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TOYO ENTERPRISE

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ヴィンテージを継承し続ける
東洋エンタープライズの想い

横須賀海軍基地に駐留していた米兵が自身が持っていたジャケットに刺繍のカスタムをしたこの1着は、スカジャンの最初期である1946年製の貴重な逸品。上部にある“YOKOSUKA JAPAN”と下部に書かれた“YOKOHAMA”は書体が変わっており、YOKOHAMAの方は後から追加されていることが分かる。

 

注目を集めるアーカイブ展

 

近年、多くの美術館で開催されている企画展に、現代の洋服に影響を与えたアーカイブの展示がある。今年の日本国内だけでもシャネルやルイ・ヴィトン、ディオールといった数々のメゾンによるアーカイブの展示の開催が相次ぎ、2022FWからケンゾーのアーティスティックディレクターに就任したNIGO®︎によるヴィンテージのコレクション展など、いつにも増して服飾関連のアーカイブ展が多く見受けられた。そうした理由の一つには、美術的にも服がアートとして認知され、デザイナーもそうしたヘリテージの重要さや偉大さを改めて伝えた上で今の服作りに受け継がれるものづくりや表現の背景を知ってもらうことを重要視していることがあるのだろう。

 

そんな数多くあるヘリテージの展示の中でも異彩を放つのが、横須賀美術館で開催された“スカジャン展”だ。スカジャンは戦後の日本に滞在していた米兵が故郷に帰る時にお土産として買い求めた、鷲や虎、龍、日本地図や風景などを刺繍したジャンパーであり、ほかに類を見ない“日本生まれの洋服”である。今回の展示では、スカジャン最盛期の1950年代を中心とした貴重なヴィンテージから厳選された150点以上が並び、その様子は圧巻の一言。この膨大なコレクションを協力したのは、これまでに数々のヴィンテージウエアの忠実な復刻を手掛けるほか、ヴィンテージから影響を受けたオリジナルの服作りを長年行い続ける“東洋エンタープライズ”によるもの。そして、東洋エンタープライズの前身となる会社が、当時スカジャンの製作を手掛け、米軍に卸していたメーカー“港商”である。スカジャン以外にもミリタリーやアロハ、デニムを中心としたワークなど数多くのヘリテージウエアを作り続ける東洋エンタープライズ。

 

東洋エンタープライズは1965年創業、港商は1940年代創業という長い歴史の中で、自分達が作ってきたモノがすでにヴィンテージとなっているという日本の洋服の歴史において稀有な存在だ。これほどまでに長い期間なぜ、東洋エンタープライズはヴィンテージを見続けるのか。代表を務める小林亨一に話を聞くときっかけについてこう答える。

 

「元々、うちは国内向けのアパレル事業としては後発だったんです。先代の父は、戦後間もない頃からスカジャンなどの衣料品を作って米軍基地に卸していましたが、輸出がメインで日本国内に販路がなかった。アメリカとのコネクションは持っていた為にアメリカのブランドを日本に輸入して卸すということはできたんですが、まず売り先がなかった。それに、アメリカのものはサイズ感が大きくて日本人には合わない為、そのままでは売れない。そこで一番わかりやすいのは、日本人にも合うサイズ感で、忠実にヴィンテージを再現すれば認めてもらえるんじゃないかと考えたんです。いずれはオリジナルを作りたかったけれど、認めてもらうために完成度の高いレプリカを作るというところから始めたんです」。米軍に向けた衣料品の製作から、ミリタリーやワークウエアのレプリカへと受け継がれ、二代目の小林が企画に携わるようになりさらにブランドの幅は広がっていった。フライトジャケットを中心とした“バズリクソンズ”、デニムの“シュガーケーン”、アロハシャツの“サンサーフ”、スカジャンの“テーラー東洋”は多くのヴィンテージコレクターの間でも有名である。「見た目だけを真似して再現したところで、ヴィンテージには敵わない。じゃあ、今ヴィンテージとされているデニムやアロハは何が魅力なのか。素材や仕様、染色など多々あると思いますが、ヴィンテージのどういった部分が格好良いのかを理解した上でそういうものを追求し続けてきたら今のような会社の展開になっていきました。」

刺繍の絵柄毎に仕分けられたスカジャン展の展示。鷲、虎、龍など定番柄のほか、日本の風景や海外の図案、刺繍ではなくハンドプリント(手捺染)の珍しいヴィンテージなど、1940~50年代に作られた貴重なスカジャンが多数揃う。

 
 

オリジナルを追求すると
東洋エンタープライズになる

 

東洋エンタープライズが長年そうしたヘリテージなウエアを作り続けてきたことによって、今では国内外のファッションブランドからコラボレーションのオファーが絶えない。それはつまり、ファッションデザイナーたちにとって、オリジナルを追求すると東洋エンタープライズに行き着くということが認知されているからだろう。今回のスカジャン展に飾ってあったクロムハーツやコム・デ・ギャルソン、Y’sといったビッグネームとのコラボレーションも驚きだが、改めて、スカジャンが美術館に飾られるほど認知されたことに小林自身も驚きがあるようだ。「スカジャンがアートとして認められたということはいまだに信じられないです。戦後の日本で生まれ、現在では固有名詞として世界でも通じるスカジャン。その歴史的なストーリーと当時の刺繍職人による技の美しさが相まって文化的に評価されているんだと思います。ヴィンテージを見続けていると、作りが良いものは沢山あるんです。でも廃れてしまうものも多い。残っていったり再評価してもらえるものというのは、そういった背景が面白いものなんだと思うんです。」

 

小林は、世界でも有数のアロハシャツコレクターとしても知られるが、「服は着るだけではなく見る楽しさもある」と言う。部屋にヴィンテージコレクションを飾り、眺めるなどして良い晩酌のお供になっているようだ。一昨年は、アロハシャツの展示も茅ヶ崎市美術館で東洋エンタープライズが協力のもと行ったが、こうした文化的背景にも優れたアーカイブの展示を企業が盛んに開催してくれるのは次世代に歴史を繋いでいく上でもありがたい。東洋エンタープライズがこれから先目指すものづくりは何か小林に聞くとこう答える。「スカジャンもそうですが、ミリタリーやアロハシャツ、デニムにもブームがありますよね。ブームの時はもちろんどこのブランドもそういったウエアを作ります。でもブームのあとは廃れていくじゃないですか、誰も見向きもしなくなるんですよ。もし、急にスカジャンをどこのブランドも作らなくなったら、職人さんは食べていけなくなって廃業します。もう二度と美しい刺繍のスカジャンは作れなくなるかもしれません。私たちは、ブームなど関係なく自分たちが良いと思える服を作り続けている。だから、ブームでない時もうちのスカジャンを良いと思ってくれる人たちがいて、職人さんや工場ともずっと付き合っていける。そういうメーカーであるということをこれからも大事にしていきたいですね。」

 

小林が言う作り続けることの大切さは、技術を繋いでいく上でも重要だ。リーバイス®︎に続く他のデニムブランドが今では、同様に博物館に並び、ヴィンテージとしても認められていることから分かるように、ストーリーがありしっかりとしたものづくりによって生み出されるレプリカやそれらに影響を受けたオリジナルもまた時代を経ていくことでヘリテージの歴史の1ページとなる。東洋エンタープライズは、日本が生んだアメリカンカジュアルとして今後も語り継がれていく存在だろう。

Chrome Hearts
2019年製作。クロムハーツ東京のオープン20周年を記念し、アーティストMattDiGiacomoのアートを刺繍。

Comme des Garçons
2018年製作。ヴィンテージでも希少とされるハンドプリント(手捺染)と同じ手法を用いて絵柄を表現している。

Y’s
2022年製作。ブラックの刺繍糸を基調とし、刺繍の立体感による陰影のみで虎の絵柄を表現したY’sらしい1着。

TAILOR TOYO
2022年製作。前ページでも紹介しているスカジャン展の象徴となった1946年製のヴィンテージを忠実に再現。

東洋エンタープライズや前身である港商から米軍基地へスカジャンを納入していたことがわかる当時の伝票も、本展では展示されている。

1950年代に職人が刺繍を量産するとき使っていた刺繍型。こうした資料も東洋エンタープライズが保存することで、当時のオリジナルな技術を残していく。

ヴィンテージの中でも特に希少な髑髏柄のスカジャン。1950年代のもので、刺繍型と同じ絵柄であることから港商が当時製作を手がけたことがわかる。

 
 

◯ 東洋エンタープライズ
https://www.toyo-enterprise.co.jp/

 
 
 

Photo Taro Hirayama Interview & Text Takayasu Yamada
This article is included in

Silver N°18 Winter 2022-23

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