Shuya Okino Talks about Music Bar

沖野修也 (KYOTO JAZZ MASSIVE) に聞く ミュージックバーの魅力

ミュージックバーは
日本が世界に誇る音楽文化
クラブでは最大公約数の曲を
ミュージックバーでは個人的に好きな曲を

沖野修也ほど音楽に多方面から関わる人物がいるだろうか。クロスオーバージャズの先駆けである音楽プロジェクトKyoto Jazz Massiveを率い、DJとして世界各国を飛び回り、渋谷の名クラブ〈The Room(ザ·ルーム)〉のオーナーであり、プロデューサーやライター、ラジオパーソナリティーとして音楽を日々発信している。国内外の最先端の音楽事情を知る沖野が考えるミュージックバーとは。

「ミュージックバーのルーツは、日本発祥の文化であるジャズ喫茶にあります。音楽とフロアのグルーヴに合わせて踊るクラブカルチャーはフランスやニューヨークなどが発祥の文化です。ミュージックバーは日本独自の音楽体験であり、クラブカルチャーとは全く別物。ミュージックバーとジャズ喫茶は、サウンドシステムから流れる音に集中する音楽体験であることは同じです。でもミュージックバーはジャズ以外にもファンクやブラジル音楽、シティポップ、アンビエントなど、オーナーやセレクターが思い思いの曲を自由に流せる空間。セレクターが主観で曲を選び、“こんな音もあるんだよ”とリスナーに投げかけるんです。その曲をリスナーがどう捉えるかも自由。僕はミュージックバーとクラブの両方でDJをしますが、クラブではキャッチーな曲を流すことが多いです。でもミュージックバーでは家で聴いている前衛的な曲や、誰も知らないような曲を流したりします。個人的に好きな曲をリスナーに知ってもらいたい、という気持です。どちらも全く違う音楽の楽しみ方で面白いですね」。

ミュージックバーと一口に言っても、メインとする音楽ジャンルやサウンドシステム、お酒の種類、空間の作りや広さなどは店ごとに全く異なる。その上で沖野が考えるいいミュージックバーの条件とは。
「店の音楽コンセプトに適したサウンドシステムになっているかですね。例えば60年代のジャズなのか、70年代のファンクなのかによってサウンドシステムは変わってきます。僕は自宅でJBLのスタジオモニタースピーカーを使っているのですが、ジャズのドラムやピアノの鳴りがすごく綺麗。ブランドや価格ではなく、流したい音楽のコンセプトに適した機材をセッティングすることが大切です。ジャンルに適したサウンドシステムで立体感ある音を聴けることがミュージックバーの魅力ですね。
誰もが良いという音はあるかもしれませんが、人によってベストな音は違う。もう少し優しい音がよかったり、ハイの音がシャリシャリしている方が好きな人もいる。有名な店だから音が良いというわけではないので、先入観を持たずに、気持ちいいと思える音が鳴る空間を探すことが大切です。だから僕のDJプレイも、スピーカーがJBLなのか、ALTEC(アルテック)なのか、TANNOY(タンノイ)なのかで変わってくる。僕のベストプレイはリスナーによって好みが変わりますから、いろいろな場所で聴いてもらい、どの音が好きか探してもらえると嬉しいです」。

ジャズ喫茶ならコルトレーン
ミュージックバーならファラオ·サンダース

沖野といえばやはりジャズのイメージが強いが、ジャズ喫茶やクラブ、ミュージックバーで流すジャズにはどのような違いがあるのだろうか。
「例えばジャズ喫茶だとジョン·コルトレーンが流れるけど、ミュージックバーでは彼の弟子であるファラオ·サンダースやコルトレーンの妻であるアリス·コルトレーンが流れるでしょう。ピアニストのマッコイ·タイナーにしても、ジャズ喫茶だと彼の60年代の曲が流れるけど、ミュージックバーだと70年代の曲が流れる。ジャズ喫茶ではマイルス·デイヴィスが流れるとしたら、ミュージックバーでは彼のバンドでサックスを吹いていたカルロス·ガーネットの曲が流れる。一枚のアルバムでも、クラブだとアンセムがよく流れるけど、ミュージックバーだともう少しバラード寄りやテーマが美しい曲が好まれます。ジャズ喫茶はほとんど旧譜ですが、ミュージックバーだと新譜も多く流れますね。僕はこれまでクラブジャズをメインにしてきましたが、今最も注目すべきはミュージックバーで流したくなるジャズだと思っています。今では日本のミュージックバーに影響を受けたお店がロンドンやニューヨークに建ち始めているぐらい、日本ならではの音楽カルチャーとして進化しています。ジャズ喫茶から派生したミュージックバーが、次はどのように進化していくのかが楽しみです」。
いい音楽をいい音で聴きたいという純粋な願望を、日本ならではの職人気質な性格で追求するミュージックバー。ここからは沖野がおすすめするお店を紹介する。

沖野修也
音楽プロデューサー、DJ、選曲家、作曲家、執筆家、ラジオDJ、The Roomオーナーなど多彩な顔を持つ。これまでDJ/アーティストとして世界40ヶ国140都市以上に招聘された国際派。2025年1月にはKyoto Jazz Massive 30周年記念ライブツアーが決定している。

沖野修也が選ぶ
ミュージックバー
Ginza Music Bar [銀座]

DJ視点の強い
オールジャンルとの出会いの場

「僕が一番DJをしているバーです」と沖野が話すのが、東京の銀座にある〈Ginza Music Ba(r ギンザミュージックバー)〉だ。沖野の盟友DJ 大沢伸一が手がけるこの店は、パリのサロンのようにさまざまな人が集う空間をイメージし、フランス現代美術を代表する作家イヴ·クラインが生み出した「インターナショナル·クライン·ブルー」に染めた店内や家具が鮮烈な印象を残す。「DJがミュージックバーで選ぶジャズを一番わかりやすく提案している店だと思います。大沢くんは新しい時代のリスニング空間としてこの店をオープンさせました。アナログレコードのみで、ヴィンテージのTANNOY Westminster(タンノイウェストミンスター)から流れてくる音は、聴きごたえがありつつも会話の邪魔をしない音域です。銀座という立地も相まって、若い頃にクラブカルチャーを通過した人たちが大人になり、ミュージックバーという環境でじっくり音に向き合っている印象。大沢くんは“沖野くんの店だと思ってくれていいから”と言ってくれるので、僕が家で個人的に楽しんでいるジャズを自由に流させてもらい、沖野修也が考える“ジャズとは何なのか”を提案しています。
たとえばジャズ喫茶は演奏内容を重視しますが、〈Ginza Music Bar〉ではベースラインやピアノのリフ、ホーンのメロディーなどに注目します。曲の聴きどころが違うのもおもしろいポイントです。バラードやワルツを流したとしても、DJならではの切り口を感じられる選曲になっています。DJである大沢くんがプロデュースするので、ポストクラブカルチャーの要素が強いミュージックバーです」。
セレクターは日によって入れ替わり、流れるジャンルもさまざま。ジャズやジャズファンク、ソウルから、ニューウェーブやロック、エレクトロ、映画音楽までオールジャンルで、新たなジャンルの音楽と出会えることもお店を訪れてこそできる経験だ。沖野がDJをするときはジャズが多く、大沢がDJをするときはニューウェーブやエレクトロを楽しむことができる。お酒も豊富なカクテルが揃い、ノンアルコールのモクテルにもこだわっているため、お酒を飲まない人でも気負うことなく訪れることができる。TANNOY Westminsterはウーファーとホーンロードトゥイーターを同軸上に組み合わせた構造が特徴で、音像がブレづらく、安定するため聴き疲れしづらいこともバーの音響として考えられている。

Ginza Music Bar
東京都中央区銀座7-8-13
ブラウンプレイス4F
03-3572-3666

MusicBar GURUGURU
[野沢温泉村]

日本であることを忘れるほどの
グルーヴ感の高さ

温泉とウィンタースポーツを求め、国内だけなく世界各国からも多くの人が訪れる長野県の野沢温泉村。この村のもう一つのスポットとして盛り上がっているのが、〈MusicBar GURUGURU(ミュージックバー グルグル)〉だ。年に数回は訪れてDJをするという沖野は、この店の魅力をこう語る。「野沢温泉村は歩いて回れるぐらいの小さな温泉街ですが、冬に積もる極上のパウダースノーを求めて世界中のウィンタースポーツ愛好家たちが集まってきます。定住している人もいるぐらいです。だから村の人口の外国人率が高く、もはや海外にいるのかなと思うぐらい。そのノリで音楽とお酒を楽しめるグルグルは、国内ではほかにないような特殊な世界になっています。海外の人が多いため、国籍や年齢などの垣根を超えたお客さん同士のコミュニケーションが活発で、一体となったグルーヴ感の高さがおもしろいです。地元の人たちも人懐っこい方が多いので、初めて行く人もすぐ受け入れてもらえますよ。

音楽レーベルのJazzy Sportがプロデュースしていることも特徴ですね。ウィンタースポーツや温泉に加えて、〈MusicBar GURUGURU〉に行くことを理由に野沢温泉村を選ぶ人も多いようです。それぐらいミュージックバーのプライオリティが世界的にも上がってきていると言えますね」。ヴィンテージスピーカーのALTEC LANSING MODEL 19(アルテック ランシング モデル19)の音に耳を傾けながら、ナチュラルワインや地元野沢温泉村の蒸留所で作られたジンを味わう。言語や文化の壁を超えてほかのお客さんとの新たな出会いを楽しむためには、音楽という共通言語さえあれば十分だ。

MusicBar GURUGURU
長野県下高井郡野沢温泉村豊郷 9492

NOMATA [福岡]

アクティブなリスニングが魅力の
福岡の新たなカルチャースポット

福岡県の薬院に店を構えるナチュラルワインDJ バー〈NOMATA(ノマタ)〉。店主の野俣洋明さん自身もクロスオーバージャズやブロークンビーツのDJとして活躍し、100種類以上あるワインを片手に音楽を楽しめる空間だ。沖野はもちろん、須永辰緒や松浦俊夫、DJ Kawasakiなど錚々たるメンバーが福岡でDJをするとなれば、〈NOMATA〉は外すことができない場所になっている。今回の取材の数日前にも〈NOMATA〉でDJをしてきたという沖野は、この店のオリジナリティをこう教えてくれた。「常にお客さんが満員状態で盛り上がっていますね。薬院にはレストランやコーヒーショップ、レコード屋などおもしろいお店が増えていますが、その中心にあるのが〈NOMATA 〉だと感じます。クラブジャズやディスコ、ソウル、ファンク、ハウスなどいろいろなジャンルが流れるのですが、オーナーでありDJの野俣さんの選曲を聴きにくるお客さんが多いです。DJセットもあり、クロスオーバー系の面白いパーティーがよく開催されています。イベント時には座席を片付けてスタンディング形式になり、お客さんはお酒を片手に自由に揺れたり踊ったりしています。クラブのようなスタイルにもなる、進化するミュージックバーの一つの形だと思います」。常にお客さんで賑わうため、音が気持ちよく聴こえつつも会話ができるように中高音質の音が重視されている。そのために3種類のスピーカーが使い分けられ、全てを天井から吊るして立体的に空間を包み込む音質空間が作られているのだ。お客さんの層も幅広く、世代も職業もさまざまな音楽好きが福岡だけでなく全国各地から集まる。新たに出会った人とともに美味しいお酒を味わいながら、心地のよい立体的音響に身を包まれる。アクティブなリスニング体験が〈NOMATA〉の最大の魅力だ。

NOMATA
福岡市中央区薬院2-17-26
JUNビル2F
080-3953-3537

Photo Masayuki Nakaya
(Ginza Music Bar)
Interview & Text Yutaro Okamoto

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