Bar Music [渋谷]

美しい音に耳をかたむけ コーヒーベルを鳴らす

レコードやCDで埋め尽くされたカウンター。提供してくれたドリンクは、店主の中村の生家である純喫茶“中村屋”所縁のコーヒーを凍らせロックアイスとして使用し、ロン・サカパと割ったオリジナルカクテル“コーヒーベル”。2杯目以降はショットを追加して楽しむのがこのお店の流儀。

選曲に重きを置く
環境のいいバー

この数年で大型クラブも軒並み閉店し、商業ビルが増え個性的な店はめっぽう少なくなった再開発が激しい渋谷。夜を歩けば外国人観光客は多いが、東京の大人たちが夜遊びをしに渋谷へ行くという行動はコロナ前と比べると減ったのではないだろうか。だが、この遊び場が少なくなった渋谷で、定期的に訪れたくなるバーがある。
〈Bar Music(バー・ミュージック)〉。このお店が何をもって勝負していきたいのかが一目瞭然の店名だ。選曲家でもあり、音楽ライターの顔もあり、音楽レーベル“ムジカノッサ・グリプス”を主宰する中村智昭がオーナーを務める同店は、2010年にオープンした。「ミュージシャンが自分のオリジナル楽曲に“ミュージック”というタイトルをつけることにはそれなりの気概がいるはずです。店名には覚悟を持って、それを投影したつもりです」と当時を振り返る。ジャズ喫茶、ロックバー、レゲエバー、ダンスフロアのあるクラブなど音楽のジャンルごとに分かれた店は昔からあれど、オープン当初からここではジャンルレスな選曲に重きをおいた音楽の場を提供している。「音楽達が、理想とする形でかかっている場所を作りたいという想いから始まったんです。1999年からムジカノッサ(ポルトガル語で“僕たちの音楽”)という名の緩やかな運動のようなものを続けていて、イベントの企画、ディスクガイドやコンピレーションCDの監修、CDやデータでしか存在しない楽曲をレコード化として発売するといった活動を行なってきていますが、〈Bar Music〉はそれらの同一線上にあって、飲食店舗として日常的に皆さんと時間/空間を共有できる場所としています。基本的に全ては、“あったらいいな”という感覚を形にすることで現在のスタイルになっています」。

ターンテーブルの置かれた入り口付近のスペース。窓から見える騒々しい雑多な渋谷の街とゆっくりとした時間が流れる〈Bar Music〉とのコントラストは情緒的だ。
魅力を一言で表せないことが大切

中村のいう、これらの色々な要素というのが〈Bar Music〉でもカギで、かかっている音楽のジャンルも年代も様々で、お酒だけではなくカレーやオイルサーディンなどフード類も充実し、店内ではレコードやCD、Tシャツなどの物販も行っている。だが、それらが絶妙な調和を持って構成されていて、ほかのバーに類をみない何とも形容しがたい居心地の良さを生み出している。クラブに行く前に一杯飲みに、またはどこかで飲んだ帰りにクールダウンをしに〈Bar Music〉へ訪れる客が多いのも納得だ。大抵は、その居心地の良さとその時に聴きたかった音楽に癒されてついつい長居をしてしまうのだが……。この〈Bar Music〉特有の居心地について、「一言で言えないことが大切」なのだと中村は話す。

友人たちとの会話を楽しめる奥のテーブルスペースはアンティークの家具や照明によって落ち着いた印象。CDのリスニングコーナーもあるなど思い思いに過ごすことができる。

「音楽のみならずほかのアートでも物事はそうだと思うのですが、もし一言で伝わるものであれば、きっとそれに似た表現が簡単にできてしまう。
何だかよくわからないけれど好きと感じてもらえたなら、時々の流行とはまた違う価値観を持って、永く愛してもらえる気がします。そうした視点からお店でかける曲に関してお話しするなら、もちろん自分が好きなものが大前提なのですが、単に気分でかけているわけではありません。お客様が一組いれば世代やファッションを見たり、ときに聞こえてくる会話の断片からヒントを探ります。リクエスト・スタイルでなくとも、既知・未知共にそのお客様が求めているであろう音楽を可能な範囲でプレイしていきます。席が埋まれば、その都度それを繰り返していく。そうしてそれらが各テーブルにバランスよく刺さったとき、混雑していたとしても雰囲気がフワッと良くなるんです。偶然そうなることもあるかもしれませんが、ちゃんと狙ってできれば、物事を続けていける。日々目の前のお客様のことを考えることがお客様の求めに直結することで、その場、その瞬間を一緒につくることになっていく」。
心地良さで言えばもう1つ。〈Bar Music〉には美味しそうなコーヒーの香りが漂うが、これは中村の生家である広島の老舗純喫茶“中村屋”の焙煎コーヒーによるもの。バーでありながらコーヒーを飲むことができるのもこのお店ならではで、オリジナルのカクテル、コーヒーベルやエスプレッソクーラーも人気だ。
〈Bar Music〉の店内構成は、ターンテーブルのある入り口側、バーカウンター前、奥のテーブル席と分けられる。音楽に聴き入りたい方はターンテーブルやバーカウンター前を、友人たちと会話をしたりして思い思いの時間を過ごしたい方はテーブル席というシーンに合った使い方ができるのもこのお店の特徴。

Left アコースティックリサーチのAR-3aというスピーカーは、小型のブックシェルフタイプで大きい音を出す技術を確立したモデルといわれている名機。「90年代以降の音を流すには音域が足りませんが、それ以前の音楽を流すには当時のミュージシャンがスタジオで確認していた音に近いはずです」。
Right AR-3aはなんとマイルス・デイヴィスの自宅でも使用されていたという代物。角のないアールで構成されたマイルスの自宅のインテリアのなかで唯一角のあるAR-3aは目を惹いている。この写真は、お店でかつて憧れたAR-3aを見て感動したある紳士が持ってきてくれたものだという。

レコードを中心にCDもかける同店では、スピーカーを1966年製のAcoustic Research(アコースティックリサーチ)社AR-3aと2010年製のJBL 4318で楽曲の年代にあった聴き分けが可能となっている。中村の選曲以外にもお店にDJを呼んで音楽をかける日も頻繁にある。そしてこのお店には、来日したミュージシャンが訪れることも多い。「店でかかる音楽と親和性の高いミュージシャンはよく来てくれています。最近だとマシュー・ハルソールがライブ後に来店されたり。過去には、ブッゲ・ヴェッセルトフトというジャズピアニストが〈Blue Note Tokyo〉の講演後にメンバーを連れてきてくれて、店に置いてあるローズピアノを使ってセッションが始まったなんてこともありました」。
世界でも注目度の高いミュージックバーにおいて、ジャンルレスな現代のスタイルをいち早く提案してきた〈BarMusic〉。世界中からこのお店を目当てに訪れる人も少なくないようだ。混沌とした渋谷にありながら、音楽好きであれば東京でもっとも心地良い時間が過ごせるこの場所には、わざわざ行くだけの理由がある。

店内では、〈Bar Music〉のコンピレーションCDや希少なレコードなども販売されている。「お店に来て、いい音楽だなと思ったものがその場ですぐに買えたら、自分だったら嬉しい」と中村は話す。

Bar Music
東京都渋谷区道玄坂 1-6-7 須佐ビル 5F
03-6416-3307

AUDIO DATA
SPEAKER : Acoustic Research AR-3A, JBL 4318 TURNTABLE : Technics SL-1200MK3
CD PLAYER : Pioneer CDJ-350
MIXER : Vestax PMC-37Pro
POWER AMPLIFIER : BGW 6000, BGW 7500

ESSENTIAL MUSIC
Bar Musicを象徴する10曲
01 Terry Caller [Ordinary Joe(Live At Jazz Cafe)]
02 Joao Gilberto [Farolito]
03 Slawek Jaskulke [Sea I]
04 Duval Timothy [Wood]
05 The Nat Birchall Quartet [Love Theme From “Spartacus”]
06 Francesco Tristano [Long Walk]
07 Nicholas Krgovich [By Your Side]
08 Pharoah Sanders [Ocean Song]
09 Jacob Collier Feat. Lizzy McAlpine & John Mayer [Never Gonna Be Alone]
10 Mental Remedy [The Sun – The Moon – Our Souls (Sacred Rhythm Version)]

Photo Yota HoshiInterview & Text Takayasu Yamada

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