ニューヨークの大学へ留学、卒業後もアメリカを横断しながら作品制作も行ったり、サンフランシスコに住んでいたりと海外経験も豊富な写真家・若木信吾。地元の浜松では自身の書店「BOOKS & PRINTS」も経営する彼は、まさに本とともに旅をする男。まず、これまでにどんなところを旅してきたのかという問いからインタビューはスタートした。
「純粋な自分だけの旅ってなると意外と少なくて、2~3年に1回くらいではないかな。アメリカはもちろん住んでいたこともあるけど、他にはインドネシア、アイルランドなど10カ国くらいかな。仕事で訪れた場所を含めると、結構な数にはなりますけどね」。1日30分~1時間は本を読む時間を設け、普段から4、5冊を同時進行で読むほどの読書家の彼は、旅に行くときは本は必ず3冊以上持って行くとう。「仕事柄移動も多いので、そんな時間に本を読むことも多いですが、旅行に行った時に部屋やプールサイドで読むというのが理想です。仕事で外に出ることが多いから、ゆっくり本を読むのが本当に好きなんです。部屋にルームサービスを頼んで、何日もこもりっきりなんて最高の贅沢ですね」。普段読むのは評論が多いという若木に、旅に持って行きたい本を1冊選ぶなら? という質問を投げかけてみると意外にもデニス・ジョンソンの短編集『Jesus’ Son』をチョイス。「ダメになった人生ばっかりが描かれた短編集。世の中にそういう人がいることを認識して旅に行くと、ついふらっと路地に入ってみたりしたくなる。旅の中でガイドに沿わずに自分の好きなように行動する勇気をくれる本です」というのがその理由。「小説を読むこと自体が1つの旅だと思うから、旅で小説を読むと二重旅のような不思議な感覚になりますね」。旅と本というテーマで、さらに選書をしてもらうと、山下清など王道の旅文学をセレクトする一方で、中国を追われた少数民族「客家」や、昔カフカなどの文化人が集っていたというスイスの街「アスコーナ」、30年代~50年代に開校し、現代アートの発端となった「ブラック・マウンテン・カレッジ」について書かれた本を紹介してくれた。「インターネットが普及して、携帯で調べたガイドに沿って旅ができるから、そんなに新しいものとかもない。みんな管理されたデジタルの世界から、どう逃れたらいいか考えてると思うんです。そんな時に何が新しいかっていうと、ネットじゃたどり着けない実体がわからないカルト的な場所。行かなきゃわからないから確かめたい。それが旅の目的になりそうだなと思って。今ちょうどそういう場所に興味があって、そんな本ばかり読んでいます。謎があったり気になる場所を訪れるのが、基本的に旅だと思うから。特にアスコーナは面白そうなので、行ってみたいですね」。デジタル全盛の時代だからこそ、旅の目的地にはアナログなものを求める。そしてその目的について調べ、考えを深めて整理するのが本。“旅”と“本”という2つは若木の中で、丁寧に整理され、考えられていた。
旅先で本を読むのはなぜだろうか。最後にそんなシンプルな質問を投げかけてみると「旅っていう非日常の外側の世界と内側の自分をつなぐものが本だと思う。世界中どこで読んでも同じ本に変わりはないじゃない。もちろん旅先で読んだら面白いと思ってた本が全然面白くなかったりすることもあるけどね。そういうことも含めて旅と本っていうのは面白いし、必要なものだと思う。インターネットって情報が浮遊してるだけだから、別の記事に興味が湧いてきちゃって気がつけばどこにいるかわからなくなったりするからね」と答えてくれた。旅に出る前も、旅先でも本が旅を豊かにし、充実させてくれることは間違いない。デジタルに管理された現代に旅と本をどう楽しめばよいか、若木は教えてくれた。
「Jesus’ Son」旅先で自由に行動する勇気をくれる本「グランジ感が強くてドラッグとかお酒で、ダメになった人生ばっかりが描かれた短編集。どんな国でもそんな人たちが街の一部分を構成していると思えると、旅先を深掘りしたくなる気持ちが湧いてくる。旅の中でガイドに沿わずに自分の好きなように行動する勇気をくれる本ですね。柴田さんの翻訳もフィットしてると思います。1冊持って行くならこれですね。二度読みはそんなにしない方なんですけど、この本は読みたくなるんですよね」。著:Denis Johnson 訳:柴田元幸 | 「はだかの王様 山下清の絵と日記」日本の旅文学の王道「日本の旅文学の王道ですね。子供の頃にテレビドラマをやってたから、裸で傘さして、切り絵が上手なおじさんが旅してるっていうイメージが強くて。テレビを作ってた大人は、山下清がどんな人かわかってそういう演出をしてたんだろうけど、子供だったから面白いおじさんが面白いことやってるなと思ってたんです。大人になってから、山下清を改めて知ってすごい人だったんだってわかった。短いエッセイ集だけど、芸術的でおもしろいです」。 著:山下清 編:式場隆三郎 |
「客家」旅に通ずる移住について考える「客家(はっか)っていう大昔に中国を追い出されて、散らばってしまった少数民族の子孫について書かれた本です。見た目は普通の中国人だから実態があまりつかめていないんですよね。単純に今すごい興味があるし、移住を長い時間をかけた旅と考えたら、客家の人のマインドは旅に通じる点があるんじゃないかと思うんです。最近客家の人たちが活躍をはじめてきたから、色々と面白くなるかなと思ってこれも今読んでいるところです」。 著:飯島典子 河合洋尚 小林宏至 |
「アスコーナ 文明からの逃走 ヨーロッパ菜食者コロニーの光芒」行って確かめたいカルトの聖地「スイスにアスコーナっていう場所があるんです。いわゆるオカルトの聖地として、20年代~30年代にヘッセとかカフカとかE.H.ロレンスたちが、集まってた場所なんです。ある種のユートピア主義みたいな人たちが集まってたのが面白そうだから行って確かめたい。そう思って今読んでいます。今はインターネットでなんでもわかる時代だから、行かないとわからないカルト的な土地の空気を感じることを、旅の目的にしたいのかもしれないですね」。著:関根伸一郎 | 「THE PENGUIN BOOK OF JAPANESESHORT STORIES」海外から見た日本がわかる「有名なペンギンブックスの編集者が選んだ日本の小説を集めた1冊です。今日本についての研究が相当盛んになっている中で、外国の人が不思議に思ったことがわかるから、このセレクトはすごい面白い。序文を書いている村上春樹さんは日本の小説が嫌いで1冊も読んだことなかったけど、これを機会に読むことができたみたい。日本人の研究者ではなく、日本のことを分かろうとしている人が日本について書くのが1番分かりやすいんですよね」。 編:Jay Rubin 序文:村上春樹 |
「LEAP BEFORE YOU LOOK : BLACK MOUTAIN COLLEGE 1933-1957」(上) 「Black Mountain College EXPERIMENTIN ART」(下)現代アート発端の場所を旅したくなる「ブラック・マウンテン・カレッジっていうアメリカの学校についても興味があるんですよね。ジョゼフ・アルバースなど、バウハウスの人たちがみんな呼ばれて講師を務めてたんです。30年代から50年代にしかなかった学校なんですが、ジョン・ケージとかいろんな人たちを輩出して、80年代の現代アートと呼ばれるものの発端になった場所です。今実体がないからこそ、その場所を旅して追い求めたいと思っています」。 著:Helen Molesworth(写真上) 編:Vincent Katz(写真下) |
Photo Riki Yamada | Interview & Text Satoru Komura |