Pick Me Up Off The Floor | 7th album Released 12th June 2020 |
Label Blue Note |
変化の多い数ヶ月だった。当たり前だったことが当たり前でなくなり、日々ニュースを目にしては不安や恐怖を抱くこともあった。だが一方でこんな状況だからこそ、インドアな日々を自分なりに楽しみながら活用できたように思う。これまでクラブやバーへ出向き、外で音楽に触れる機会も多かったのだが、自宅でレコードに針を落とし、じっくり音楽と向き合う時間がこれまで以上に大切な時間に感じた。自分をも見つめ直すこの機会には、じっくりと聴き込む、そんな深みのある音楽が今の気分でもあったし、世の中の不穏なムードを少しでも明るく温めてくれるような包容力を求めていたのかもしれない。そんなタイミングでノラ・ジョーンズの新作が出ることを知ったのだが、間違いなく今の感覚にマッチすると直感した。残念ながら原稿の執筆中の現在は、アルバム収録曲の一部しか公開されていない。しかし、プレリリースされている数曲を聴いただけで充分なほど、ここで紹介する意味のあるアルバムであるはずだ。前回に続き、レコードの写真がないのは少し残念なところだが今回はノラ・ジョーンズのニューリリース、『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』を紹介したい。
ノラ・ジョーンズは1979年3月30日生まれ、ニューヨーク出身のシンガーソングライター、女優。父ラヴィ・シャンカル、母スー・ジョーンズの間に生まれた。ラヴィ・シャンカルはインドの古典音楽のパイオニア的存在であり、ビートルズにも大きな影響を与えたシタール奏者としても知られている。2001年、彼女がニューアイコンとしてジャズの名門レーベル、ブルー・ノートからデビューした頃、ジャズという視点からみた彼女の音楽スタイルには賛否両論があった。しかし、彼女の聴き手を包みこむような豊かで温かい歌声は結果として多くの世代に受け入れられ、デビュー作『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』は第45回グラミー賞で「最優秀アルバム賞」「最優秀新人賞」など4部門を独占する快挙を成し遂げることになった。一つのジャンルに固執しない彼女の音楽スタイルは独自のシンガーソングライターとしての地位を確率していった。アルバムを重ねるごとに、奥深く上品な色気を帯びていく彼女の作品はジャズのみならずソウルやカントリー、インディー・ロックなどあらゆる音の要素を溶け込ませながら進化を続けている。
2019年リリースのコンセプト・アルバム『ビギン・アゲイン』を除くと、近年はアルバムを作るというよりはシングルのみの発表にとどまっていたノラ・ジョーンズ。フル・アルバムとしては2016年の『デイ・ブレイクス』振りに発表された今作は、彼女自身これまでで最もクリエイティブな作品との意気込みを示している。本作中の「アイム・アライブ」「ヘヴン・アバヴ」ではインディー・ロックの金字塔、ウィルコのフロントマン、ジェフ・トゥイーディーが共同プロデュースを行うなど、ジャズという垣根を超えた新しい音楽の在り方を実感できる作品に仕上がっている。現在先行配信されている楽曲はどれをとっても上質な作品であり、ピアノとアコースティックギターの音色に力強いメッセージを乗せた「アイム・アライブ」、スモーキーな歌声が心地よい「ハウ・アイ・ウィープ」、貫禄すら感じる安定感でしっとりと歌い上げる「ワー・ユー・ウォッチング」など、ジャズの可能性を感じさせる現代的かつ芯の強い楽曲の数々は、これまでの彼女の音楽人生を物語っているかのようだ。ここ最近、彼女は自宅からオンラインで自身の動画を配信する活動も積極的に行っている。ミニ・コンサートのような動画の中では、新旧の楽曲を織り混ぜながら、生き生きと歌う彼女の自由な姿が映されている。一人のアーティストとして、そして女性として、さらなる成長を遂げていく彼女の活躍から今後も目が離せない。『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』のアナログ盤はアルバムリリース同日に発売予定。これまでの日常とは少し違う今だからこそ“BGM”としてではなく、“音楽”として改めてじっくり聴いて欲しい。ゆっくりと流れる時間、流れる音楽を感じながら、心豊かなひとときを愛しみたい。
Select & Text Mayu Kakihata | https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008098346 |