Products for Feelin’ Good by Yataro Matsuura
海外の文化を差し込める アウトドアチェア 松浦弥太郎

細いアルミフレームを畳んで、傘のようにくるりと巻いた生地を紐で止めると一本のステッキのようになる。イギリス生まれの折りたたみ椅子、ガダバウトチェアだ。「アウトドア好きの間ではちょっとした定番。アメリカ製のローンチェアはさらに有名ですが、ガダバウトチェアは意外と知られていないんですよね」と松浦は話す。少し前にキャンプブームがあったが、この椅子の名前を聞いたことのない人は多いのではないだろうか。だが、アウトドア好きの一部には長く愛されてきた“旅する椅子”である。
ガダバウトという言葉には、“ぶらぶら旅をする人”といった意味があるという。晴れた日に杖のように椅子を持って家を出て、公園の好きな場所でひと休みする。そんなイギリスの休日の光景が、この椅子の背景にはある。
松浦がこのガダバウトチェアを手に入れたのは30年ほど前。場所は青山と西麻布の間、青山墓地脇の道沿いにかつて存在した伝説的なアウトドアショップ“スポーツトレイン”で出会ったという。日本においてのアウトドアショップの先駆けと言われ、通称“スポトレ”。アメリカやヨーロッパの上質な道具を輸入していた店で、若い頃の松浦にとっても、そこは外国のライフスタイルの入り口だった。
「ガダバウトチェアは雑誌で見て、ずっと憧れていたんです。スポーツトレインがほぼ輸入元みたいな感じで、思い切って買いました。確か2万円台くらいだったかな……。それを今でも使っているんですよ」。
ガダバウトチェアの歴史をたどると、ベビーカー作りから始まったメーカーに行き着く。航空機分野のエンジニアが培ったノウハウを生かし、軽さと強度、力のかかり方まで計算して生まれた構造。決して雰囲気だけの「それっぽい」椅子ではない。アルミフレームはわずかにカーブし、単なる直線の集合にはなっていない。そこにストライプ柄のファブリックが吊られ、座ると身体を包み込むように沈み込む。
「一見タイトだし、イギリス人の大柄な人はどう座るんだろうって思うくらいなんだけど、ハンモックの様に、“座ることで完成される”感じがあるんですよね」。

カラーは赤・青・緑の3色が存在するが、松浦がとくに気に入っているのは、赤と青のコンビだという。2脚を並べたときの色のバランス、キャンバス地のストライプ。どこか英国的な上品さと、70〜80年代のアウトドアギアらしい素朴さが同居している。
車に積んでおいて出かけた先で広げたり、テラスに常備してコーヒーを飲んだり、本を読んだり。松浦の暮らしのなかでは、“非日常のギア”というより“日常の道具”として働いている。
「うちのテラスにもいつも出ていますよ。日本だと公園でシートを敷いて地べたに座る文化が強いけど、椅子を持っていくのって、やっぱりちょっといいんですよね。なんか、日常の中に外国の感じが差し込まれるというか」。
松浦の憧れは「キャンプ」よりも「外で暮らす」という感覚に近いという。野宿をしたり、公園で一日を過ごしたり。ハンモックや、ほとんど使わないナイフまでも、“カルチャー”として集めてきた。椅子もまた、その延長線上にある。

多くの椅子を所有し、クラフトマンによる家具も愛用してきた松浦だが、それでもガダバウトチェアは特別だ。
「これはね、本当に“用の美”なんですよ。デザインから入ったというより、座り心地と軽さと持ち運びやすさを突き詰めたら、この形になった。結果として、後ろから見たときのX字のフレームとか、ハンモックみたいなシルエットがすごくきれいです。外で使うものだから、シートがほつれてきたりもしますが、そこは直しながら付き合っていける。壊れるところが限られているのも、いい道具の条件ですよね」。
高級家具ではない。ヴィンテージ市場でも、まだそこまで“値段のつく椅子”ではない。それでも、1本のガダバウトチェアを持って外に出るとき、少しだけ世界が違って見える。
ステッキのように細長いその椅子は、持ち主の「どこかへ行きたい」という気持ちを、静かに後押ししてくれる。旅をしない日常にも、小さな“放浪”の気配を与えてくれる道具なのだ。
松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。
| Photo Kengo Shimizu | Interview & Text Takayasu Yamada |












