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EDSTRÖM OFFICE / Yoshiko Edström 03
Interview about “Savoir-Faire”

EDSTRÖM OFFICE / Yoshiko Edström 03
Interview about “Savoir-Faire”

オフィスのお気入りポイントは窓から見える中庭の眺め。何気ない石の配置や敷石の色にもこだわりが感じられ、ここを拠点にしようと決めたそう。「このあたりは東京の中心部なのに、緑が多くとても気がいいんです。渋谷や恵比寿にも近いしビジネスにも最適です」
デザイナーが本当にやりたいことは、
すべてが整わないと実現できない
価値観を揺るがされた
マルジェラとの出会い

彼女が代表を務めるエドストロームオフィスは、広尾の住宅街の中にある。大きな窓と庭を有するヴィンテージマンションの一室で、彼女は1つのテーブルを囲みながら、スタッフと共に仕事をこなす。現在社員は10名ほど。ルメールやアクネストゥディオス、パコラバンヌといった著名なブランドから、OAMCやシャルロットシェネのような新鋭ブランドまで、新旧20以上のブランドのPRを執り仕切っている。そのキャリアはとても興味深く、20歳のときファッションを学ぶために渡仏。撮影の手伝いで知り合ったマルタン・マルジェラと親交を重ね、彼のクリエイティブチームに参加。パリで8年、ロンドンで8年過ごしたのち、日本に帰国してPRエージェンシーを立ち上げた。「マルタンとは本当に友達みたいな感じで、お互いの家でご飯を作ったり、一緒に映画や演劇を観に行ったり、多くの時間を過ごしました。当時、私がマルジェラの中で関わっていたのは、ヴィンテージ服を解体して再構築する『アーティザナル』と呼ばれるライン。材料となる古着をリサーチしたり、みんなと一緒にペンキを塗ったり……。その頃はチームの人数も少なかったし、何をやるにしても本人と直接話し合って意見交換をしました。彼は良い意味で変わった人で、既存の枠にはまらない。こだわりも人一倍強くて、メディアの方がいらした時も必ず本人が対応していましたし、雑誌とのコラボレーションも、ページ割りから構成、写真のセレクトに至るすべてを、きっちり最後まで見届けていました。ディテールの細部にまで、自分の考えていることを忠実に表現しようとする姿勢は、日本人の私から見たらすごく刺激的で。彼と仕事をするなかで、凝り固まった価値観が少しずつほぐされていくようでした。未だになお影響力のある人だし、そんな彼のクリエイションを間近で学べたことは、私にとってかけがえのない財産ですね」。
 
ヨーロッパで過ごした16年で、マルジェラとの出会いを起点に多くのリレーションを築いてきたエドストローム淑子。フランスを代表するインディペンデント誌『purple』にも立ち上げから参加。編集長のエレン・フライスをはじめ、数々の著名なクリエイターやデザイナーと交流を重ねてきた。「その頃に知り合った人たちが現在もいろんな形で活躍していて、PRの仕事も当時の繋がりから生まれることも多いです。やはりビジネスの決め手となるのは、最終的には“人”なんですよね。お互いをリスペクトしあって、フェアな関係性を築くことが何よりも大切。クリエイション、セールス、プレス、あらゆる要素が整わないと、本当にデザイナーがやりたいことって表現できない。当然、私たちにも得意としていること、不得意としていることがあるので、事前にしっかりお伝えした上で、互いが持ってる強みをいかし、共に成長していけたら楽しいですね」。仕事で出会うクリエイターはもちろん、事務所のスタッフ、そして敬愛する職人たち……、いつだって人に対して興味が尽きないというエドストローム淑子。誰に対してでもフラットな目線を持ち、すべてを面白がって受け入れる。そのポジティブなマインドは自然と伝播し、周りを巻き込んでさらに良いエネルギーを生む。面白い人の周りにはいつだって人が集まり、ワクワクするような楽しい出来事で満ちている。

スタッフは彼女を含め10名。1階のメインフロアにある大きなテーブルが、みんなのワーキングスペースになっているそう。肩を並べて仕事をすることで自然と会話も生まれ、コミュニケーションもより密度の濃いものになっていく。

 
 

エドストローム淑子
京都生まれ。20歳のときに渡仏、ファッションカレッジ経て、マルタン・マルジェラのクリエイションチームに合流、ブランドの黎明期を支える。2009年にエドストローム・オフィスを立ち上げ、代表として様々なブランドのPR業務に携わっている。

 
 
 

Photo Tomoaki Shimoyama Interview & Text Yuri Tanaka Edit Mayu Kakihata

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