Product for Feelin Good by Yataro Matsuura

作家から職人へ 日常使いのための漆器作り

日々の暮らしを豊かにするプロダクト
合鹿椀 角偉三郎
漆器を味わう毎日とは
松浦弥太郎

「普段から漆器を使うことに暮らしの豊かさを感じます。古来、日本人は焼き物や陶器以前に木の器を使って食事をしてきました。たとえば、漆器の生産が盛んな石川県の輪島や長野県の木曽平沢などを訪ねると、地域の皆さんは漆器をあたりまえのように使って食事をしている。そういった日本古来の食文化やライフスタイルに触れ、漆器を30年ほど前から使い続けています。集めているのは角偉三郎さんという漆器職人の漆器です。角さんはもともと作家として数多くの展覧会で人気を博すような漆作家でした。ところが40歳くらいを転機に、作家活動をやめて、職人としての漆器作りに徹するようになりました。職人としての漆器とは何か。それは、アートではなく、あくまで日常使いのための道具ということです。65歳で亡くなられているのですが、40歳からの25年もの間、日常的に使える漆の器を作り続けていました。いち職人として、日々の暮らしに役に立つ器を作るというスタンスに、僕は非常に感銘を受けて、それから角偉三郎さんのお椀や器が好きになっていったんです。今回選んだのは、合鹿椀(ごうろくわん)というものです。これは石川県の合鹿地方で古くから作られている漆器で、床にお椀を置いた状態でも食事がしやすいよう、高台が高くなってるんです。例えば修行僧など、このお椀ひとつでも床に置いても食事が出来る様に工夫が施されたのだと思います。これが実に使いやすくて、炊きたてのご飯を食べてもすごくおいしいし、煮物やお味噌汁、スープなど、日常的に使える万能の器だと思います。ひとつは僕が使っているもので、もうひとつは少し小さめで女性が使う仕様になってますが、これがわが家では定番の器ですね。この器があることによって、すごくシンプルで、簡素な料理であっても、たとえ一杯の白いご飯だけでも、とても豊かな気持ちで食事が出来るといつも感じます。また、漆器というのは手入れが必須です。漆は陶器や焼き物に比べると表面が柔らかいから、なるべく長時間水につけないようにするということや、洗剤を使わないなど、手を使って、より丁寧に洗わなければなりません。洗い終わったら自然に乾かすのではなく、しっかりと布巾で水気をきれいに拭きとる。そのような器への心遣いが、より漆を長持ちさせる秘訣になります。そうするといつの間にか、食事をした後に、すぐに漆器を手入れをするという事が習慣になっていく。普段使いの食器でもこういった一つ一つの手入れが必要であるという事が、自分の生活を豊かな気持ちにさせてくれるんです。当然ながら10年、20年使っていれば、漆に傷がつくでしょう。そのときは漆塗りに修理に出せば良い。修理に出せばまたきれいに元に戻る。そういう風に、本当に良いものを、長く使っていくことが大切です。角偉三郎さんの合鹿椀は、彼にとっての代表作。これがひとつあれば、本当にご飯でもスープでも煮物でも炒め物でもサラダでも、なんでも使える万能のお椀。これからも僕の暮らしには無くてはならない大切なものです」。


「角偉三郎さんの漆器は、黒の深い色味と朱の美しさがすばらしい。使っていて毎日感動します。木をくり抜いて作る木地のフォルムのデザイン的な美しさも魅力。合鹿椀は、万能の器ということもあり、これこそ用の美であり日本の美。漆が生み出す侘び寂びであると思っています。」

松浦弥太郎
東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業の顧問も行う。

Photo Taijun HiramotoEdit Shohei Kawamura

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