、またフランスのレーベルからレコード、CDにてシリーズでリリースするなど、生粋のレコードフリークだ。今回の撮影にあたりピックアップしてもらったレコードもヨーロッパから発売されたSADEの1986年に行われた中野サンプラザでのライブ音源など、マニアックな選盤が印象的だった。そんな彼が営む〈BLOW UP(ブロウ アップ)〉を須永は「飲めるレコード屋」と表現する。
「店主が元々レコード屋さんで、書籍やレコードを出すほどの和モノのスペシャリストというのもあってレコードがとにかく充実しています。その場で購入可能で、レコードを趣味程度に販売しているタイプのミュージックバーとは違い、ここはレコード屋さんにバーが併設されているイメー ジ。週末はゲストDJが入ってイベントもやっていたりと、自分としては理想的なお店の形のひとつです。レコード販売がメインということもあって盤の入れ替えが激しい。だからこそ定期的に訪れて確認する価値のあるお店です。いつも新しい盤が入っているか聞いて100枚ほどチェックさせてもらっているんですが、レコードについて色々と教えてもらえるのもこのお店の魅力のひとつですね。僕がいくらレコードをたくさん買っているとはいえ、レコード屋さんの知識には敵わないですから」。
誰にでもレコードを楽しんで欲しいという思いからレア盤は置かず、手頃な値段のものを中心に陳列しているところも嬉しいポイントだ。もちろんレコードだけでなく、店主こだわりのレモンサワーやカレーなども充実しており、レコードを肴に充実したバータイムを過ごすことができる。
BLOW UP
東京都渋谷区道玄坂1-15-3 プリメーラ道玄坂 106B 03-6416-1455
@blowuprecords
musicbar Rumba [銀座]
銀座といえば国内外のブランドから百貨店、有名レストランなどが軒を連ねる高級街。オーセンティックバーも数多く点在し、多くの人で賑わっているが、音楽のイメージはそこまで強くないのではないのだろうか。店主の清水は銀座のバーなどで修行を積む傍らDJとしても活動し、須永辰雄DJ40周年記念イベント「STE100」にも名を連ねるなど、その実力も折り紙つきだ。「銀座のバーって中々一人では行きづらいですよね。このお店も雑居ビルの一角にあって、ドアを開けるまで中がどうなっているかわからない。ドアを開けてみるとバーカウンターに数席とDJブースというシンプルな作りになっています。派手な部分はないけど、銀座にあるどんな有名なバーよりも僕はここの居心地が良いんです。店主は長く銀座のバーで働いていたこともあって振る舞いやお酒、接客がきっちりとしている。個人店ながらも銀座で飲んでいる緊張感も味わいながら、気軽にレコードを聴くことができる。しかもDJもするのでとにかく音楽に詳しいんです。彼に聴かせるために選んでいる曲もありますね。僕もここでDJをするときは、このお店の常連客に響かせようとか同じ曲は2度とかけないようにしようなど、条件を設けて自分を律しながらプレイするようにしています」。
銀座という街はきっかけがないと馴染みづらい印象もあるだろう。そんな中でも店主の清水はランDMCやパブリックエネミーなどヒップホップから音楽の興味を深め、ジャンルを超えた夜の香りのする音楽に傾倒するなど銀座らしからぬストリート的な音楽遍歴が面白い。足を運びづらい銀座も、きっかけとなるお店を1店舗見つければ通いやすい街へ変わっていくだろう。
musicbar Rumba
東京都中央区銀座8-2-8 高坂ビル 2F
@musicbar_rumba
MUSIC BAR berkana [恵比寿]
本誌でも紹介の通り、恵比寿といえば数多くのお店が存在する現在ミュージックバーのメッカと言える場所だろう。数々の名店が軒を連ねるこのエリアで客足が途切れないミュージックバーのひとつが恵比寿ガーデンプレイス内に店を構える、〈berkana (ベルカナ)〉だ。大きなガラス戸と窓を構え、入りづらさを感じさせない作りは、ミュージックバーとしては珍しい。
「ガーデンプレイスという場所柄に加え、中がしっかりと見えるオープンな作りなので、ミュージックバーにも関わらずお客さんを選ばない間口の広さが魅力的だと思います。若い方や女性、ミュージックバーに慣れていない方でも入りやすく、レコードを聞きながらお酒を飲むという新しい遊び方を知るきっかけになるお店です。バーテンダーの技術や接客もしっかりしていて、とにかくお酒の種類が多い。僕はいつもスコッチばかり飲んでしまうのですが、ショートカクテルの注文が多いらしく、バーとしてもしっかりと楽しめるお店です。かかっている音楽も難解なものではなく、誰もが聴きやすい選曲を行っているので、ミュージックバーに慣れていない人には特におすすめしたいお店です」。
店主曰くミュージックバー以上に普通のバーとして楽しんでもらいたいとのこと。400種類以上のお酒は圧巻だが、スピーカーにはTannoy(タンノイ)、アンプにはMcIntosh(マッキントッシュ)、ミキサーにはE&Sが使用されるなど、サウンドシステムへのこだわりも強く感じる。優しい 音色が特徴のタンノイは会話の邪魔にならず、常に人が絶えないベルカナらしいチョイスだ。お酒はマティーニやマンハッタンなどのショートカクテルがおすすめ。一人でも長居しやすい店内で、様々なお酒を楽しみつつミュージックバーでの過ごし方を知るきっかけとなって欲しい。
MUSIC BAR berkana
東京都目黒区三田1-13-4 恵比寿ガーデンプレイス ブリックエンド 03-6277-3786
@musicbarberkana
BAR B-10 [恵比寿]
本誌P28~41でも紹介している恵比寿で最も有名なミュージックバー、〈BAR MARTHA(バー・マーサ)〉の前身である〈BAR TRACK(バー・トラック)〉出身の奥がオーナーを務める〈B-10(ビー・テン)〉。新譜、旧譜に拘らず幅広い音楽をかける同店は、ジャズに留まらずYELLOW MAGIC ORCHESTRAやD.A.N.など日本の楽曲も多くかかるのが特徴だ。過去に同店を訪れた須永はその選曲に驚きを隠せなかったという。「友人の紹介で連れて行ってもらったんですが、かかる曲が全くわからないんです。あんなにSHAZAM(シャザム)をしたお店は生まれて初めてでした。それも自分が普段聴いたり、DJで使う音楽ジャンルと全く違うわけでもない。似たジャンルなのに聴いたことがない。同じジャズでもクラブを主戦場としている僕は、リズムのある曲から離れられない部分がある。ただ、〈B-10〉の選曲は僕らとは全く違った基準でセレクトをしていました。邦楽から洋楽まで幅広く1曲ずつ選曲していて、2000枚はあるレコードも充実している。これがミュージックバーのセレクトなのかと、とても勉強になりました」。
〈B-10〉ではUS製からドイツ、スウェーデン製まで音の響きが違うモノラルスピーカー3 種を使用し、曲の相性によって切り替えているという。ステレオスピーカーと違い、一つのスピーカーから音がでるモノラルスピーカーは前に音を押し出す力が強く、より迫力のある音作りが可能。さらに前面に集中して音が出るので、スピーカーに向かい合っているバーカウンターのどの場所でも同じ音を聞くことができるという。音作りだけでなく、お酒作りにもこだわる奥は、お酒のみを楽しむバーのために、より旨味の強いレモンサワーを自家製で作っているという、舌と耳でいつも味わうことのできない非日常体験を提供してくれる。
BAR B-10
東京都渋谷区恵比寿南2-1-2 新堀ギタービル 3F 03-6412-8109
barb-10.info
Photo Takafumi Uchiyama | Interview & Text Katsuya Kondo |