Cactus Store

LAならではのプランツカルチャー

植物細胞をモチーフにした巨大な緑壁は、多種多様な植物に囲まれて、インスタレーションのような空間を作り上げている。アーティストのSofía Londoñoによるもの。
全ての植物にはストーリーがある
そして我々もまたそうである
カリフォルニアで最も注目される
多肉植物のクリエイティブ集団

LAからほど近く、アトウォーターヴィレッジにあるCACTUS STORE(カクタスストア。ホットカクタスの愛称で親しまれている)のスタジオに招かれた。ウォルト・ディズニーが眠るグラッセルパークの傍らにそれはある。初めて降り立つ場所であっても、目的地がどこかは植物が教えてくれる。細かなアドレスを確認するまでもなく、Uberを降りてあたりを見回せば、巨大な枝振りのBombaxが、柵の向こうで枝を伸ばしている。ここで間違いない。コールを入れると、無骨なスチールガレージをガラガラと押し開けて、リーダーのカルロスが現れた。数年ぶり、東京以来のハグをかわし、一通りお互いの近況を交わすと、やはりというべきか、話題は早々に植物のことになるのだった。ガレージ脇の通路を進んで、小さなドアを開けると、世界中のありとあらゆる場所から集められた植物が、元倉庫の屋根の下で栽培管理されている。殺風景な外観から見れば、これだけのグリーンが、こんな街中に隠されているとは、誰も想像しないだろう。太陽が入るように、天井をクリアな天板に差し替えたその場所は、高さも5mはあるだろうか。金毛の花座をつけた長大な柱サボテンも、悠々と育っている。小指の先ほどの小さなサボテンから、節状に積み重なる巨大な柱サボテンまで、その幅広さは、そのままカクタスストアの活動の多様性を見ているようだ。さまざまな話に花を咲かせながら、植物がひしめく通路を進むと、ふいに、鮮烈に目に飛び込んでくるものがあった。緑の宇宙に巻き込まれるようなタイルウォール。不規則で不揃いな一枚一枚のタイルが、不思議なパターンを描いて、有機的な景色として統一されている。これは、アーティストのSofía Londoño(ソフィア・ロンドーノ)によるもので、彼女はカクタスストアの中心メンバーであるカルロスのパートナーでもある。顕微鏡で覗いたミクロな植物細胞の中には、葉緑体や様々な細胞小器官が、原形質流動という細胞の流れとして漂っている。その様子をモチーフに製作したものだという。様々な植物に囲まれて、見上げたこの巨大な植物細胞は、見事というほかなかった。これまでもカクタスストアは、さまざまなプロダクトを手がけてきたが、近年では、こうしたアーキテクチャー、造園設計にも力を入れており某ミュージシャンの私邸からハイブランドのショウウィンドウディスプレイまでその活動は多岐に渡る。

現在カクタスストアは、3人の創業者と、10人のスタッフでチームとして動いている。数多くの多肉植物/サボテンの自生地写真と共に、探検家Woody Minnich(ウッディ・ミニク)や、John Lavranos(ジョン・ラブラノス)など海外の多肉植物界のレジェンド達のインタビューを掲載した本、“XEROPHILE(ゼロフィル)”は、日本でも高く評価され、邦訳もされている。多肉植物/サボテンというモチーフをデザインに落とし込んだTシャツ群は、世界中の愛好家達が積み上げてきた、尊いギークカルチャーを、ファッションカルチャーのメインストリームに直結しようとする試みである。植物愛好家達によって積み上げられた歴史を読み開き、その1ページ、1ページをアパレルに表現し成功している。そのウィットあるデザインと色彩感は、まさにLAという感じなのである。過去にドーバー ストリート マーケット ニューヨークや、オンラインセラミックスとも協業しており、今後の展開にも目が離せない。“Succulent&Cactus(多肉植物/サボテン)”は、もはや古風な趣味ではなく、今や、最新のトレンドモチーフの一つと言っていいだろう。そして、プロダクトのラインナップは、アパレルに止まらず、ポッタリー(植木鉢)、フレグランスやナンバープレートカバーまで多岐にわたり、これらのプロダクトは、不定期にウェブ上で更新されている。次に何が出るのか、予想がつかない彼らの活動は、いつも創意工夫と意表をつくようなユニークなアイデアに彩られている。

そうしたさまざまなプロダクトを生み出している彼らのスタジオは、どんな様子なのだろう。仕切りのないだだっ広い空間に、スタッフ達のデスクや、“アリゲーター”と名付けられたウーパールーパーの水槽が置かれ、壁にはさまざまな多肉植物の会報誌、フライヤー、マップ、資料が並ぶ。さらに辺りを見渡すと、開花して枯れたアガベの標本や、試作中のプロダクト、ドイツEXOTICA社の90年代のカタログなど、実にさまざまなモノに溢れていて、時間が経つのも忘れるほど。そうして、会議用の長机に出されたコーヒーも冷め切った頃、彼らと私は、ようやく腰を下ろしたのだった。彼らが紛うことなき植物愛好家の一人であることは、もはや疑いようはなかった。

この日フロントガレージでは、竣工を待つ新しい“細胞緑壁”の細かな配置のセットアップが行われていた。それぞれのパーツの配置は、下絵の段階から決まっており、ソフィアとそのアシスタントによって一つ一つチェックが行われていた。
Photo Caudia Lucia

天井の高い倉庫を改造したフロントヤードは、所狭しと植物が置かれていて、まるで植物園のようである。創業者の一人であるクリスチャンは、忙しく電話にかかりきりであった。
日本とカリフォルニア
植物シーンの明らかな違い

日本はもちろん、世界中どの国にも必ず多肉植物を愛好する人たちがいるもので、規模の大小によらず、地域でそういった人たちが集まり愛好の会を持っている。カリフォルニアには90年以上の歴史ある会もある。そういったコミュニティでは、毎月のミーティングに人々が集い、老いは知識を受け渡し、若きは新しい風を呼び込んで来る。そして一年の総決算とも言える夏と冬のビッグイベントには、毎回特製のクラブTシャツがオファーされる。欠かさず参加している往年の趣味家などは、思い思いに過去のショウのお気に入りのTシャツを着てくるのだが、その様が、歯噛みするほどクールなのである。思わず嘆息が漏れる。その自然なスタイル、これは、日本の会では見られないものである。こうした光景が、どうにも眩しく目に飛び込んでくる。そして、それぞれが精魂込めて愛培した、お気に入りの一鉢を携えて、エキシビジョン(品評会)に臨むのである。そこでは、植物の“珍しさ”を競いあうのではなく、いかに健康に、美しく育てられているか、そして鉢の中にいかにステージング(仕立て、植えつけ)されているかが評価の核心であり、これこそがアメリカで醸成されてきたフィロソフィーなのである。そこに集まる植物と、それに眼差しを落とす人々、その顔には、そうしたリアルなカルチャーそのものが見てとれた。あるイベントに足を運んだ時、思わずシャッターを切ってしまうような女性に出会った。早朝、オレンジ色の朝陽が差し込む中、緑の閃光と金色の火花を散らしたような、Leuchtenbergia principis(和名: 晃山)を脇に抱えて、まさに颯爽という言葉がふさわしく、歩いてきた一人の名もなき女性の愛好家。彼女の佇まいに、アメリカという国が醸成してきた、その全てが体現されていると感じてしまった。後ろめたさなど微塵もない、ただ植物と自身あるのみ、充足した愛好の姿が、そこにはあったのだった。

さて。そろそろダイナーへ向かう時間だ。今年のLAは、雨が多いという。今も、雨が屋根を叩く音が聞こえてきた。今回、多肉植物を愛するものの一人として、カリフォルニアを巡り、そのカルチャーの中心であるカクタスストアを訪れた。そこでは今まさに、さまざまなカルチャーが混じり合い、多様なプロジェクトが動いている様を目撃することができた。そして何よりも、多くの人が集まり、熱をもって楽しんでいる。その事実に、驚きと喜び、そして興奮を隠せない。人を惹きつけてやまない、有り余る植物の魅力を思えば何も不思議なことはないだろう。世界のプランツカルチャーは、まだまだ芽を出し始めたばかりなのかもしれない。

PCに貼られた[How’s my gardening?]のステッカー。ここから、カクタスストアのさまざまなプロダクトが生み出されている。スタジオは、ユニークなアイデアとモチーフに溢れており、彼らの頭の中を覗き込んでいるようだ。
Photo Cactus Store

カクタスストアといえば、Tシャツであり、外せないアイテムの一つ。この一枚は、夏限定でオープンするカクタスストアニューヨーク店のオープンを記念して、オンラインセラミックスと協業した時のもの。

一般に駄鉢と言われがちなテラコッタ製植木鉢も、ここでは不思議と、違って見える。サボテンの大産地であるアリゾナに生息するガラガラヘビをモチーフにした可笑しな一鉢。

晃山を抱えて颯爽と歩く、愛好家の佇まい。こうした無名の愛好家たちが、豊かなカルチャーを支えていることを忘れてはならない。

河野忠賢 (The Succulentist®)
幼い頃より多肉植物に傾倒し、国内外で多肉植物にまつわる執筆や、企業のアドバイザーをつとめる。また、自身のブランドであるThe Succulentist®︎は、多肉植物に関わるさまざまなオリジナルプロダクトを展開し、海外でも人気を集める。著書に「多肉植物 -Habitat Style-」、翻訳・監修者として「ナマクアランドの多肉植物」がある。
thesucculentist.com @tadayoshi_kono

Photo & Text Tadayoshi Kono

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