Special Places in Fukuoka

九州カルチャーの玄関口 福岡発の個性豊かな店と店主

交通網の発達で移動が日々スムースになる現代だが、インターネットの普及によって全国各地のものを家にいながら手に入れることもできてしまう。だからこそ、わざわざ店を訪れるためには何かしらの理由やストーリーが必要だ。この企画では、30年近く福岡を拠点として活動するフジトのディレクター藤戸剛が、「その場所にしかない。そして店主に会いに行きたくなる」ことをテーマとして日頃から足を運んでいる福岡の店を紹介してくれた。

Directors [Fukuoka]

フジトのフルラインナップが揃う
福岡コミュニティの中心地
ディレクターズ

福岡に着いたらまず訪れたいのが、アパレルブランド、フジトの旗艦店ディレクターズだ。“シンプルかつ実用的であること”をテーマとし、国内はもとよりパリ、ロンドン、ニューヨークなど世界中にコアなファンを抱える。フィレンツェの伝説的サルトリア、リベラーノ&リベラーノもフジトの服に惚れ込み、直々のオファーのもとコラボレートしたデニムも生み出している。福岡から世界を相手にするフジト。そのディレクターである藤戸は、なぜこの地を拠点とし続けるのか?

「街の規模感やものづくりをする人の密度が僕にとってはベストなんです。人は優しいし、飯は安くて美味い。ラテン気質な部分もあり、そういうトータルバランスが国内だとダントツだと思っています。飛行機も便利で、東京だけでなくヨーロッパやアメリカにも行きやすい。僕自身は長崎県出身なのですが、気づけばもう30年近く福岡を拠点にしています」。

生まれた場所に関わらず、趣味や仕事によって居心地の良い場所は人それぞれ。展示会などで世界中を渡り歩いた上でも、福岡がベストだと藤戸は話す。そうやってこの地にこだわって活動してきたからこそ、今では実に幅広いコミュニティができてきたようだ。

「もっと多様な層にも洋服を通してメッセージを伝えていきたいので、セカンドラインとしてFUJITO SKATE BOARDING (以下FSB)を立ち上げました。FSBをプラットフォームとして、福岡や九州で活動するアーティストや作家の作品を洋服に落とし込んでコラボレーションしています。他には、福岡発の雑貨メーカー・ハイタイドと一緒に靴下を作り、同級生で今はプロダクトデザイナーとして活躍する二俣公一に昔デザインしてもらったスツールが好評で、東京ベースのファニチャーレーベルE&Yにアップデートしていただいたり。そうしてできてきた繋がりを活かし、九州内で活動するブランドやクリエイターを中心とする80近い団体を巻き込んだthoughtという展示会を2014年から主催しています。今では九州以外からも出店希望の声が上がるぐらい盛り上がっています」。

ディレクターズの店舗は福岡の中心地からは離れた場所にある。だがそれは、わざわざこの店を目当てにしたお客さんに来てもらいたいからこそ。フジトの服を始めとした厳選されたアイテムに触れ、改めて藤戸に福岡の魅力的な場所を教えてもらうのもいいだろう。

福岡県福岡市中央区警固3-4-3 1F
092-733-3997
@fujito_fukuoka

foucault [Fukuoka]

八百屋のような工芸店
工藝風向

福岡市の護国神社のすぐ近く、繁華街の喧騒から離れた並木通りにあるのが工芸店の「工藝風向」。まずは同店のインスタグラムアカウント「foucault」を調べてほしい。取り扱っている工芸品を実際に日常生活で使っている様子が投稿されている。生活で使う道具として、そして日々の中にある美としてわかりやすくまとめれられている。「工芸店としての一つの答えがここにある」と藤戸を唸らせるのがこの工藝風向であり、店主の高木崇雄だ。

「九州や沖縄を中心に、なるべく若い作家の作品を扱っています。どれも実際に作家のもとを訪れ、言葉を交わし、作品を自分の目で見た上で選んでいます。要は八百屋さんみたいなものです。焼き物は窯から出た段階が抜群に鮮度が良い。その状態を確かめた上で、年10回ほどの個展を開催し、常設としても店頭に加えていくんです。30cmの大根を売ってくれと言われると難しいけど、一番美味しそうな5本なら売れますよと。まだまだ未完成の状態だとしても、昔の定番ではなく同世代の良いものを作っている人と共に歩んでいきたいんです。柳宗悦たちが民藝運動を始めたときは、世間に対して『こっちの方がいいだろ』と最先端のカウンターカルチャーをぶつけていたはず。ですが今では形骸化されてしまったところもある。そんな埃を払い落として、まだまだ面白いものがありますよってことを発信していきたいんです(高木)」。

取材で訪れた時には、作家の仁城逸景による漆器の個展が行われていた。写真左は漆を塗りたての状態、写真右が実際に2年近く使用したもの。艶が出て木地が透けているのは、日々丁寧に使い込んだことで現れてきた美しさだ。

「毎日使うことで、漆の塗りってこれぐらい変わるんですよ。漆器って正月ぐらいにしか使わないデリケートなものだと思われがちですが、むしろ毎日使っていく方が面白いし、少し湿り気があるぐらいが器にもいい。そういうものを生活に取り入れ、日常にふとした瞬間に喜びを感じてもらえると嬉しいです。焼いただけの野菜であっても、器がいいと割と満足もできる。作家さんのことを連想すると寂しさも和らぎます。大量にものを持つ必要はありませんが、年に1枚か2枚でもお皿を買い、それを10年積み重ねるという楽しみ方がいいのではないでしょうか(高木)」。

その時々の新鮮な工芸品が並んでいるからこそ、必要な時に工藝風向を訪れて店主の高木に話を聞く。それこそがこの店で買い物をする醍醐味ではないだろうか。

福岡県福岡市中央区赤坂 2-6-27
092-716-5173
@foucault

ALSO MOONSTAR [Fukuoka]

ストーリーある内装が光る
ムーンスター初の直営店
オルソームーンスター

「内装と商品のバランスが福岡で一番いいお店」と藤戸が紹介してくれたのが、シューズメーカームーンスターの直営店「ALSO MOONSTAR」だ。ムーンスターといえば、スニーカーから革靴、そして医療用シューズまで実に幅広いラインナップと高い支持を得る1873年創業の老舗。そんな歴史あるメーカーが初の直営店をオープンさせたのが2020年だというから驚きだ。

基本は卸専門で販売していたが、直接お客さんとコミュニケーションを取れる場としてプロジェクトはスタート。福岡市街地から少し離れ、住宅が建ち並び始めるエリアを選んだのは「通りすがりではなく、わざわざ目的としたお客さんに来てもらいたい」という思いがあるから。ムーンスターが持つ技術力によって実現できるヴァルカナイズド製法で作られたスニーカーをはじめとし、久留米の工場で作られた商品を中心としたアイテムが店舗には並ぶ。その精神を受け継ぎ、「靴の製造にかかる惜しみない手間を共有した店づくり」がコンセプトとして掲げられた。久留米出身の建築家下川徹による設計のもと、特別な素材を用いることはせず、昔からの製法を続ける大工や庭師、左官屋が九州中から集まって建設されたお店だ。

中でもフィッティングスペースに詰まったこだわりは半端ではない。日本建築最高峰とも評される京都の桂離宮でも使われている“あられこぼし”という技法を用い、角の取れた石をパズルのように敷き詰めてヨーロッパの石畳のように自然にエイジングした地面を再現しているのだ(写真右上)。さらに若干の傾斜をつけることで、実際に外を歩いているかのような試着が可能に。ここまで贅沢で満足度の高い靴の試着はなかなかできない。一般的な店舗内装は2~3週間で仕上がるが、ALSO MOONSTARは6ヶ月かかったということもうなずける仕上がりだ。

そのほかにも、ヒールパッチを使った値札やソールをかたどった棚、倉庫で出荷作業をするときのレールや加工前のゴムの塊を什器とするなど、全てにムーンスターの靴との関連性やストーリーが詰まっている。商品への愛をここまで注いだ店は類を見ない。取材時には老若男女問わないお客さんがそれぞれが気に入った靴を試着しており、改めてムーンスター支持の広さを実感した。


福岡県福岡市中央区薬院3-11-22
092-401-0781
@also_moonstar

Are You Different [Fukuoka]

博物館のような古着屋
アー ユー ディファレント

福岡の中でも随一の繁華街、天神。このエリアを歩くと実に多くの洋服屋があると気づく。気になる店は多いのに、見て回る時間が足りないのが観光客の悩みだ。そんな中でも必ず訪れるべきだと藤戸が教えてくれた古着屋が「Are You Different」。「古くからの付き合いがある藤戸さんの紹介なら」ということで、オーナーの荻野が取材に応えてくれた。

「和物の刺し子やアジアの織物など民族的なヴィンテージアイテムが好きで集めています。買い付けとしてはアメリカやヨーロッパだけでなく、中国の山奥に行くことも多いです。例えば刺し子だと、明治時代や江戸時代のものを地方の蔵出しへ掘り出しに行きます。藍染めの色味やクタッとした質感、綺麗に手で補修してあるディテールなどがたまらないんです。北海道へ買い付けに行ったアイヌの古い着物は人気で、店に置くとすぐ売り切れてしまいますね。そういったマニアックなアイテムを求めて全国からデザイナーの人が訪ねてきたり、アーティストの衣装として貸し出すことも多いです。僕自身は古くて無骨なものが好きですが、ないものは作ればいいというスタンスで。ウエストオーバーオールズのチノパンにコラボして絵を描いたり、The Lettersという東京のブランドと靴も作ったりしています」。

どれも貴重な服やアクセサリーが揃い、実際に自らも着るという荻野。だが彼の話を聞いているとそれはごく自然なことだとうなずける。「このお店は3年目ぐらいなのですが、ほかに古着屋を2店と、僕自身が元々美容師なので美容院も運営しています。美容院には盆栽を植えて茶室を作り、畳の上で正座してお茶の陶器でカラー剤を混ぜる謎の演出をしたり(笑)。あとは『HABANA』という名義で四つ打ちトランスバンドをしています。僕はボーカルに加え、アボリジニの伝統楽器ディジュリドゥを演奏します。その音楽性もあってか、私服は古着とハイブランドをミックスしてモードにすることが多いですね。でもこの店は服で勝負したいので、BGMはかけずに無音にしています」。強烈な個性と揺るぎない美学を持つ荻野。臆することなくその世界観を体感しに行ってほしい。


福岡県福岡市中央区大名 1-10-18
092-753-9510
@are_you_different

Ulotamlo Publishing [Itoshima]
Ulotamlo [Fukuoka]

偶然のアートとの出会い
虚屯出版 虚屯

福岡県最西部の糸島市。福岡市から車で30分ほどの位置にあり、透き通った海と砂浜、『百年の森』と称される標高600メートルの森があるなど自然の豊さが魅力的なエリアだ。近年ではベッドタウンとして移住者も多いこの糸島市に、新たなアートブックストアがオープンしたと藤戸が教えてくれた。

その名は『虚屯出版(うろたむろしゅっぱん)』。不思議な店名で謎に包まれたこの書店は一体何なのか?同店を仕掛けた福岡のクリエイティブカンパニー・カラクリワークスのプロデューサー濱門に話を聞いた。「ことの発端としては、福岡県にはアートスクールがない状況を打開したいという思いからで。アートになかなか馴染みがないから、アーティストが育ちにくい。だったら本をきっかけにアートに触れる機会を作ろうと考えたんです。地元の子供たちでも手に取りやすいハードルの低い本から、Supremeの元ネタとなったバーバラ・クルーガーの本、ダン・フレイヴィンやもの派ようなマニアックな専門書までをグラデーションのように揃えています。そうやって徐々にアートに興味を持ってもらえれば、10年後には糸島がアートの街になる可能性だってある。田舎にあるからこそ、出会うはずもなかったドナルド・ジャッドの本を地元の子供が手に取る偶然から何かが生まれるかもしれないですよね。

そうやってアートの民主化をしていきたいんです。それは遠方から糸島を訪れる人にとっても同じで。まさかこんな場所にという発見から、新たな出会いとなる本を揃えています。福岡市内には虚屯という名前のイベントスペースも運営していて、若手アーティストの作品発表の場として個展を定期的に開催しています。虚(うろ)は大きな木の窪んだ穴のこと、そこに屯(たむろ)するという意味を込めた造語です。無名な作家であっても、作品が良ければ展示する。そうやって福岡から文化を発信していきたいんです」。

アートの民主化という濱門が掲げるビジョン。それを実現するために動き出したブックストアとイベントスペースに行けば、きっと新たなアートとの出会いが待っているだろう。

虚屯での展示風景。写真上は斎藤悠奈の個展「うつわの方程式」(Photo Azusa Kunimatsu)。写真下はソー・ソウエンによるパフォーマンス「We will sea」。プロデューサー濱門の琴線に触れた若手作家の展示が不定期で開催される。

虚屯出版
福岡県糸島市前原中央 3-2-14 MAEBARU BOOK STACKS 2F
092-332-8844

虚屯
福岡県福岡市中央区平尾 3-17-13
@ulotamlo

Tsudoi [Fukuoka]

シメなのに
一番濃い麺酒場
つどい

食の宝庫、福岡。屋台の数に関しては日本最多の150軒以上が福岡市内に軒を連ねる。驚きなのは、24時間営業や早朝オープンのラーメン屋まである事実。それほど麺文化に馴染みの強い福岡では、おつまみとお酒、そしてシメのラーメンまでを1軒で楽しめる麺居酒屋というスタイルの店も多い。困ることのない福岡の食事情。その中でも異彩を放ち、地元だけでなく全国にもコアなファンを抱えるのが「つどい」だ。

夜の匂いと書かれた怪しげ光を放つ提灯。店内に入ると長いカウンターが続き、そこで料理をするオーナーのギュウさんが出迎えてくれる。席につきドリンクメニューを見ると飛び込んでくるのが、「夜の匂い」や「夜の帝王」という文字。「夜の匂いは5種類のお酒を調合したカクテルです。これだけを何杯も飲むお客さんも多いですね」と彼は話す。好みのドリンクを注文し、茹で落花生などの小皿をつまむ。そうして一息ついてから頼むのが看板メニューの麺料理だ。もちろんどれも不思議なネーミングで、「汁ありのアレ」「汁なしのアレ」「ソレ」など想像もつかないラインナップ。「有名カップラーメンのオマージュとオリジナルメニューを出しています。でも化学調味料は一切使わず、福岡市内で人気のラーメン屋はなもこしに3種類製麺してもらってメニューごとに使い分けています。しばらく出していなかったあさりそばも復活して、昔から通ってくれているお客さんは懐かしんでくれますね(ギュウさん)」。

料理からだけでも伝わるつどいの独創性。だがこの店の最大の魅力はオーナーのギュウさんだと藤戸は話す。「ギュウちゃんとは学生時代からの仲で。何回かつどいは移転しているのですが、どの店も彼の世界観が全開で多くのファンが来ていました。今の店舗はまだ落ち着いた雰囲気ですが、店の面白さは健在ですね。福岡を拠点に活動するクリエイティブスタジオ“ONAIR”を主催するイラストレーターのノンチェリーくんと心SHOPという物販を店の入り口でしたりと、今の福岡の空気感がしっかりと加わっています。ギュウちゃん自身は80、90年代やオーセンティックなカルチャーが好きなのですが、最新の流行りなどもマニアックにリサーチしていて。そんなギュウちゃんの人柄や情報網に惹かれた人たちが全国から夜な夜な集まるんです」。

福岡県福岡市博多区住吉 5-20-3
@bigopai

Select Go Fujito Photo Asuka ItoInterview & Text Yutaro Okamoto

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