Interview with Stephen Kenn (Interior Designer)

過去を知ることで生まれる 未来を生きるためのヒント

スティーブン・ケン
カナダで生まれ育ち、ロサンゼルスに2004年に移住。バッグブランドの立ち上げを経て、2011年に現在の家具ブランド、Stephen Kennをはじめる。現在は家具やインテリアのデザイン・制作に加え、ヴィンテージから着想を得た洋服作りも精力的に行っている。
stephenkenn.com
@stephenkenn
ロサンゼルス的ライフスタイルが支える
インテリアデザインへの思考と情熱
ヴィンテージへのリスペクト

アートディストリクトやファッションディストリクトにほど近い倉庫街にデザインスタジオを構えているのがスティーブン・ケンという人物。彼はロサンゼルスを拠点として活動するインテリア、家具デザイナーだ。スチール製の溶接フレームに、ヴィンテージの生地を組み合わせた「The Inheritance Collection」と呼ばれる家具シリーズが彼のアイコニックな作品でもある。今は移転してしまっているが、日本ではデウス エクス マキナ原宿店に彼のソファが採用されていた。今回の取材はTrack Furnitureのロサンゼルスのショールームでの取材に訪れたところ、偶然彼に出会ったこと がきっかけ。同じ建物内にある彼のデザインスタジオへと案内をしてもらい実現した。彼のスタジオへと足を踏み入れると、大きな窓ガラスから降り注ぐ陽の光の中に 置かれた、アイコニックな彼の代表作が目 に飛び込んできた。空間と調和したモダン な世界観を構築しているのが印象的だ。「2004年にロサンゼルスへ移住した際には、もともとヴィンテージのミリタリー生地やレザーを再利用することに重点を置いたTemple Bagsというバッグのブランドを手掛けていました。でも自分の中でもっと大きなものをデザインしたいと考え、 2011年からヴィンテージ素材への同じ情熱を、家具やインテリアにも注ぐことにしたんです。現在は妻のベックス・オッパーマンと共に家具・インテリアのブランド、 Stephen Kennを経営しています」。彼のデザイン哲学の中心には、常にヴィンテージに対するリスペクトがある。その時々に見出したヴィンテージの素材やプロダクトをインスピレーションに、今の自身の考えやロサンゼルスのムードを含ませて提案している作品が多いのが特徴だ。「自分にとっての家具制作のテーマは常に変化し進化していますが、いくつかの核となる原則には非常に忠実です。私は聖書で言うところの救済の物語が好きで、捨てられたり、時代遅れとされたものをもう一度見直し、新しいデザインとして取り入れることが重要であると考えているんです。でもアウトプットの方法は、常にフレッシュで、新しい方法を考えなければいけないと思っています。そうすることで新旧の要素をうまく取り入れることができるし、サプライヤーや職人、ブランドと新しい関係を築けるのです。常にシンプルな方法でものを作り、時間の経過とともに良い風合いを持つ素材を使用する方法について考えますが、そうした思考のプロセスには今やインターネットは欠かせない存在でもあります。ただ時と場合によっては、私たちはソーシャルメディアやインターネットによって影響を受け過ぎてしまうこともありますよね。だから1日の終わりに、ひとりきりで思考に向き合う時間を持つことも重要なんです。私はデザインを思考するプロセスの一環として、日々の生活に瞑想の時間を取り入れるようにしています」。

ベッドスペースの脇にある階段を登ると、メディテーションルームへと辿り着く。部屋は子供がやっと立つ事ができるほどの天井高と必要最低限の自然光、照明によって構成される。床は柔らかいカーペット仕様になっており、裸足でも心地よい。中央に見える石で製作されたオブジェにはその時々にチョイスしたインセンスを置いてリラックス効果をより高めるのだという。

スタジオの一角には日本のイタニアスレティクスが制作をしたトレーニング器具が置かれている。空間には意外にも日本にまつわるプロダクトが多い。「トラックファニチャーのオーナーである黄瀬徳彦からイタニアスレティクスを紹介してもらいました。ここまで美しいトレーニング器具を目にすることは滅多にないので、スタジオを訪れる人々と日本人の美に対するセンスについてよく話しています」とスティーブン。
自分自身を見つめる時間のために

現代社会の圧倒的な情報量に助けられる部分はありつつ、時には少し身を引いて、思考の時間を設けることも大切だと語るスティーブン。そんな話を聞きながらアトリエを見回すと、気になる空間があった。それがベッドスペースの脇の2階へと続く階段の先の部屋。ただその2階の部屋の入り口は大人の身長半分ほどという非常に小さい作りになっているのだ。「これは瞑想をするためのメディテーションルームです。普段から私はこの部屋を使うことが多く、非常に気に入っているスペースでもあります。使用の用途はさまざまで、10分ほど本を読むこともあれば、静かに考え事をして過ごしたり、友人を招いてより親密な会話をしたりすることもあります。頭が混乱したり、やらなければいけないタスクが多くなってきた時には、一度この部屋に入って呼吸を置いて自分の考えをリセットするんです」。実際にメディテーションルームへ入ってみると、必要最低限の光と低い天井で構成された空間に居心地の良さを感じたと同時に、日々の日常の中に瞑想という自分自身を見つめ直す時間を設ける発想の豊かさはとてもロサンゼルス的なライフスタイルの感覚なのではないかと考える。「瞑想のためのスペースと時間はもっと多くの人に必要だと考えています。そしてその環境は神聖なものであるべきなんです。メディテーションルームにいる時は、まるで古い教会を訪れているのと同じような神聖な感覚になります。自分自身に瞑想という時間の贈り物をすることで、目の前のビジョンがすっきりとクリアになる。生活の中に瞑想の時間を作るのはとても難しいのですが、だからこそ、そこに価値があるんです。一度メディテーションルームに入ると、日常を生きるための栄養が脳に直接与えられている気がして、一日中ここにいたいと思ってしまうんです。しかし、私たちは生き続け、働き続け、周りの世界に貢献しなければなりません。それがすごくジレンマなんです(笑)」。

スタジオ内に点在してレイアウトされているボロ。日本の文化や歴史が詰まった生地として、近年ではファッションブランドからも注目されるようになっているが、ヴィンテージへのリスペクトを哲学に掲げるスティーブンのスタジオにもやはり存在していた。
瞑想を通じて共有する価値観

アトリエの空間の要素にも、随所に彼のヴィンテージに対するリスペクトが見て取れる。それは日本のボロが空間の随所に取り入れられていることからも分かる。縫い合わされ代々使われ続けてきたボロはスティーブン自身とてもリスペクトできるものなのであるという。「私は身につけたり、作品に取り入れたりすることができるヴィンテージのプロダクトを見つけることが大好きなんです。毎日未来に向かって進んでいる私たちにとって過去のものを参照できるようなヴィンテージがあるのは素晴らしいことではないでしょうか。それは自分自身を見つめることと同じです。過去を知ることで、未来を生きるヒントが生まれるんです」。スティーブンにとってのヴィンテージプロダクトへのリスペクトは、瞑想と同じ考え方に紐づいているのかもしれない。人生という長い時間の中で、過去の文化やものから学び、それを未来への指針として活かすことの重要性を認識すること。そして瞑想を通じて自分自身を見つめ、内省することで、過去の知恵や経験から新たなインスピレーションを得て今に繋げること。スティーブンのクリエイティブやものづくりの哲学、情熱の背景には、ロサンゼルス的なライフスタイルによって支えられた確固たる信条があった。


スティーブンの作り出す家具を見て興味を持ち、購入を考えている人には、実際に宿泊できるスペースとしてこのスタジオを貸し出しているそう。生活に必要な設備はベッドはもちろん、キッチンスペースなども備わっている。とても優雅な時間が過ごせそうだ。
Photo Shunya AraiCoordinate Megumi YamanoEdit & Text Shohei Kawamura

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