Cinematik Saloon [梶井町・京都]

箱を鳴らすことで生まれる 空間の演出芸術

大阪時代からの相棒だというJBL製のスピーカー。15年以上に渡って使い続けられ、このスピーカーを中心にほかシステムの構築、そして空間選びを行なっている。

3500万人。この数字は2024年の予想訪日外国人旅行者数だ。実に日本人口の1/3に近い数字だが、数年ぶりに訪れた京都ではこの数字を実感することとなった。世界各国から人々が押し寄せ、日本人よりも外国人が多いのではないかと思うほど、多国籍な場所へと変貌していた。そんな鮨詰め状態の京都中心街から車でおよそ20分。観光客の姿は減り、地元民の生活感が漂う上京区河原町のビル 地下1階に〈Cinematik Saloon(シネマチックサルーン)〉はひっそりと店を構えていた。「機械室」と書かれた簡素なドアは、この店を目的に来なければ気付くことはできないだろう。だが、観光地から離れたこの場所と、営業スタイルが重要なのだと、オーナーのJUNIAは語ってくれた。

情報を制限して
創造の余白を残す

「元々大阪で営んでいた〈Cinematik Saloon〉を京都に移転したのが2016年。当時は三条で営業していて、22席からなる大きなコの字型カウンタースタイルでした。海外の方々も含め、毎日ひっきりなしにお客様がいらっしゃる状態だったんです。充実した日々ではあるものの疲れ切って眠る毎日と繁華街の情報の多さに疲れ、限界を感じ始めていた時にコロナ禍となり、思い切って移転を決めました」。安定した人気を手放してまで移転を決めたJUNIA。今の場所を選んだ理由はなんだったのだろうか。
「まずはミュージックバーという形態上、ある程度音が出せる地下店舗であること、そして何より繁華街から離れることによって受動的に入り込んでくる情報を制限できること、その両方を叶えた場所が必要でした。情報が多すぎると、自分の周波数を合わせづらくなってしまい、何かをクリエイションする余白も持てなくなってしまうんです。今はお店の創造と共に静原という里山暮らしにも慣れて、自然の循環と余白を楽しみながら理想へ一歩ずつ近づき、大阪時代の自分が見たら羨ましくなる生活でしょうね」。

アイソレーター、DJミキサーにはBOZAK(ボザーク)を使用。通常DJに使用されるロータリーミキサーはUREI(ウーレイ)が一般的だと言われているが、ハウスやテクノではなく、生音を頻繁にかける〈Cinematik Saloon〉ではBOZAKの方が、より一つ一つの音を表現しやすいのだという。カートリッジもモノラルとステレオ、2種の針を使うことにより表現の幅を広げている。
※アイソレーター 高音、中音、低音を分けて音質を調整できるもの。イコライザーと似た機能を持つが、各音域の音を完全にカットすることができる。
「空間を鳴らす」
という感覚

〈Cinematik Saloon〉のインスタグラムを見ているとJUNIAは自身のことを「空間演出選曲家」と表現している。聞き慣れない言葉だが、そこには彼の音作りへのポリシーが込められていた。

「昔はクラブDJもやっていました。レコードの生音を中心に選曲していたのですが、それに限界を感じたのが2000年代に入ってから。CD、PCとデジタルDJが増えてくるとサウンドシステムがデジタル音源に合わせて変わっていき、自分の出したい音がクラブでは出せなくなっていったので、クラブDJから離れ、自分のお店のサウンドシステムを探求していくようになりました。音作りには様々な要素がありますが、まず大切なのが音質と音量。やはり良い音質でないと音量は出せない。逆に音質が良ければ音量が大きくても会話の邪魔にならないんです。うちのお店では音量が大きいのに会話できると驚かれたことがあります。」〈Cinematik Saloon〉で驚きだったのが、音の解像度がとても高い事だ。複数の楽器は互いに干渉せず粒立ちよく聞こえ、ギターのスライド音、ボーカルの吐息など、曲の中に、こんな音があったのかと気付かせてくれる。音作りについて話を進めるうちにミュージックバーの持つ音の個性についても語ってくれた。

Top カウンター正面にはJUNIAも大好きだというラムが並ぶ。他にもカルヴァドスやメスカル、テキーラなどラテン圏のお酒が豊富。大抵のお客様はストレートで本来の味を楽しむという。
Bottom Left ラムの中でも、ロンサカパは特に思い入れが深く、独自で樽熟成している。「ラム界のコニャック」と言われるほどフルーティーな味わいと樽の香りでよりまろやかな味わいになる。横にいるのはお店のアイドル、セロニアスとディジー。
Bottom Right ラムと並んで品揃えが多いメスカルは、伝統的なメキシコのひょうたんを2つに割ったヒカラという器と共に味わうことができる。

「音源の魅力をしっかりと理解することが大事なんです。この店ではBozakのアイソレーターを使っていて、原曲の良さをこのサウンドシステムでフラットに引き出すにはどうしたら良いかを考えながら、曲によって音域を調整しています。アイソレーターを使うことによってボーカルを歌わせたり、ピアノを少し抑えたりと曲の良さをイメージに近づけることができるんです。元々大阪で出会ったJBLのスピーカーを使い続け、そこから試行錯誤を繰り返しながら今のセットアップに辿り着きましたが、極論を言えば音作りに最も大切なのは空間なんです。どれだけサウンドシステムが良くても天井が低くて音が回らなければシアタースピーカーを使っても意味がない。だから物件を見るときには天井裏を覗いてどこまで音が抜けるのかを確認するようにしています。音は決して耳だけではなく、体全体で聴くもの。だからこそ反響を含めて、空間の中でどうやって音が巡るのかを考えながら、空間選びやシステム、選曲も考えなければならない。この店ではジャズやブルースフィーリングな曲を流すことが多いんです。もちろんその日の雰囲気に合わせて音数の多い曲をかけたりもしますが、なるべく隙間のある音数の少ない音楽をかけるようにしています。それはお酒と会話を楽しむにはその方が相性が良いから。スピーカーから出る音だけではなく、空間にどのようにして音と曲を響かせるかが、そのお店の個性なんだと思います」。比較的大きな音量で曲がかかる〈Cinematik Saloon〉だが、長時間いても疲れは感じない。それはこの空間にどんな音質でどんな曲をかけるべきなのか、その最適解を知っているからなのだろう。ミュージックバーの魅力は普段の生活ではできない経験ができることだと語るJUNIA。彼の作り出す空間に身を預け、音楽とお酒の演出を優雅に楽しみたい。

Cinematik Saloon
京都府京都市上京区河原町通今出川下る梶井町447-14 プランタンビル B1F
075-741-8685 ※要電話予約
@cinematiksaloon

AUDIO DATA
MAIN SPEAKER : JBL 4530BK model (2225H) / JBL 4560BKS(E130/3110/3106) / JBL 2445J / FOSTEX M251+HA51
MAIN AMPLIFIER : CROWN D-75A×4 , D-45×2
SUB SPEAKER : JBL L88 NOVA (初期型 アルニコ 123A-1 +LE20-1)
SUB AMPLIFIER : MUSICAL FIDELITY A1
DJ MIXER : BOZAK AR-6
ISOLATER : BOZAK ISO-X
PEAK VU METER : FURMAN VU-40
CARTRIDGE : DENON DL-102 (MC 型) / NAGAOKA DJ- 03HD(MM 型)
TURNTABLE : Technics SL-1200 シリーズ ×2
PA MIXER : Allen & Heath MIXWIZARD WZ3 14:4:2

ESSENTIAL MUSIC
Cinametik Saloonを象徴する10曲
01 Thelonious Monk [‘Round Midnight]
02 Ruby Braff [Stardust]
03 Duke Ellington and his orchestra featuring Mahalia Jackson [Part IV (Come Sunday)]
04 Abdullah Ibrahim [Blue Bolero]
05 Ralph Towner [Danny Boy]
06 Stefano Bollani featuring Caetano Veloso [Michelangelo Antonioni]
07 mama!milk [Kujaku]
08 k.d.lang [Hallelujah]
09 Marcelo Camelo [Téo e a Gaivota]
10 Kodama and the dub station band [ひまわり]

Photo Naoto UsamiInterview & Text Katsuya Kondo

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