Product for Feelin Good by Yataro Matsuura Martin 00-21 NY 1964
松浦弥太郎の新連載 日々の暮らしを豊かにするプロダクト
より人間らしい生活のために
松浦弥太郎
「私たちは日々、電磁波と電波に囲まれて仕事や生活をしています。だからこそ普段から僕は、いわゆるアンプラグドな生活というものを意識して日々を送っています。自分のプライベートな時間の中で、ランニングをしたり、読書をしたり、植物を育てたりというふうな、非常に人間的な体験を心がけているんです。その中でもとりわけ、僕にとってギターというものはとても大きい存在でして。毎日ランニングをするのと同じように、ギターを弾くことによって、自分の生活が非常に整っているなと感じていますし、自分にとっての心地よい暮らしを作る上でのひとつのツールになっている。僕が暮らしの中で毎日ギターを弾くようになったのは、35歳くらいから。アメリカのナッシュビルに行った時に、中古ギター屋さんでこのMartin 00-21NYに出会いました。それから僕は一途に00-21NYを毎日欠かさず弾き続けている。弾くのは決まって、仕事が終わり、夜の食事をしてからの時間などの、プライベートな時間。夜はパソコンを開いたり、スマホをみたり、ゲームをしたり、CDなどのデジタル的な音楽を聴いたりしないので、自分が聴きたい音楽があったら自分で弾くことが多いんです。オフの時間では、できるだけデジタルガジェットは遠ざけるようにしているんですよね。基本的に家の中で弾くわけですから、あまり大きな音は必要ありません00-21NYはグランドコンサートサイズと呼ばれるもので、サイズとしては非常に小さい。アルペジオやスリーフィンガーなどの指弾きのためのギターで、家の中で大きな音を出すのではなくて、つまびくように弾くのが好きなので、このグランドコンサートサイズのギターは僕の生活にフィットしました。音楽は一般的にはすごく受動的であると思っています。あるものから選んで聞くというように。でも楽器を弾ければ違ってきます。自分の身体全体でそれを感じながら、音を出し、メロディを奏で、五感すべてを使ってそれらを感じ取ることができる。これは非常に人間的だなと思うわけです。この体験というものは、日々の暮らしの中でなかなかありそうでないもの。日常の中で僕たちはさまざまな便利なものに囲まれていて、自分が何もしなくても欲求が果たされるしまうようにテクノロジーが進化していっています。人間的な体験を心がけているのは、そこに対する自分の中でのある種のアンチテーゼでもあるというか。要するに自分が自由でいるひとときが、日々の暮らしを豊かにするためには必要だということ。ギターを弾いている間は、何にも縛られず自由に生きている心地がするんです。同じ曲を弾いていても毎日上手に弾けるとも限らない。そうした上手に弾けないという体験も、プログラミング社会から一線を画した非常に必要な体験ですよね。コードを忘れてしまって何も弾けない日もあるし、反面プロのようにすごく上手に弾ける日もある。毎日違った自分に出会える。自分を見つめ直すきっかけにもなるそういった習慣こそが、日常の中で僕にとって非常に豊かで充実した時間であると思えるんです」。
松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。
Photo Kengo Shimizu | Edit & Text Shohei Kawamura |