INC & SONS [北浜・大阪]
上質な音楽の中で味わう 日本食材を生かしたこだわりの酒
名だたる映画やドラマの名作、そして小説においても、成熟した大人たちはしばしば待ち合わせの場所にバーを選ぶ。日本ではあまり浸透していないかもしれないが、海外では一般的な習慣のようだ。軽く食前の一杯を飲んでから食事をするためにレストランに出かけ、食事を終えた後さらにムーディな夜を過ごすために再びバーへ繰り出すことも多い。その全ての手はずを一つの場所で叶えることができ、しかも最高の音楽を同時に堪能できる店が、大阪の北浜にある〈INC & SONS(インクアンドサンズ)〉だ。高層ビルに囲まれたビジネス街に突如現れるこのミュージックバーでは、音楽とお酒と食事、そのいずれを目的に訪れても心地の良い贅沢な時間を過ごすことができる。
心地よく感じてもらうための
客の時間に寄り添う音楽
初めてミュージックバーを訪れる人からコアな音楽を求める常連まで、門を開く全ての人に心地よく感じてほしい。マネージャーの西郷賢一がそう語るように、この店の間口は大きく開かれている。
「快適でなければお酒も進まないし、音楽にも集中して耳を傾けることができない。快適さを生み出すために、内装と音楽、お酒、食事その全てを追求することで必然的に快適になっていきました。どれも切り離すことはできないし、どれか一つでも疎かにするべきではないと思っています。そして快適さのためには音楽が主役になりすぎないことも重要。リラックスして会話を楽しんでほしいので、ボリュームが大きすぎて会話ができない、という状況にはならないように気をつけています。たとえばお客さん同士で耳打ちで会話をしているのを見たら、音量を下げたほうがいいという合図。オープンからある程度の音は出すようにしているので、小さくなりすぎることはないですが、ちょうどいいところを保てるように注意を払います」。
主役になりすぎない、とは言ってもやはり最高峰のオーディオで提供される音楽は、それだけで贅沢な時間を作り上げる。アナログオーディオへのこだわりはINCグループの第一号店となる神戸店が完成した2013年から一貫したものだ。「ALTEC(アルテック)のA7というスピーカーは創業の頃から使っています。劇場でよく使われていた型で、3000人規模のお客さん全員に届くボリュームの音が出ます。50年代から60年代のスタジオでのレコーディングでモニタースピーカーとしても活躍していたので、音の再現度が高く、尚且つ劇場でも使えるパワーがあるんです。音の再現度についてはライブ音源のレコードをかけた時によく分かります。ドラムやトランペット、サックスなどそれぞれの奏者がレコーディングの環境で部屋で一発撮りをしていた時に部屋の中のどの位置にいたのかが音を聞けばよく分かるんです。この場所で実際にバンドが演奏しているかのような雰囲気を味わうことができます。そのためには、2台のスピーカーを左右に置く時の距離も非常に重要です。耳で確かめながら、店内の席のどこに座っても平均的に心地良い音になるように調整しています。音が劣化しないよう、繊細なメンテナンスも不可欠です」。
オーディオを大切に扱いながら、選曲においても第一に追求するのは客の心地良さだ。基本は50年代から80年代のジャズを中心にソウル、R&B、ロックを時間や店の雰囲気に合わせて選んでいくが、店内にいる客に合わせて柔軟にアレンジするのだという。「当たり前ですが、どんなにかっこいい曲でもタイミングが違うとベストな選曲ではなくなってしまいますよね。たとえば、激しいロックはカップルがムーディな時間を過ごすのにはマッチしませんし、ブルース好きなお客さんがいればブルースをチョイスしますが、店内のムードをジャズに寄せていきたくなった時は同じ楽器を使っている曲を選んでゆっくりと繋いでいくこともあります。季節によって、夏にはラテンやレゲエを流すこともありますし、お客さんとお酒との相性を大切にしています」。
探究を続けるためのヒントは
日常からのインスピレーション
誰かと会話を楽しむ場所としてでも、もしくは一人でゆったりとした時間を過ごすためでもいい。最高峰のオーディオで提供される音楽とともに過ごす時間をより贅沢な時間へと昇華させるのは、西郷が日々探究を重ねるお酒と食事だ。お酒についての質問をすると西郷の口調には高揚感と勢いが増すのがすぐに分かった。カクテルが大好きで、日々追求をやまないという彼の話からは、カクテルへの愛と客を喜ばせるための飽くなき努力の道筋を垣間見ることができた。
「バーとして恥ずかしくないよう、クラシックなカクテルを綺麗に作るということももちろんしますが、当店ならではのアレンジも積極的に加えるようにしています。たとえば和牛脂の香りをつけたバーボンウイスキーをベースにした和牛オールドファッションは、海外からのお客さんにも人気のメニュー。もともとはNYの〈Please Don’t Tell(プリーズ ドント テル)〉というバーで出会ったBenton’s Old Fashionedというベーコンをファットウォッシュしたオールドファッションにインスピレーションを受け、それを再現したいと思ったんです。ですが日本のベーコンの多くは加熱処理されているので脂身も足りず、スパイス感もなかったので、どうせなら日本の素材を使おうと思い、和牛特有の甘い香りを活かして一から再構築しました。毎日帰宅後に牛脂をとかしてウイスキーに入れ、凍らせたものを翌日飲む、というのを何度も繰り返しましたね。仕上げにはビターズの他に沖縄産の黒糖シロップも使っています。もう一つ渾身のメニューとしてご紹介したいブラッディメアリーは、現在提供しているものがver.9です。ウォッカとトマトジュースを混ぜてレモンを加えるのが基本のレシピですが、シンプルなだけにアレンジは無限にできます。まずベースとなるウォッカにフレッシュバジルの葉っぱを漬け込んで、24時間以内に抜きます。そこに数種類のペッパーと、北海道産の昆布、地中海産の塩だけで水抜きしたドライトマト、スペイン産のパプリカを加えています。旨味にフォーカスしたこのブラッディメアリーは、フードの人気メニューであるオイスターと一緒に召し上がるのがおすすめです。アイデアのインスピレーションはたくさんありますが、食材やスパイスとの組み合わせはお酒と関係無いように見えるところからも影響を受けます。たとえば、中華でもイタリアンでも食事をしに行ったお店で面白い組み合わせを見つけたらカクテルに活用できないか頭の中でレシピを組んでみたりします。あと意外な発見が多いのが香水の調香です。スパイスやフルーツ、茶葉など様々な香りを一つにまとめた構成には多くの発見がありますし、現に香水をイメージしたカクテルも製作しています。香りもカクテルにおける重要なポイントです」。
自らが心から惹かれたものをそのまま再現するのではない。キッチンが広く開かれた〈INC & SONS〉だからこそできる実験のような作業を重ね、そして日本の食材を生かしたアレンジで訪れた者の舌を喜ばせ続ける。海外のダイナーのような雰囲気でありながら、日本でしか作り出せない味わいが生み出されるこの場所は、間違いなく日本を代表するミュージックバーであると言えるだろう。
INC & SONS
大阪府大阪市中央区淡路町2-3-12 CBMビル B1F 06-6228-1114
@inc_sons_osaka
AUDIO DATA
SPEAKER : ALTEC A7
POWER AMPLIFIER : ALTEC 1570B
PRE AMPLIFIER : ALTEC 1567A
TURNTABLE : GARRARD 401 ×2
CARTRIDGE : SHURE N3D
TONE ARM : REK-O-KUT MICROPOISE S220 ×2
MIXER : UREI 1620
ESSENTIAL MUSIC
INC&SONSを象徴する10曲
01 Ahmad Jamal Trio『The Awakening』
02 Erroll Garner『Plays Misty』
03 Miles Davis『Round About Midnight』
04 Ernestine Anderson 『Never Make Your Move Too Soon』
05 Chet Baker『She Was Too Good To Me』
06 John Coltrane『Blue Train』
07 Wes Montgomery『Bupin’』
08 Jimmy Smith『Hoochie Cooche Man』
09 The Bill Evans Trio『Moon Beams』
10 Booker Ervin『That’s It!』
Photo Asuka Ito | Interview & Text Aya Sato |