Loading...
  • EN
  • JP

JOHN LOBB 人生という旅を共にする靴

JOHN LOBB 人生という旅を共にする靴

L to R
WILLIAM ¥203040 CITY II ¥189000 LOPEZ ¥213840

 
 

ジョンロブと聞いて、どんな靴をイメージするだろうか? イギリスの伝統とクラフツマンシップ? 高級でラグジュアリーな靴? そのどちらも間違いではないけれど、一番素晴らしいのは人生の長い時間を共にできる靴であるということだ。チャールズ皇太子が何度もリペアを続け、同じジョンロブを履き続けているのは有名な話だ。ジョンロブの靴は何年経っても、何度でも修理してくれる。破れた部分は補修してくれ、その補修部分は履いた人の人生に寄り添うように馴染む。その補修部分こそが、人生の旅の奇跡である。と、クリエイティブディレクターのパウラ・ジェルバーゼは語る。

 

今回のSilverのテーマでもある旅とジョンロブも深い繋がりがある。5月にジョンロブのSpring Walkというイベントがイギリスのコーンウォールで行われた。コーンウォールとはジョンロブの創設者、ミスタージョンロブの出生地であり、彼はその町からロンドンまで400Kmの道のりを、自身の靴を履いて旅をした。その旅のインスピレーションが彼のクリエイティビティに大きな影響を与えたのは言うまでもない。そしてミスタージョンロブの意思を受け継ぐ現在のクリエイティブディレクター、パウラも旅の大切さを話す。

 

創設者ミスタージョンロブの生まれた街、コーンウォール。ロンドンから400キロ西へ離れた海沿いの街。壮大な自然、海と空の美しさはヨーロッパでも随一と言われる。

 
 

コントロールできない旅には
美しい小道があったりするもの

 

「私にとってSpring walkというイベントはプロダクトやコレクション、シーズンの新しいアイデアを見せることですが、最も重要なことはターンオフをして、その瞬間を周囲の人を楽しむことです。そしてその人たちと共に旅に出て、たとえそれが3日間、1年の友情関係だったとしても、ウォーキングは人々を一つにすることができます。もし自分の意志でウォーキングをすれば、何か他のことに思いを巡らせるきっかけにもなりますし、自分の考えや意見を変えることもできるでしょう。もし誰かと一緒にウォーキングをすれば、もっとオープンになることだってできます。アイデアの共有や、もっとフランクに話す機会ができます。誰かと共に遠くへ行くというフィジカルなモーションを、人はもっともっとすべきだと思います。だから私にとって旅のアイデアは何よりも大切になってきています。
 
現代の時間の大半は、ただただ携帯電話と向かい合うことに使われていて、身体的に居る場所とは別の場所に意識があるようなものです。日本やモロッコ、ラテンアメリカ、アラスカに旅をすることだってできるけど、大半の時間はただ携帯の着信を待ってしまっているのです。それに引き換え、ここコーンウォールは携帯電話の通じない素晴らしい場所です。着信を受けることもできなくはないですが、最終的には携帯を手放さざるを得ず、旅をただ楽しむことに向き合うことになるのです。探検や新たな驚きを体験したり、ウォーキングやコレクションのプレゼンテーションはとても楽しいことです。Springwalkの3日間で築き上げられるコネクションは、その3日間以上、今後続くことは間違いないのです。その後も互いに連絡を取り合い、共にした時間を忘れることはないのです。

 

テクノロジーに囲まれた今の環境になる以前は、私も同じでした。何かをすることを探していたし、それは夕暮れへの予感や、旅先へ何を着ていくかを想像し、それを旅の一部として楽しみにしていたのです。ですがテクノロジーが発達した今は、すべてが予定調和なのです。宿泊している場所や行先、どの美術館に行くのか、事前にディナーをする場所を予約しておくなどが常に問われています。もはや、現代社会には探究の余地などありません。我々は全てをコントロールしたいのです。私だっていつもコントロールしたいです。でも、たまには自然に身をまかせることがファンタスティックだと思っています。コントロールできない旅には、気づいたら美しい小道がそこにあったりするものなのです」。

 

彼女がSpring walkというイベントを着想するまでには、ミスタージョンロブの軌跡を辿ることが必要だった。創業者の歴史を振り返ることで多くの気づきを得て、彼女のクリエーションは作られていく。
「ジョンロブで仕事を始めた最初の6ヶ月間は、ただただ探究することだけを考えていました。ジョンロブのルーツを探ろうとしていました。なぜなら当時の私のジョンロブに対する見解は、非常にクラシックかつ、おそらく世界で最も美しいシューズであり、誠実さやすべてのアーティズムに対するリスペクトがあるということでした。ですが、私が一番知りたかったことは、ブランドの技術的側面ではなく、人間的側面のキャラクターでした。

 

もちろん当初はアーカイヴを調べました。多くのスポーツウェアやウォーキングシューズ、ハイキングシューズ、美しいブラックのレザーに赤色のレースが施され、特注のステッチがバックに付いているスキーブーツなど、1940年代のアイテムを見つけました。1920年代のテニスシューズもありました。1910年のトラディショナルなスニーカーさえありました。私はスポーツが好きですが、なぜミスタージョンロブがスニーカーを作ったのかを理解できませんでした。このブランドはオフィス用のシティシューズだと思っていたからです。そこでさらに深く掘り調べることにし、ジョンロブの根底にある歴史に辿り着こうとしました。プロダクトやクラフトは理解しました。が、どのような人だったのかはまだ理解できていませんでした。

 

数か月に及ぶ調査の末、彼がコーンウォールで生まれたということを突き止めました。私は彼をシティーガイだと思っていましたがカントリーサイド出身だったのです。その時、私はコーンウォールを訪れたこともありませんでした。彼を真に理解するためにはそこへ行く必要があると思い、電車に乗り、実際に現場へ向かいました。そこに広がる自然や、そのワイルドな姿、ミネラリティの美しさにただただショックを受けました。その自然に特別なエナジーを感じました。現地を歩き、長時間を過ごすことで過去の文化を感じることができました。そこには美しいストーンサークルもありました。なぜそこにそれがあるのかは誰にもわかりません。しかし人間がそれを創ったことは確かなのです。人間性やその起源がそこにはあり、それらは自然に反映されているのです。

 

都会の雑踏から遠く離れたこの場所で、彼が農家の息子であったことも突き止めました。彼は膝を3箇所も怪我していたので、農家として自分自身で生計を立てることができませんでした。それで彼の父親はキッカケを与えました。そのキッカケはプリマスというコーンウォールに近い都市で靴職人になることだったのです。21歳のとき、彼はブーツを自分の手で修理しました。そしてロンドンへ向かったのです。1851年にはもちろんインターネットなど存在しませんし、とても少ない情報しかなかったはずです。彼は21歳のとき、一人ロンドンへ向かいました。未来に向かうその恐怖知らずのアドベンチャー、探究、好奇心、ムーブメントには美しさすら覚えます。都会はありとあらゆる物事が別世界だったため、彼は強いショックを受けました。タバコやウィスキー、シティーガイなどがその例でしょう。私はこのストーリーを伝えなければならなかったのです。しかし、一体どのようにして伝えられるでしょう? どうやったら東京やロンドン、ニューヨークの人にこのストーリーを伝えることができるでしょうか?それで生まれたのがコーンウォールでのSpring Walkです」。

 

Paul Gerbase パウラ・ジェルバーゼ

サヴィル・ロウのテーラーでキャリアを積み、2010年より自身のブランド「1205」をスタート。2014年よりジョンロブのアーティスティックディレクターに就任。伝統的なクラフツマンシップを理解しながら、モダンなセンスでブランドを牽引する姿勢に高い評価が集まる。

Related article