Travel through Architecture by Taka Kawachi
古代の思想を現代建築として体現する建築 河内タカ

神奈川県小田原市の相模湾を見渡せる「小田原文化財団 江之浦測候所」は、現代美術作家の杉本博司が設計した建築と自然地形が一体となった文化施設で、構想から20年をかけて、かつて蜜柑畑だった耕作放棄地を整備した丘陵に建造された。ここが「測候所」と名付けられているのは、古代人が空を観測することで、自分たちの位置を確認していたことが「アートの起源」であるというコンセプトからだそうだが、上空から撮られた写真を見ると、異なる太陽の軌道に従った二つの細長い構造物が交差し、地球の運行を可視化するような構成が確認できる。
その建物の一つが「夏至光遥拝100メートルギャラリー」で、夏至の朝日が昇るライン上に、支えなしの37枚のガラス張りの廊下が海に向かって突き出しているのが大きな特徴だ。北側には、支えがない自立する巨大なガラス板が並べられ、自然剥離のままの粗い表面の大谷石で支えられた南側の壁には、杉本の代表作である《海景》の大判7点を展示。横一列に延びる写真の先に、相模湾の海原と空がシンクロするという粋な演出となっている。
冬至の日の出の方角に向けて掘られた全長約70メートルのトンネル「冬至光遥拝隧道」は、冬至の朝、海から昇る太陽の光がこの暗いトンネルをまっすぐに駆け抜け、対面の「円形石舞台」に設置された巨石を照らしだす。古代人にとって、夏至と冬至は一年のサイクルを知るための重要な基準だったとされ、夏至はこれから徐々に日が短くなっていく「衰退の始まり」、冬至は一年の終点、そして翌日から日が長くなっていく「復活の始まり」だった。
実は、冬至の朝日が差し込むように設計された遺跡は世界中に存在している。僕も訪れたことのあるアイルランドのニューグレンジ*¹は、紀元前3,200年頃(なんとピラミッドや英国のストーンヘンジより古い)に作られた巨大な石構造からなる古墳で、冬至の朝日が細い通路を通り、最奥部にある神秘的な彫刻が施された部屋を照らし出す。マチュピチュの太陽の神殿は、神殿の台形の窓から冬至の朝日が差し込み、部屋の中央にある儀式用の花崗岩の上に四角い光の形を正確に作ることで知られる。遺跡ではないものの、伊勢神宮内宮の宇治橋大鳥居は、冬至の日の出が鳥居の中央からご来光が昇るが、江之浦測候所はこのような古代人の意識や思想を現代に蘇らせたものなのだ。
カメラのレンズや天体望遠鏡に使われる高純度の分厚いガラスが敷き詰められた「光学硝子舞台」は、光を透過・反射して背景の海と一体化している。冬至光遥拝隧道に使われているコールテン鋼は、錆びが保護層となり腐食を防ぎながら、長い年月をかけ深い茶褐色へと変化していく。このようにガラスを天候に晒し、あえて鉄を錆びさせることで、建築そのものが自然の一部になっていく過程を露わにしているのは、未来を見据え人類が滅亡した後の遺跡の姿をイメージしているからだ。そこには「経年劣化し、人類が滅亡した後の廃墟や遺跡となって初めて真の美しさを放つ」という杉本独特の世界観が反映されているからにほかならない。
古代京都の礎石、奈良の寺院の石、古墳時代の石棺のパーツなど、人類の歴史を網羅する「本物の素材」が点在し、古代と時の試練に耐えうる現代の素材が違和感なく同居しているのもこの施設の魅力だろう。現代の建物は、古くなると簡単に取り壊されてしまうが、パルテノン神殿といった古代建築物は朽ちても美しい遺跡として残されている。ここも屋根が落ち、壁が崩れようとも、日本の伝統建築様式による建物や石組みが、美しい遺跡として長く残るように最初から計算して作られているのだろう。

江之浦測候所は時間と自然のスケールを建築の力で体感できる場であり、地球と宇宙のつながりを体感する空間である。あるいは人類がまだ文明を持たず、ただ太陽の動きを見て「生きている」と実感していた数万年前の記憶を、現代人に思い出させるための人の意識の起源に立ち返る装置ともいえ、たとえ人類が絶滅したとしても、地球が自転している限り、冬至の朝日はここのトンネルをまっすぐ照らし続けるはずだ。杉本は「文明の終わりを美しく迎えるための建築」として、自らの建築を意図的に遺跡化させることによって、人類が地球上で何をしてきたかを未来に伝えようとしているのである。
Odawara Art Foundation
Enoura Observatory
建築とともに歴史を刻んだ古石が多数点在していることでも特徴で、例えば、「円形石舞台」の中央には大名屋敷の大灯籠の伽藍石、その周囲に放射状に京都市電の敷石が置かれ、舞台を取り囲む巨石は江戸城の石垣のために切り出されたもの。ほかにも、古墳時代や中世などの石を使った「石造鳥居」や、室町時代の古い寺院の柱を支えていた礎石が庭園の景石として配置され、古代の素材と光学ガラスなど現代の素材が対比するように絶妙に組み合わされている。
神奈川県小田原市江之浦362-1
公式ホームページより要事前予約。
休館日:火・水曜。年末年始および臨時休館日あり。
Hiroshi Sugimoto (1948-)
東京都生まれの現代美術作家。立教大学卒業後に渡米し、1974年よりニューヨークを拠点に芸術家活動を開始。時間、歴史、意識の起源をテーマに、緻密でコンセプチュアルな写真作品で世界的な評価を確立。2008年新素材研究所を設立し建築の分野にも進出。古美術、伝統芸能に対する造詣の深さでも知られている。
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)があり、今秋に本連載をまとめた新刊の出版を予定している。
| Text Taka Kawachi | Edit Yutaro Okamoto | ©Odawara Art Foundation |












