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The Future of Fashion
(Perfumer H Fragrance)

環境問題への意識が高まる現代において、かけがえのない自然の魅力について改めて意識することが増えたのではないだろうか。自然と触れ合うこと、五感で感じられるもの、人間らしいプリミティブなテーマを持ったモノやコトは、今の時代に欠かすことのできない心の贅沢と言える。そうした中で、自然環境に対して負荷が多いアパレル産業なだけに、多くのブランドやメーカーが問題意識を掲げて実践を行っている。環境に配慮した生地を使うことは当たり前になりつつある今、プリミティブなものと向き合う新しいアイディアやテクノロジーも進化をし続けているのだ。そうした先を行くコンセプトを持って作られるプロダクトをこの章では紹介。これからの時代におけるもの選びの1つの指針になれば。

The Future of Fashion
(Perfumer H Fragrance)

環境問題への意識が高まる現代において、かけがえのない自然の魅力について改めて意識することが増えたのではないだろうか。自然と触れ合うこと、五感で感じられるもの、人間らしいプリミティブなテーマを持ったモノやコトは、今の時代に欠かすことのできない心の贅沢と言える。そうした中で、自然環境に対して負荷が多いアパレル産業なだけに、多くのブランドやメーカーが問題意識を掲げて実践を行っている。環境に配慮した生地を使うことは当たり前になりつつある今、プリミティブなものと向き合う新しいアイディアやテクノロジーも進化をし続けているのだ。そうした先を行くコンセプトを持って作られるプロダクトをこの章では紹介。これからの時代におけるもの選びの1つの指針になれば。

リン・ハリスが考える
未来に残るフレグランス

厳選された天然素材にこだわり、少数精鋭のチームで丁寧に瓶詰めまで行われるパフューマー H。日本ではアーツ&サイエンスのみで取り扱われている。先日、リニューアルオープンしたばかりの&SHOP青山には専属のコーナーが設けられており、アーツ&サイエンスのために考案された香り「ウッドランド」のパフュームも2年の開発期間を経て今冬リリースされる予定。ガラス職人のマイケル・ルーが手がけるハンドメイドのガラスボトルはクラフトとしても完成度が高く、フレグランスをリフィルして再利用できる仕組みまで美しい。
 
Wood Land Perfume 今冬リリース予定
Candle ¥26400 by PERFUMER H (&SHOP AOYAMA)

 
 

香りは記憶を呼び起こす

 

加速するネット社会化やコロナの影響で外出する機会が激減したわけだが、その一方で需要が増えているものの一つにフレグランスがある。閉鎖的に過ごす時間が長くなったからこそ、瞬間的に気分を変えてくれる香りを多くの人が求めているのだ。歴史上で香料が登場したのは紀元前3000年の古代エジプト時代と言われているが、太古の昔から人間の生活の必需品だったわけだ。目には見えないけれど、人間の脳や心に強い影響を与える香り。この不思議な存在の最先端の在り方が気になった。そのヒントを探るべく、天才調香師と名高いリン・ハリス(以下、リン)をインタビューした。イギリス出身のリンは、フランスのパリとグラースで調香の勉強を重ね、様々なフレグランスブランドを経験したのちに新しく創設し、彼女の現在のメインブランドとして愛されるのがパフューマー Hだ。幼い頃から自然環境に恵まれて育ったバックグランドから天然香料を素材にすることを徹底し、「ウッドランド」や「レインウッド」と名付けた自然的で情緒的な香りを多く生み出している。まずは調香師であるリンが考える香りの魅力について聞いた。
 
「香りは瞬間的に記憶に影響して、安らぎや喜び、楽しかったことを思い出させてくれます。それは脳の大脳辺縁系という記憶を司る部分に作用するからなんです。香料の原料となる素材はいくつかありますが、それらを生活の中で嗅いだり触れた経験がトリガーになって記憶が蘇ってくるんですね。だから私たちは香りがいかに人生に重要であるかを直感的に知っているからこそ、香りに対して熱狂的になるんです。コロナ以降の社会でフレグランスが多くの人に求められる理由はそこにあると思います。だから私は嗅覚の記憶の中に眠るキーワードのようなものを引き出すため、様々な原料を調香するのです。私が作るフレグランスを通じて感動をしてもらいたいし、感情を与えたいんです。いい香りと過ごすことは喜びに繋がりますし、何かインスピレーションを得て想像力を働かせるきっかけになると信じています。私の作る香りには『旅がある』とよく表現されるのですが、これはとても嬉しい褒め言葉です」。
 
筆者もリンが調香するパフューマー Hの香水やお香を使用しているが、リンの言う「旅がある」という表現を聞いてすとんと腑に落ちた。香りと記憶、感情の関係を強く意識する彼女だが、世にある香りの全てがそのような機能を果たすわけではないと話す。「一人一人が自分に向き合い、人生の記憶に引っかかる香りを持つことが大切なんです。記憶は人それぞれで違いますからね。でも今の世の中にはフレグランスが多すぎると思っています。ヘビーな香りを放つ香料や石鹸剤をむやみやたらに使えばそれでいいというわけではないのです。ルームスプレーは空間をリフレッシュさせる素敵なツールですが、自然な香りをほんの少し感じるくらいのものを使うべきだと思います。香りは人と共にあってこそなので、決して人や空間を圧迫したり支配してはいけないのです。でも現代社会を見渡すと清潔で強い香りに包まれたものに執着している人が多いですし、それを煽るような資本主義的なマーケティングには反対です。例えば私の祖母はラベンダーを用いて洗濯をしていましたが、そのように特定の用途にだけ素朴な香りを使うからこそ記憶に刻まれるのです」。

 
 

日々の変化に合わせて
身につける香りも変えていく

 

香りの氾濫に危険信号を出すリン。実際、人間の嗅覚は5秒間以上は匂いを感知することができないとも言われている。その為ただただ強い香りがついているもので日常を満たしていると嗅覚が麻痺してしまうのだ。調香師という職業柄もあるが、そのリスクをリンは意識しているからこそ日常では香水を付けなかったり、ニンニクなど匂いの強い食事も制限しているようだ。「人間は動物なので、あらゆるものを意識的に嗅ぎ分けています。しかし現代社会は自然界と全く異なる環境にあるので、嗅覚を抑制してしまう人工的な障害が多くあります。だからこそ調香師として意識的に訓練で嗅覚を鍛える必要があったんです。私は30年間嗅覚を鍛えてきたので、一般的な人とは別次元のレベルにあると思います。生まれた時から香りと共に過ごしてきました。田舎にある祖父母の農場によく遊びに行っていたのですが、朝目が覚めると祖父は仕事で野焼きをして、祖母は甘い香りのするジャムを作っていました。庭には花や野菜が育てられ、香りに包まれたまるで夢の世界のようでした。そのような香りに紐づいた記憶の蓄積と、天然素材から化学物質まで嗅ぎ分けられるよう訓練した嗅覚を武器に調香を行っています。素材を知ることが何よりも重要なので、料理人と似ているかもしませんね。
 
日常のインスピレーションは、家族と一緒に美しい場所に出かけた際に得ることが多いです。今住んでいるロンドンには公園が多くあり、その季節にしか採取できない植物を探すのが好きです。今の時期だとどんぐりを拾ったり、先日は美しい石を見つけて持って帰りました。様々な国へ旅行した経験も調香師としての財産です。夫の出身であるフランスにはよく行きましたし、アメリカを旅行するのも好きです。街からは抜けて、美しい田舎風景が広がるエリアへ行くことがほとんどですね。中でも日本は大好きな国です。以前京都に行ったときは美しい苔を見つけて歓喜したものですし、東京へ移動するために乗った電車の車窓から見えた田園風景は信じられないほど美しかったです。蒸し暑い夏や雪の降る寒い冬など色々なシーズンに日本を訪れていますが、そういった季節の変化にある自然の力強さや美しさも美的感覚を養う貴重なソースです。
香りも同じように変化したり、新しいものを追求することが大切です。毎日同じ洋服を着たり、同じものばかり食べていると特別感がなくなってきますし、自分の感性も固まってしまいますよね。だから気分の変化や季節の移り変わりに合わせて香りも使い分けることが大切で。それは新たな自分の感覚や生き方を探求することにも繋がるのです」。

 
 

幸せな記憶をテーマに調香する

 

記憶と経験をもとに数多の香りを生み出してきたリン。中でも思い出深い香りはなんなのだろうか。「祖父を表現したチャコール(消炭色の意)というフレグランスですね。祖父は素晴らしい芸術家で、常に手を動かしてあらゆるものを作っていました。火を起こして作業することが多いので、手にはいつもススがついていて、炭素のようなスモーキーな香りを纏っていたんです。これは彼がどんな人間であったかということを、香りを通して私なりに翻訳した記憶なのです。当時私は3歳でしたが今も鮮明に覚えています。だから私にとって炭の香りは祖父との記憶であり、祖父と孫娘の私が共に過ごした思いやりのある時間の象徴です。そんなパーソナルで大切な記憶をテーマに調香したチャコールは私にとって非常に重要な香りの一つなのです。チャコールは、過去10年間に香水業界を大きく変えたフレグランス10種類のうちの一つにも選ばれ、パフューマーHにとってもマスターピースのような存在となりました」。
 
リンの個人的な思い出がテーマになったチャコールの香り。香水業界を変えたと言わしめるほど評価されるのは、記憶に紐づいたリンの調香に多くの人が自分自身の思い出を呼び起こさせられたからだろう。感情を大きく揺さぶるリンとパフューマー Hのフレグランスだが、まだまだ興味深いものが多くある。「オレンジフラワーの香りはモロッコのような美しい情景を連想させ、陽の光を浴びる幸福感を呼び起こすような太陽の香りを意識しました。中でも一番のお気に入りはレインクラウドの香りです。住んでいるイギリスは雨が多く降るせいか、私は雨を自分なりに解釈することが好きなんです。雨と言っても様々な種類がありますが、湿気の中に咲く白い花が私の記憶の中に強くあります。だから私にとって雨はトロピカルなものであり、それを表現したのがレインクラウドの香りなんです」。

 
 

有機的なインスピレーションが
香りの未来を切り開く

 

日本国内でパフューマーHのプロダクトを取り扱うのは、ソニア・パーク氏がオーナー兼クリエイティブディレクターを務めるお店、アーツ&サイエンス(以下、A&S)のみ。リニューアルオープンをしたばかりの&SHOP青山では、パフューマー Hの専属コーナーが設けられ、美しいボトルが並ぶ。そして今冬にはA&Sのために考案されたウッドランドのパフュームが新登場するという。「ソニアが私のアトリエに来た時に会話の中で出た『東京という都市に住みながらも自然や森を感じられる香り』というフレーズをヒントに生まれたのがこの香りです。今までウッドランドはインセンスやキャンドルとしてプロダクト化していましたが、フレグランスは肌に付けるものなので全く異なる手法で香りを落とし込みました。ウッドランドを身につけて、オアシスのような、魔法の森に逃げ込むような気持ちよさを味わってほしいです。ブラックペッパーの冷涼な香り、数種類のハーブ、ラベンダーやユーカリ、ヒノキ、グリーンリーフの香りが漂います。完成までに2年かかりましたが、本当に満足していますし、新たなマスターピースが生まれました。他にも定番の香りを今までになかったインセンスやフレグランスの形に落とし込んで展開する予定です。あと最近は新たに石鹸も作りました。イングランド北部ランカシャーにある最も古い石鹸メーカーの一つと協働したもので、100%天然素材で作っています。フレグランスとの相性も良く、自然に環境に馴染む香りなのでとても美しい体験ができると思います」。
 
パフューマー Hのアイテムは、リンのクリエイティビティに共感した世界中の職人が携わっている。例えばインセンスは京都の老舗松栄堂と共同開発したものだし、鮮やかで薬瓶のような温もりが感じられる手吹きのガラスボトルはガラス職人マイケル・ルーによるもの。彼らのサポートがあってこそ、パフューマーHのものづくりは完成するとリンは話す。「私のチームには調香師だけでなく、製造チームや建築家、ビジュアルアイデンティティの管理者など様々なエキスパートがいるんです。少数のメンバーで密にコミュニケーションを取りながらパフューマーHを運営しています。フレグランスはもちろんですが、キャンドルも自分達で作りますし、リフィルサービスも手作業で行います。全てを自分達でコントロールしなければ、満足のいくクオリティを保証できないからです。そうやって時間をかけて関係性を築き、今では強力なチームとなりました。クリエイティビティや個性が豊かな彼らの支えがあるからこそ、私も自分のクリエイティブに集中することができます。実は私は、ほかにもヴァイラオやシールトゥルドンなどのメゾンフレグランスも並行してディレクションしています。でもそれは自然や香りを常に変化させることの重要性と同じ話で、様々なブランドを同時に抱えることで調香師としての私の感覚に刺激を常に与えているのです。毛色の違うチームやメンバーと時間を過ごす経験が、ほかのブランドで調香するときのインスピレーションになるのです。その化学反応はとても美しいものですし、また新たな喜びや感受を人々に与える香りを生み出す原動力となるのです」。リン・ハリスが考える“香り”。人間の心や脳に訴えかけるプリミティブな存在だからこそ、データに基づいたような無機質な工程ではなく、人と人・人と自然の有機的な関係性のみが香りの未来を切り開いていくと彼女の言葉から確信した。

リン・ハリスが日常生活や旅で収集してきた素材の一部。近所の公園で見つけたライラックやタンポポ、来日時に京都で出会った苔などが並ぶ。どれも彼女の記憶と深く結びついたもので、その思い出を頼りに新たな香りを生み出していく。

リン・ハリス
イギリス出身。香りを学ぶためパリへ移住し、フランスを代表する調香師モニック・シュランジェのもとで伝統的な訓練を受けたイギリス人女性初の調香師。繊細かつ情緒的な調香技術が評価され、パフューマーH以外にも様々なフレグランスブランドを手がける。

 
 
 

Interview Shunya Watanabe Text Yutaro Okamoto Edit Takayasu Yamada
This article is included in

Silver N°17 Autumn 2022

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