Interview with KENSHIN (Hair Stylist)

社会と自由を知る メンズヘアの真髄

90年代~2010年代にかけニューヨークに身を置き、帰国した現在も第一線で活躍を続けるヘアスタイリストのKENSHIN。そんな彼に現代におけるジェントルを表現するヘアを尋ねた。モデルにはKENSHINが今ニュージェントルを体現する人物だと語る、俳優の寛一郎を起用。KENSHINが考えるニュージェントルとはなんなのか。彼が作るヘアスタイルとその思想から紐解いていこう。

Shirt ¥101200 by Charvet (MAISON et VOYAGE AZABUDAI)
Turtleneck Knit ¥51700 by JOHN SMEDLEY (Lea mills agency)
Other Items [Stylist’s Own]
記号化されない
節度を持った自由
哲学と社会学から導く現代のジェントルマン

「現代に通じる新しいジェントルマン像を曖昧なものではなく、哲学や社会学からロジカルに積み上げて考えたいんです」。日本を代表するヘアスタイリストであるKENSHIN。そんな彼とニュージェントルを表現するヘアスタイルを考えていくにあたり、彼はその定義をこう説明してくれた。
「哲学者ジャン=ポール・サルトルと社会学者のジャン・ボードリヤールの哲学から紐解いて現代のジェントルマンを定義しました。ジャン=ポール・サルトルは『人間は自ら選び取る存在』であり、外見は“誠実な自由”の現れだと説いた人物。対してジャン・ボードリヤールは、現代ファッションや髪型を『記号の集まり』としてその機能以上に社会的な意味を持つ集合体であり、我々はそれに囚われていると説明しました。一見すると相反する考え方ですが、記号を理解し、社会の期待に応えながらも、その中で自由や自身のスタイルを選び取ることができる人物こそ現代におけるジェントルマンだと思うのです。ただ自由なだけでは、パンクであってもジェントルではない。社会の秩序を理解しながら自らの自由を選択できる。そんな許された逸脱ができる人物像をヘアスタイルに落とし込むことを意識しました。今回モデルとなってくれた寛一郎さんは礼節や品格があり、キャリアを積み上げながらも自由な雰囲気をまとっている。そしてそれが色気として表れているニュージェントルを体現する人物だと思っています」。

構築性の中にある捉えようのない形

一見説明が難しい現代のジェントルマンの姿を哲学と社会学をもとに定義づけたKENSHIN。前ページはその定義をヘアスタイルに落とし込んだ一枚だが、そこにはどのような理論と思想が込められているのだろうか。
「現代のジェントルマンをヘアスタイルで表現するにあたり大切にしたことは、構築性を持ちつつその中に捉えようのない自由な形を持つことでした。まずはカットが丁寧にされていて、メンテナンスを怠っていない。しっかりと社会の構造の中に受容されるベースがあること。その下地があるからこそ崩したり、一部が乱れているなどアンパーフェクトなフォルムになった時もスタイルとして成立すると思うんです。これがもしモヒカンであれば、社会に受け入れられる構造を持っていない。なでつけたような7:3の髪型では自由がない。社会に受け入れられる範囲でタブーを取り込む自由さを併せ持つ。その二つが両立するからこそニュージェントルなヘアスタイルになり得るのです。今回のヘアスタイルはテクスチャーにもこだわっていて、ミルボンのスタイリング剤を使っています。このスタイリング剤には独特の質感とヘアオイルやヘアバターにはない動きをつけられるセット力と軽さを持ち合わせています。この質感とセット力があるからこそかきあげたり、様々な動きをつけても一定の構築性を維持できるのです。社会性と自由という人生観にも通じる定義をヘアスタイルに落とし込んでいます」。

節度を持った自由

ニュージェントルにおける定義とそれを落とし込んだヘアについて語ってくれたKENSHINだが、この定義を踏まえ、現代における粋な髪型について彼はどのように考えているのだろうか。
「ヒッピーのロン毛やロカビリーのオールバックなどに例えられる特定の髪型は、ボードリヤールが言うように社会的な意味を持つ記号の一つになっており、現代におけるジェントルなスタイルとは異なると思っています。まず大切なのは職場など自分が生きている環境で何が許容されるのかしっかりと認識していること、その中でどの程度自分を表現していけるかが重要です。そしてヘアカットやヘアメンテナンスなど手入れにしっかりと時間を使えているのかどうか。その土台があって初めて自己表現が成立するんです。現代生活におけるジェントルなヘアスタイルは特定の髪型ではなく、自分の生活環境を理解して、その環境に許容される中で自分の意図するスタイルをちゃんと表現できているかだと思います。特定のスタイルに固まらない、節度を持った自由こそが現代のジェントルマンの姿なんです」。
哲学と社会学というKENSHINならではの視点から新しいジェントルの姿を定義してもらったが、多様化が一般的になった現代においてはただ自由であることが先行しているのかもしれない。本当に重要なのは社会の構造を理解した上でどう逸脱していくかを判断できる、そんな冷静さと余裕を併せ持った人物こそがニュージェントルマンに相応しいと言えるのだろう。

KENSHIN
ファッション誌からYohji Yamamotoに代表されるブランドビジュアルのヘアなど、世界を股にかけて活躍するヘアスタイリスト。ヘアディレクション以外にも香りの工場「Epo Essential OIl Factory」を手がけるなど活動は多岐にわたる。

KENSHINがおすすめする
最高峰のヘアプロダクトたち

日々様々な髪質、髪型に触れ、その時々に合わせたスタイルを作り上げるKENSHIN。そんな彼が考えるスタイルを実現するために必要なプロダクトとはなんなのだろうか。アパレルブランドが出すヘアアイテムから定番品として長く愛されるアイテムなど、発売されるほぼ全ての製品を試すと語る彼だからこそ選ぶことができる個性的なプロダクトが集まった。実際に手に取り、ニュージェントルへの扉を開けるきっかけ作りにしてほしい。

1.Hair Mousse by ZARA
ヘアスタイリスト グイド・パラオがクリエイティブディレクターを務め、ファビアン・バロンが手がける鮮烈なボトルデザインが特徴のザラヘアー。あまり聞くことのないアイテムだが、KENSHIN曰く驚くほど魅力が詰まったアイテムだという。「ウェットな質感が出せるのにジェルのようないやな艶感が出ないのが魅力です。トップヘアスタイリストのグイドが手がけるだけあって、見た目だけでなく中身もかなりハイクオリティ。ヘアスタイルにこだわりたいと思う方々への入門アイテムとしてぴったりだと思います」。
2.Hair Tonic by Portugal
1792年ドイツで誕生した世界初のオーデコロンとも言われる「4711」。その香りを引き継ぐこのヘアトニックはバーバーをはじめとするメンズヘアケアの代名詞的存在として長く愛されている。「ヘアトニックは頭皮の健康を保ち、髪の毛が育つ土台を作るアイテムですが、その中でもここまで長く愛され続けるのはポーチュガルだけではないでしょうか。パッケージも古臭くなく、香りも良い意味で邪魔をしない。オールドジェントルマンからニュージェントルマンまで様々な人に愛されるアイテムです」。
3.Hair Wax by MILBON
本企画でも使用された美容室専売品として高い支持を集めるミルボンのヘアワックス。ジェルやオイルとも違う独特の質感をKENSHINはこう説明する。
「自由度の表現が高いんです。ジェルのように固めないけど、オイルのようにセット力がないわけでもない。でも固まらないから自由に動いてくれる。そして重ね付けをしても重くならないんです。今回のニュージェントルを表現するにあたり最適な質感を持ったプロダクトです」。
4.Comb by Officine Universelle Buly
フレグランスやキャンドルなどが人気を集めるオフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリーの隠れた名品がこのコームだ。手作業で作られる品質の高さはもちろんのこと、KENSHINが注目する理由は自身の名前が刻印できることだという。
「ヘアケアは男性にとっても非常に重要な要素です。ただ、コームを持ち歩く習慣のある男性って意外と少ないはず。そんなときに、もし名前の入ったコームがあれば愛着が湧くし、丁寧に扱うようになりますよね。そうすることでヘアケアを始めるきっかけ作りになるんです」。
Photo  Masato Kawamura
Styling  Keisuke Shibahara
Hair  KENSHIN
Model  Kanichiro
Text & Edit  Katsuya Kondo

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