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COLUMN about Style is Message
Kunichi Nomura is a Japanese actor, writer, DJ, and radio personality from Tokyo, Japan. For Wes Anderson's Isle of Dogs, Kun is credited as co-writer and casting director, while lending his voice for the character of Mayor Kobayashi.

COLUMN about Style is Message
Kunichi Nomura is a Japanese actor, writer, DJ, and radio personality from Tokyo, Japan. For Wes Anderson's Isle of Dogs, Kun is credited as co-writer and casting director, while lending his voice for the character of Mayor Kobayashi.

 


何か意味があるものを着て、
たかが服とは思いたくなかった

スタイルがファッションを語る上での重要な言葉になったのはいつからだろう? 思い出そうとしても思い出せないが、少なくとも90年代初頭の自分がまだ10代だった頃にはなかった気がする。スタイルとは音楽とか、カルチャーの中での言葉で、ある一定の部族とでも呼べる集団の特定の格好をスタイルとは言っても、個人が今期はこういうスタイルだとか、さらに言えばライフスタイル、自分の生活から生まれたと言いながら、ファッションを語るということはなかった。

 

僕らがまだ若かった頃というのはファッションはファッション誌で新しい服のことを知り、スタイルのことは別のことから知ったものだった。それは例えば音楽やMTVのビデオ、映画や写真集だった。好きなミュージシャンが何を着ているかを見て、そのジャンルの音楽を奏でるものたちがどんな格好をするのかを知り、必死になってそれを手に入れようとした。最初は映画だったと思う。ブルース・ブラザースの黒いスーツ、ストリート・オブ・ファイヤーのトレンチコート、ランブルフィッシュのタンクトップに腕のレザーベルト。そしてアウトサイダーズのミッキーマウスのカットオフT。スケーターの格好もたくさん真似をした。クリスチャン・ホソイのコンバース、マット・ヘンズリーのカットオフされた軍パン。他とは違う格好をした人は、誰もが新鮮で素敵に見えた。自分の近所じゃ売っていない服。それを探してアメ横に行き、カスタムしたりするのが服と遊ぶ最初だった。それから音楽に影響を受けるようになった。

 

パンクを最初に知った時、それは従兄弟に習ったセックス・ピストルズだったのだが、シドが何を身につけてるのかを知りたくなった。エンジニアブーツにルイスのシングルジャケット、ラビット社の南京錠。どうしてそれをシドが身につけているのか、意味などさっぱり分からなかったが、それさえ身につければパンクスとして認められるのじゃないかと短絡的に思ったわけだ。パブリック・エネミーが着るアーバンカモの軍パンにロサンゼルス・レイダースのキャップ、なんでレイダースは良くて他のアメフトはダメなのか全くわかっていなかった。コーチが全米初の黒人コーチだったなんて知ったのはずいぶん後のことだ。

 

グランジのブームが起きたとき、ニルバーナのカート・コバーンがいろんなバンドのTシャツを着ていた。ダニエル・ジョンストンやワイパーズ、どんな音楽が好きで何を聞いてきたのか、その着ている服だけでいろんなことを知ることができた。なんでもない古着のリーバイスや、安いコンバース、おじいちゃんからもらったようなカーディガン。そのすべてに意味があり、カートという人間のスタイルがどんなものかを物語っていた。ただ同じものを着るだけじゃダメだった。その背景にあるものすべてを知らないと、同じような格好しちゃいけない、そう感じていた。ニルバーナの音楽を理解するには、カートが着ていたバンドTのレコードを全て聴かなければならないと思ったし、そうしなければ同じバンドTなんて着れないと思ったのだ。

 

思えば、ファッションが好きというよりも、そのスタイルが生まれた背景に、より興味を持っていた気がする。そうやって服を見れば、その裏には面白いエピソードがたくさんあった。いろんな人がいろんな背景や、生活から生まれたスタイルで服を着こなしていた。

 

ピカソがセントジェームスのボーダーを着ていたのは、南仏に住んでいたバスク人だからであり、シュナーベルがパジャマを着ていたのも、起きてすぐ浮かんだアイディアをそのまま描くのに最も自然な服だったからだ。

 

モッズがモッズコートと呼ばれるM51コートを愛用したのは、デッドストックが大量に溢れて安かったのと、自慢のスーツの上から着れて、服を汚すことない最高の防寒具だったからだ。アメリカンタトゥーの第一人者、セイラージェリーが白いTシャツしか着なかったのは、自身が誇るタトゥーが最もよく見えるからであり、スキンズがニューバランスのスニーカーなら履いたのは、Nの字がナショナルフロントのNと同じだからだった。

 

流行りじゃなく生まれた、暗号のように散らばる服の意味。僕たちが服に熱中したのは、そんな意味探しに夢中になったからかもしれない。ただの流行りの服なら、金さえあれば誰でも買える。そんなことより、何か意味があるものを着て、たかが服とは思いたくなかった。自分なりのこだわりや、主張を見つけ、それを着こなした時、初めてそれはその人のスタイルになる。流行り廃りではなく、自分という人間に最も似合う服。それを見つけるために、多くの時間と、金をかけていくのだ。

 

だからもし、ファッションよりスタイルが好きだと言うならば、自分が何を好きで、どう生きていきたいかを考えるべきだ。そしてそれに合うと思えるものだけを買う。リミテッドだから、新しいからというだけで買うのではなく。そして、いい服を着たからといって何か自分が偉くなるわけでも、すごくなるわけでもないということを肝に命じるべきだ。

 

服はあくまで自己満で、自分がどういう人間かということは、あくまでその生き方においてのみ図られる。そしてその生き方と格好がうまい塩梅になった時、初めてそれがその人のスタイルとなるのだろう。それがどんなスタイルか? もしかしたら死ぬまでわからないかもしれない。少なくとも自分はそうだ。似たような服を延々と繰り返し着て、人が右がいいといえば左へ向かい、新しいものと言わればれれば古いものに行く。それが死ぬまで続けば、やがてスタイルと呼ばれるようになるのかもしれない。いつの日か、そいつを掴むまで、好きなものを好きに着よう、同志たちよ。

 

 

 

野村訓市

1973年東京生まれ。編集者、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling without moving』のパーソナリティーも務める。ウェス・アンダーソンの映画『犬ヶ島』の脚本、キャスティングに関わったことも記憶に新しい。

 

 

PM 8:25
9.9.2018 at Tokyo
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