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COLUMN
about Primitive Soul
Kunichi Nomura

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about Primitive Soul
Kunichi Nomura

モノに支配されない生活、
それこそが現在の
プリミティブ

 

PM 17:32 – 20:08
6th June 2022 at Tokyo
From morning
3 cup of Americano
2 box of Marlboro gold soft pack

 
プリミティブというと、直訳だと「原始的」ということになるが、化学的なことが加えられていない、人の手によって作られたものや、自然由来だけのものを使った加工にもよく使われる。必要最低限の、装飾性を排したものや、素朴だとか古いものを表すときにもよく出てくる。大体が街に暮らし、発展した技術の恩恵を受けまくって暮らす俺たちにとってプリミティブなものというのは、実は近くて遠いもの。言葉として聞いて、理解できるようなものではなく、実際に体験して、自分たちの生活と比較してみなければ、プリミティブなるものなど理解はできない。それなのに、簡単に会話に差し込んでくる人もいる。
 
「この曲はプリミティブなソウルを感じていいね」とか、「この陶器はプリミティブな感じで素敵ね」。プリミティブから100億光年は離れていそうな格好の人にそういわれるとなんだかとても腹が立つ。とはいえ、じゃあ自分はプリミティブを理解しているのか?というと決してそんなことのない、もやしっ子育ちなのだけれど。
 
それを意識的に体験しようとしたわけではなかったけれど、結果的にそういう暮らしをしたことがある。昔、もう30年近く前にバックパッカーとして生活していたときのことだ。
 
10代の頃の自分というのは、物欲まみれというか、都会で生まれ育った典型的な子供で、この世の全てはデコラティブだった。まだバブルが弾けていてもそれがどういうことなのか誰も理解していない頃。どいつもこいつもが平均的に小金を持っているような時代で、とにかくやたらと皆金遣いが荒かった。渋カジだ、古着だと、みな服に金を突っ込んでいたし、飲み会だ、パーティだと夜な夜な遊び歩いた。大人たちはもっとすごくて、タクシー止めるのに札を燃やして気付かせたなんていう話が飛び交い、イタリア製のスーツを着込んだバブル紳士たちが豪快に金を使いまくっていた。伊豆に蕎麦を食いにいくのにヘリコプターを使い、帰ってくるだとか、まぁ武勇伝を持つ人がゴロゴロいたのだ。
 
俺たちはその下で、浮かれた時代の蜜を吸いながら育ったのだが、その果てしない欲と野心だらけの世の中に、若いながら疲れを感じるものも多かった。学歴社会に競争社会、なんだかその中で空虚な感情を持つようになったのだ。そんな中、俺はなんとなく自分の周りの人間関係というものがえらく薄っぺらいものに感じて悶々とした感情を持て余すようになっていた。リュック一つで旅に出たのはそんな頃で、ちょうど格安航空券が出回るようになって誰もが自由に海外を旅行するのが簡単になった初めての時代だった。バンコクまでの往復チケットが4万円で、インドが8万くらいだったか。そして滞在費というのは切り詰めようと思えばいくらでもできた。現地の人に部屋を間借りし、現地の飯を食っていれば数万円で何ヶ月もいることができた。
 
あの頃の暮らしは、20歳になってからも初めての体験がたくさんある素晴らしい日々だった。1日の間に何回も停電で電気がなかった。まぁ電気を使うものも持っていなかったけれど。携帯も何もないし、カメラは写ルンです、ウォークマンは電池で動いた。部屋には大抵何もなく、マットの上に寝袋を敷いて寝ていた。外にある共同トイレには紙もなく、桶で水を汲んでケツは左手で拭いて、右手で飯を食べたりした。朝、頭にフルーツ満載のカゴを乗せ海岸を歩くおばちゃんから新鮮なマンゴーだのを買って食い、自転車やバイクを借りてノーヘルのまま海岸線を走った。眠くなれば、椰子の木陰でウトウトと昼寝をし、乾季の時期は、毎日必ず美しいサンセットを見た。インド洋やアラビア海に沈んでいく夕日をいったい何度眺めただろう。
 
金さえあればなんでもできたバブル時代の東京から、何もなければ何も必要としないアジアでの日々の差ときたら。何もかもが新鮮だったから楽しかったのはもちろんだが、俺はそこで初めて何が必要なのか、そうじゃないのかを知ったのだが、それこそが大きな衝撃だった。最低これだけのものを持ち、これだけの機能があれば生きていけるし、満ち足りた気分で過ごすことができる。そういうことを初めて知ったのだ。
 
それってプリミティブな暮らしじゃないだろうか?それからヒッピーの残党と知り合って、コミューンにいって居候したり、砂漠で時を過ごしたり、深い森の奥で過ごしたりもした。驚いたのは、都会育ちの自分が何一つ不自由を感じなかったこと。最初は不便だと思っても、すぐに慣れるもので、逆にものがないという暮らしの中での楽しみというものも生まれてくる。ウォークマンの電池が切れた時に、音楽を聞きたいとなると例えば自分たちで楽器を演奏するしかない。そうやってギターの伴奏やジャンベをどう叩くかを覚えたし、少ない材料で飯を作るとなるといろいろと創作料理も編み出したものだった。遊ぶものがなければ作ればいい。かといってそんな何もないコミューン暮らしだけを楽しんでいたわけじゃない。街にでればもちろん俗っぽい暮らしも楽しんだ。
 
プリミティブな暮らしを一度すると、どんなときでも楽しく過ごせるようになる。それがバックパッカーをしていたときに自分が学んだことだ。金がなければそれなりに遊び、あればあったで金を使って遊ぶ。なにもミニマムな暮らしをストイックに続けろということじゃなくて、どこにいてもまぁ流れに身を任せてやっていけるようになる。そして決定的に変わったことといえばモノを見る目というか価値観だ。これはどんな人でも変わると思う。一度必要最低限のものに囲まれた暮らしをすると、ものに対する見方が変わる。それは本当に必要なのか、最低限の機能をもっているか、なんなら置く場所はあるかとか。それは都会にいようが荒地にいようが変わらない。俺は多趣味でいろんなものが好きなのだけれど、いわゆるコレクターじゃない。一つのジャンルで欲しい、必要だと感じるものがあったらひたすら吟味する。で、買ったらそれでおしまい。例えば腕時計を集める人が周りにも結構いるが、あれは本当に好きなのか、それとも資産として集めているのか、俺にはよくわからないのだけれど、言えるのは本当に腕に付けて時間を知りたいのだとすれば一つでよくない?ということ。本とかレコードとか、たくさん集めて意味があるものもあるとは思うが、必要ないものを集めることに果たして意味はあるのかと思う。
 
俺たちの人生は一度で、その人生で唯一平等なものというのは、誰もが等しく死ぬということ。そして死んだらあの世には何も持ってはいけない。俺たちは身一つで死んでいくはずだ。だから集めて意味のあるというのは結局、頭の中に詰め込める感情や、思い出だけなはずなのだ。だから本当に必要なもの、欲しいものを吟味して選ばなきゃならないのだ。そうやって考えると、モノを選ぶときに、それがシンプルであったり、作り手の意思を感じるものが欲しくなったりする。1セットの皿を選ぶとき、どうするか?どんな料理にも使えるものとなるとシンプルなものになるだろうし、その背後に何かしらのストーリーがあるものを欲しいと思うだろう。それが大量生産品だろうと、個人の手によるものだろうと。すぐ壊れるものより、機能は少なくても長持ちするものを。そうやってモノを少なくしていくことで、俺たちはより身軽になるのだ。身軽になるとどうなるか?毎日をしなやかに生きれるはずだ、その瞬間の感情や未来の思い出のために。モノはそのためへの手段の一つで、生きるための目的じゃないのだ。そうすれば都会に生きていようと、最新のガジェットの恩恵を受けていようと、少しは人間らしい暮らしをできる気がする。モノに支配されない生活、それこそが現在のプリミティブだと俺は思うし、そのための心のありようこそがプリミティブソウルだと信じる。
 
 
野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、8年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。

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