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Interview with Motofumi “POGGY” Kogi
about What is STREET? Creativity Hides on the Street

Interview with Motofumi “POGGY” Kogi
about What is STREET? Creativity Hides on the Street

小木 “POGGY” 基史 1976年、北海道生まれ。2G トーキョーファッションディレクター、ユナイテッドアローズ アンド サンズ ディレクター。ファッション・キュレーター。日本を代表するファッションアイコンとして世界から認められる。ストリートとトラッド、モードを自在にミックスする独自の感覚で注目されコレクション時のスナップの常連でもある。
みんなと同じ条件の中で
どれだけクリエティブに
なれるか

2000年代の中盤よりトラッドやモードのファッションに果敢にストリートのエッセンスを持ち込んでいた小木”POGGY”基史。ストリートとモードの融合やハイエンドなストリートファッションを日本で最も敏感に捉え、発信していたのは彼だろう。ファッションの世界で当たり前となったストリートとモードという関係の中で彼の考える“ストリート”の意味とは。
 
「最近ある女の子の友達との会話の中でストリートだなと思ったことがあったんですよ」。ストリートとは?の質問に対して、こう話し始めた小木。「僕、小中高とバレーボールをやっていたんですが、バレーボールのシューズがすごくダサくて、バスケ部とかサッカー部に対する憧れがすごく強かったんですね。で、その女の子の友達がバレーボールをやっていたというので、シューズがダサいよね?っていう話をすると大抵はそうそう!って話になるんですけど。彼女は違ったんですよね。バレー部なのにジョーダンを履いていたらしいんですよ。かっこいいですよね。なんで当時、僕にはその発想がなかったんだろうって思って。バレーボールならバレーボールシューズを履くのが当たり前なはずなのにジョーダンを履いてしまう。確かに誰もバレーボールでジョーダンを履いてはいけないとは言っていないんですよね。なんかそういう発想ってすごくストリート的だなあと思ったんです」。
 
小木が一番初めにストリートファッションを意識したのは、高校生の頃だったという。「当時付き合ってた年上の彼女がCUTIEとかの雑誌を読んでいたんですよ。その影響で僕も読むようになって、藤原ヒロシさんやNIGO®さんが出ているページに興味を持つようになったんです。それで東京を強く意識するようになって東京のカルチャーにのめり込んでいきました。その時はオンラインもなかったので、欲しい服があれば電話して在庫があればお金もないのに勢いで買って、親に怒られるような感じでした。その後アンダカバーのジョニオさんに憧れて自分でそういう服が作りたいなと思ってファッションの専門学校に行きました。けれど、自分はミシンも踏めなくて、洋服を作ることは向いてないんだなと諦めて、卒業してからはアルバイトをしていました。そしたら高校時代の友達がユナイテッドアローズの有楽町店でアルバイトをしていて空きがあると教えてくれたので、面接を受けに東京に来たんです。その時は97年でシュプリームのキャップにアンダーカバーやステューシーを合わせてるような感じでした。それが面白がってもらえて東京に出てきてユナイテッドアローズで働くことになりました。

Left & Center: ショーン・ステューシーの直筆のサインが入ったリベラーノのスーツ。ストリートとトラッドを繋ぐひとつのストーリー。
Right: スーツの教科書の本。小木のスタイルのベースにあるトラッドな部分はしっかりと基本を押さえる。基本がないと崩しができない。

 
 

必ずカルチャーと紐づいている

若かりし頃の自分を振り返りながら、話を続ける小木。「ストリートファッションってやっぱり若者のためのもので、あとはファッションショーとかそういうメインストリーム以外のところから沸き起こってくるものだと思うんです。ズート、テディボーイズ、モッズ、ロッカーズだったり、自分たちが憧れているストリートファッションの大元はメインストリームではない街や道から生み出されたものなんですよね。
 
あと大きなポイントとしては必ずカルチャーと紐づいているっていうとこですかね。ムーブメントとともにあるというか。例えばマルコム・マクラーレンが作ったパンクって意識して作られたムーヴメントだと思うんですよ。マルコムが考えてマーケティング感覚もありつつ広げようとした。そのポップカルチャー的なプレゼンテーションの仕方というのは現代のストリートカルチャーに持ち込まれたと思っていて。そこは裏原カルチャーにも少し入っているのかなと。本当に好きでやっているんですけど、ちゃんとムーブメントにしようという考えもある。あとはショッピングゲーム的な感覚が当時あったんですよね。90年代の裏原は、ファッションの裾野を広げたという大きな功績があると思います。ストリートファッションの功績とも言えると思うんですが。それまでのファッションって着こなしだったりその人のアティチュードとかが重視されていて一般の人とファッションの距離感があったと思うんです。裏原ブランドの希少価値のあるアイテムを入手することによってオシャレになるというか。着こなしはオシャレじゃなくても、それを着ていればオシャレなんだっていうムードがありました。ファッションっていうよりもポップカルチャーとして成立したんですかね。いい意味で大衆のものになっていったというか。そう考えるとファッションの歴史の中で90年代のストリートは変革の起点になっていますよね。Tシャツやスウェットが本格的にファッションになったのは、この頃からだと思います。
 
 

コラボレーションっていうカルチャーも90年代の裏原から生まれていったと思うんですよ。そしてそこからあれだけたくさんのスターが生まれていったのもすごいことだと思います。そのスターたちはみんなファッションのスタイルとしては違うんですよね。バイクテイストは滝沢さんのネイバーフッドだったり、ヴィンテージテイストはNIGO®さんだったり。あとはスケートだったらヘクティック、おもちゃはバウンティーハンターみたいな。原宿はそれぞれのスタイルがひとかたまりになっていて、当時の若い世代としては興味の赴くままに、いろんなスタイルの着こなしがミックスできたんですよね。今でいうスタイルのミックス関しても裏原は大きな影響を及ぼしたと思います。」

カーハートのヴィンテージカバーオール。胸のタグがハートのデザインになっているところに注目。ヴィンテージならではのディテールでマニアも唸る一品。

 
90年代の裏原宿は現代のストリートというキーワードの大きな鍵を握っていることは間違いない。それは現在メゾンで活躍するデザイナーたちが自認していることからも明らかだ。小木をはじめストリートの影響隠さずに活躍するクリエーターたちは、ストリートカルチャーの原体験から自分にとってのストリートとはなんなのかを考えながら、2000年代を生きてきた。
 
「ストリートってずっと考えているんですけど、結局は道じゃないですか。出勤している道を何も考えないで出勤している会社員の人もいれば、音楽を聴きながら音楽のことを考えている人もいる。スケーターならここでこうトリックしたら面白いんじゃないかとか常に考えていたり、グラフィティライターならここでこれを書いたら面白いんじゃないかだったり、普通にみんなが歩いている道のなかでどれだけ夢のあることを考えられるか。それはとてもストリートな感覚だと思うんですよね。結局一番最初の話に戻っちゃうんですけど、バレー部なのにジョーダンを履くみたいな、みんなと同じ条件の中でどれだけクリエイティブになれるかってことは大切ですね。ストリートファッションっていうのは若者のためにあるものなので、リアルなストリートカルチャーのものを僕の年齢では着る権利がないかなと思っています。だけどそのストリート的な発想だったり、夢を持って生き生きしている人たちが僕はすごく好きですし、その気持ちは忘れたくないですね」。

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