Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi
街を撮るということ

“Shibuya, Shibuya (2007)”
サンフランシスコ生まれ、高知育ちの写真家・石元泰博。シカゴのインスティテュート・オブ・デザインで写真を学び、戦後日本の写真表現に大きな足跡を残した。本作は、80代を迎えた石元が2003〜2006年に渋谷で撮影した作品をまとめた写真集。都市や建築を鋭い造形感覚で捉えてきた写真家が、晩年に東京の若者たちへとカメラを向けた異色作であり、石元の変わらぬ観察眼と実験精神を感じさせる一冊。


街を撮るという行為は、その土地の風景を記録することだけではない。建物や看板、人々の服装、歩き方、そこに流れる空気まで含めて、ある時代の都市そのものを切り撮ることでもある。森山大道の『新宿』や荒木経惟の『東京』のように、街を舞台にした写真は数多く存在するが、石元泰博の『シブヤ、シブヤ』はそれらとは少し違った方法で都市を見つめている。写っているのは渋谷のランドスケープではなく、街を歩く人々の“背中”だ。Tシャツやジャケット、バッグに描かれた文字やグラフィックを追うようにして、2003年から2006年にかけて撮影されたシリーズだ。この作品群において石元はカメラを覗かず、ノーファインダーで人々の背後からシャッターを切った。顔も表情もほとんど登場しない。それでもページをめくるほど、2000年代前半の渋谷の姿が鮮明に立ち上がってくる。野口強がこの写真集について最初に口にしたのも、写真そのものの上手さより、その撮り方の面白さだった。「アイディアとして面白いでしょ。この撮り方、手法といい。洋服もちゃんと時代が出ていて面白いよね。まさに渋谷な感じがして」。通常、街を題材にした写真集であれば、ランドスケープや建物、人、看板などを横断しながら、一つの都市像を作っていく。しかし『シブヤ、シブヤ』は、徹底して後ろ姿へと視点を絞っている。「街をテーマにした写真集って、普通はもっと全体的なことになるじゃない。ランドスケープだったり、人だったり。でもこれはもう絞り込んでるもんね」と野口は話す。ひとつの限定された視点だけで渋谷を成立させていることこそ、この写真集の特異さなのだ。野口がこの本を購入したのは刊行当時。「シカゴ、シカゴを連想するタイトルなだけに予想を裏切っていて面白いなと思った」と振り返る。石元には都市を真正面から捉えた代表作『シカゴ、シカゴ』がある。その延長で渋谷を想像してページを開けば、そこに現れるのは、人の背中にプリントされた無数の文字やキャラクター、イラスト。その意外性も、この写真集の魅力なのだという。そしてスタイリストである野口の視線は、当然ながら服へと向かう。2000年代前半という時代を実際に知る彼にとって、そこに記録された服装には懐かしさがある一方、少し奇妙にも映る。「俺は、あえて外して撮っていると思うんだよね。いわゆるイケてるグラフィックじゃなくて、ちょっと垢抜けないところを狙ってる。この時代、もっとおしゃれだったと思う(笑)」。裏原宿をはじめ、東京のストリートファッションが世界的にも注目されていた時代。しかし、この写真集にはそうした“代表的な東京ファッション”がほとんど登場しない。少し野暮ったいTシャツ、見覚えのあるキャラクター、どこか過剰なグラフィック。野口はそこに、石元による意図的な選択を感じている。「若い人たちがこの写真集を見て、『この時代こんなにダサかったの?』って思うかもしれない。でも違うからね。だからこそ面白い」。この写真集の中に「一番好きな一枚」はあるのかと尋ねると野口は、「こんなの一枚じゃないでしょ。これは一冊でしょ」と答えた。「並びが面白いよね。見開いた時の写真の組み合わせだったり、ちゃんと考えてある。こういうのは1枚だけ抜き出して見る写真じゃないと思う」。人の背中に描かれたグラフィックが次のページのグラフィックへとつながり、ときに可笑しく、ときに奇妙なリズムを作っていく。1枚の決定的瞬間を見るというよりも、連続するイメージを読む。写真集というフォーマットそのものを含めて完成する作品なのだ。野口は、東京で撮影するなら「東京でしか撮れないものを撮らないと意味がない」と話す。「海外の物真似をしても本物には勝てない。だったら、その街の良さを生かした方がいい」。ファッション撮影においても、ただ都市を背景として使うのではなく、その街にしかない猥雑さや人間の気配を生かすことが重要なのだ。約20年前の渋谷と現在の渋谷では、人の流れもカルチャーの中心地も大きく変わった。野口自身、現在の渋谷には観光客が増え、かつてそこで新しいものを探していた若者たちは別の街へ移っていると感じている。街は変化し続ける。だからこそ写真は、撮られた瞬間には何気なく見えたものを、時間が経った後に“時代”として見せてくれる。『シブヤ、シブヤ』に写るのは、有名人でも、特別に洒落た人々でもない。たまたまその日、渋谷を歩いていた誰かの背中である。しかし、その無数の匿名の人々を通して見ることで、2000年代の東京という都市の輪郭が浮かび上がる。街を記録することは、必ずしも街そのものにカメラを向けることではない。そこを行き交う人々の服や背中を追うだけでも、ひとつの時代は残せる。『シブヤ、シブヤ』は、そのことを示した写真集なのである。


野口強
1989年から、スタイリストとして長年国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌や広告を中心に活躍し、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも、写真集は状態を確かめるため実際に書店で確かめてから購入している。
| Photo Masato Kawamura | Interview & Text Takayasu Yamada |












