THE THINGS VANS AUTHENTIC

野村訓市にとっての“正装” ヴァンズ オーセンティック

着慣れたものを堂々と着る方が、
慣れないものを着るよりよっぽどいい
野村訓市

幼稚園の頃から制服暮らしだった。決まった靴に帽子、シャツに半ズボン。制服ってのは今考えるととてもいい。なぜって何も考えなくていいからね。毎日同じ格好をすればいいのだから、朝目覚めて今日は何を着よう?なんて考えなくてすむ。アップルの創業者のスティーブ・ジョブスは同じ格好をするので有名だった。確かソニーかどこかの工場でみなが制服を着ているのに感銘を受けたとかなんとかってのが理由だったと思う。そうすれば何を着るか?ということに時間を取られることなく、仕事に集中できる。とはいえ身につけるものにはこだわりがあり、それが彼なりの美学だったのだと思うけれど。イッセイミヤケのタートルネックにリーバイスのデニムにニューバランスのスニーカー。単純な組み合わせとはいえその選択にはこだわりを感じずにはいられない。それをいうと俺たちの制服姿ってのは途中までこだわりも何もなく、ロボット的に指定されたものを受け入れて着ていたわけだ。第二次性徴が訪れるまでは。その辺りから制服という極めて細かく指定された格好の中で、いかに違いを出すか?ということにみな夢中だった気がする。制服の上着の身丈を短くするもの(短ラン)、パンツをえらくワイドにするもの(ドカン)、絞るもの(ボンタン)といった大技から、靴を勝手に変えたり、詰襟のカラーを外したりという細かなものまで。そう考えると俺もそうだったなぁ。制服自体をイジろうとは思わなかったけれど、シャツをラルフやブルックスのBDシャツに変えたり、靴をクラークスのデザートブーツに変えたり。まぁみんな色々とやっていた。そしてその小物の組み合わせで、あいつはアメカジが好きなんだな!とかブリティッシュでちょっと金持ってるなとか、そういう雰囲気を匂わせるわけだ。こだわりっていうの?そういうのってなんかいいじゃないですか。

こだわりってのに浸りだしたのはなんだかんだ高校の頃だと思う。アメカジ、渋カジってのがあったじゃないですか?人から見たらどこが違うかよく分からなくて、本人のみがご満悦するという奴。501とかだって古着で、それなりに縦落ちしてたら違いなんかわからないのに、俺はXXしか穿かないとか。エンジニアでもレッドウィングじゃないとだめだ、なぜならヒールの間にウッドを使ってるからだ!とか。まぁ一通りは通ったんですがね。その内、その皆ほぼ一緒な格好ってのが嫌になって、わりと逆なことをすることが多くなったのが20代後半ですかね。こういうときはこういう格好をする、とか、そういうことではなくて流行りと逆をするこだわり。

みんながナイキを履いてるときにヴァンズ履くとか、黒が流行っていたら白着るとか。まぁ子供っぽいんだけどね。例えばグラフィックTがまだバリバリ人気があるときに、だんだんそれに辟易としてきて、無地の白Tばかり着るようになったり。それでどこでも出かけて行った。たとえフォーマルの場でも。スーツを着ろと言われても中は白T。あるときに「いい白Tですね、お洒落ですね。どこのですか?」と聞かれた。ハイファッションブランドのオープニングだったと思う。俺は答えた。「ヘインズのパックTです」。当時一枚三百円くらいの3枚パックをアメリカに行く度に買っていた。そこにこだわりもあってね、ヘインズは洗うと縮むので当時はLを買っていたのだけれど、すぐ着るとデカい。なのでアメリカですぐ着るようはM、持って帰る用はLと買い分けていた。ヘインズが一番いいんですか?とよく聞かれたが、別にフルーツでもMUJIでもどこでもいいと思っていたが、サイズ感が自分に一番合ったヘインズを着ていただけ。安くてサイズ感がいい。そういうものを堂々と着ていれば、それなりにいいものに見えちゃうんですよ。マイルールというかこだわりはそれですね、俺の場合。堂々と着るってのがとても重要なのですよ。錯覚を起こさせてそれってありと思わせちゃうんですよ。そして気に入ると同じものを色違いとかで延々と着る。俺なりの定番というんですかね、それをどんなとこにでも着ていく。TPOなんて気にしない。けれど一応どこでも着れるようにというわけじゃないけれど、マイ定番はシンプルなものが多いから、まぁなんなくどうにかなるんですよ。ロゴだらけ、とか総柄!なんてのじゃないからね。それでここ20年くらいはあまり変わり映えのしない格好をそのまま継続するようになった。そんな定番の中で一番長く身につけていて、なおかつどこでも履いてくものがある。それはヴァンズのオーセンティック。キャンバス一枚で出来たペラッペラのこのスニーカーは機能性もクソもない。けれど革靴のオックスフォードシューズのようなデザインがどんなパンツを穿いていようが合わせやすいのだ。最近のデカいハイテクスニーカーとはそこが違う。昔、アカデミー賞の雑誌ヴァニティフェアが主催するアフターパーティに行ったことがある。ハリウッドで一番格式があるといえばメトロポリタン美術館で開催されるMETガラとこのヴァニティフェア。丁度、ウェス・アンダーソン監督の映画「犬ヶ島」がノミネートされていたので一緒に行こうとなっていたのが、監督の都合が悪くなって出席できないことになった。監督いないのにでしゃばるのもと行かないつもりでいたら友達の俳優が、俺も呼ばれているから一緒に行こうよというので結局行くことにした。旅行のときは一応常に持っている自分でデザインしたディッキーズのスーツに、シャツはシュプリームの店にいって一枚貰い、ブラックタイは友達に借りて、靴は当然履いていたボロいオーセンティック。友達は俺の姿を見て絶句した。何しろ格式高いヴァニティフェア、みな男はタキシードにボウタイ、女はイブニングドレスなのだ。俺は言った、「これが俺の正装なのだ」と。2人でお迎えのリムジンに乗り、いざ会場へ。言われたとおり、そこはハリウッドの紳士淑女が群れていた。「あ、あの映画の人だ!」「かっ、監督!」メディアで見たことのある人ばかり。もちろん皆さんシックな出立ち。さすがにマズイかなと一瞬思った。フォトコールで列に並ぶとみなに足元を見られている気がする。指が丸くなるとはこのことだ。だが覚悟を決めてフォトコールをくぐり、パーティ会場へと入った。ザ・ハリウッド。これは居場所がねえなと思っていると、ウェスの映画やソフィアの映画で一緒だった俳優たちがこちらを見つけて、「こっちこいよ、一緒に飲もうぜ!」と誘ってくれた。そしてすぐに靴を突っ込まれた。「この会場でスニーカーを履いてるのはお前だけだぞ(笑)」。俺は返した。「これが正装です」と。最初は笑っていたけれど、そのうちみんな「それ、いいな。普段そんな履かない革靴は足が痛いし。俺も来年はスニーカーにしよう。そっちの方がクールだと」。俺はとても楽しい夜を過ごした。友人たちがとても優しかったのもあるが、スニーカーが誇らしかったのが大きい。着慣れたものを堂々と着ている方が、慣れないものに着させられてる感をだすよりよっぽどいいと。七五三の子供みたいになるのは嫌だ。

というわけで、普段身につけているところでどこでも過ごす、それがジェントルマンコードだと思うんですよ。楽ですよ。って結局考え方はジョブズに似てきたのかもしれない。

野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、10年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。

Illustration T-zuan18:23 – 20:03
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